思い出の歌:you're only lonely  J.D.サウザー

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     休日に家族そろって、家で食事をすることが多い。今日もスーパーで半額セールになった刺身と牛肉を買ってホットプレートで焼肉です。いつもは和牛を買って味をチェックするんですが、今日は北海道産の国産牛のミスジと三角バラの半額セットを買いました。何故そうしたかというと、アメリカはトランプ大統領の剛腕を前に、アメリカ牛が日本に多量に安く輸出できるようになるからです。非和牛肉は輸入牛肉と正面から勝負することになります。今日の国産牛は今までになく、見るからに輸入肉のような脂。国産牛でもここまで輸入牛と似た脂の形状は珍しい。それでもアメリカ牛の倍の値段です。

     

     みんなで感想を述べあい、その後いつものユーチューブを観ます。

     

     今夜兄の選んだ曲は、1979年リリースの、サウザーの大ヒット曲です。昨日テレビの音楽番組で紹介されていたというのです。

     兄によると、自分ではほとんどレコードを出さず、バーズやリンダ・ロンシュタットに曲を提供したり一緒に歌ったりしていたそうです。この曲はだれでもわかる言葉だけで作ろうとしたとサウザーは先の番組で語っていた由。

     いい曲じゃぁ、ありませんか!! 青春時代にこんな歌の一つでも聞いていたら、もっとましな日々だったのにねぇ。とは言え、若いということはそういうことでしょう。←ぜって〜戻りたくねぇ。Y(>_<、)Y

     

     次のライブ映像は、遺伝子操作による農作物開発を進める巨大生物工業企業体モンサントに対抗して、ニールヤングが立ち上げた、アメリカの農民を守るファームエイドのコンサートに、サウザーが出演した時のものです。1985年ですね。軟弱に見えて腰の据わった方でございますね。というか、腰の据わった軟弱さでございます。日本に軟弱な硬派歌手・軟弱な軟弱歌手は数あれど、こういう硬派な軟弱歌手は忌野清志郎・斉藤和義・三波春夫以外見かけないですね。おや爺、憧れでございます。

    you're only lonely

    たったひとりだ と思えるときには

     

    when the world is ready to fall
    on your little shoulders
    and when you're feelin'
    lonely and small
    you need somebody there to hold you
    you can call out my name
    when you're only lonely
    now don't you ever be ashamed
    when you're only lonely

     その きみの小さな両肩に 世界が
    今にも重くのしかかる 自分が
    ひとりで ちっぽけに思える時には
    きみを抱きしめる誰かが必要なんだ
    僕の名前を呼べるだろ
    一人なんだと落ち込むときには
    恥ずかしいことなんかないんだ そうとも
    たったひとりだって思えるときには

     
    when you need somebody around
    on the nights that try you
    remember I was there
    when you were a queen
    and I'll be the last one
    there beside you
    so you can call out my name
    when you're only lonely
    now don't you ever be ashamed
    when you're only lonely
    夜がきみを苦しめる
    誰かいてほしいのに
    きみがみんなの中心だった時も
    思いだしてごらんよ
    僕はそこにいたんだ
    そばにいる
    最後の一人になってもね だから
    僕の名前を呼べるだろ
    自分は一人なんだと落ち込むときには
    恥ずかしいことなんかないんだ そうとも
    たったひとりだって思えるときには

     

    ooh…
    when the world is ready to fall
    on your little shoulders
    and when you're feelin'
    lonely and small
    you need somebody there to hold you
    so don't you ever be ashamed
    when you're only lonely
    darling call out my name
    when you're only lonely
    (you're only lonely)
    when you're only lonely
    (you're only lonely)
    その きみの小さな両肩に 世界が
    今にも重くのしかかる 自分が
    ひとりで ちっぽけに思える時には
    きみを抱きしめる誰かが必要なんだ
    そうさ 恥ずかしいことなんかないんだ 
    たったひとりだって思えるときには そうさ
    僕の名前を呼べるだろ
    自分は一人なんだと落ち込むときには 
    たったひとりだって思えるときには

    oh, it's no crime
    darlin’we got lots of time
    whoa (you're only lonely)
    whoa (you're only lonely)
    no, there's nothin' wrong with you
    darlin', I get lonely too
    (you're only lonely)
    (you're only lonely)

     いいんだよ
    そうさ 時間はたっぷりあるんだから
    自分は一人なんだと落ち込むときは そうさ
    きみが独りで淋しいときは そうさ
    きみは間違っちゃいない そうさ
    きみの思いは一人じゃないんだ
    自分は一人なんだと落ち込むときは
    たったひとりだって思えるときには

     

    So, if you need me
    All you've gotta do is call me
    Now you're only lonely

    僕を必要なら そうさ
    僕を呼べばいいんだ
    たったひとりだって思うときには
                (訳:おや爺)

     

     Yよ、元気でいるか!!
     ところで、浜田省吾ががっつり影響されていると思うのはわたしだけ?

    映画「1987ある闘いの真実」:ジャーナリストとニューズ(イサムノグチ)

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       テレビニュースやヤフー・グーグルなどのネットニュースに怖くて目を背けるようになってからどのくらい経つのだろう。もともと、家にテレビを置かないこともあるけど。

       視聴率やネットのヒット数を得るためだけに、ヘイト熱を加速させたり、無邪気に戦争をあおっているとしか、わたしには思えない。

       ジャーナリストと呼ばれる人たちは一体どこへ行ったのか。

       

       もう半年くらい目になろうか、シアターキノで韓国映画「1987ある闘いの真実」を観てきた。

       1980年に、選挙の名のもとに、軍事独裁政権に就いた全斗煥大統領は、労働運動をはじめ、学生運動などあらゆる民主化運動を弾圧をした。その中でも軍隊・空挺部隊を投入して、光州市の一般市民を弾圧した、血の光州事件は歴史に残る陰惨なものだった。鎮圧に向かった部隊の士気が緩まないよう,兵士達に覚醒剤まで使ったという話まで流れたほどの弾圧ぶりだった。一般市民の死者100名以上負傷者数千名に上る。のちに、光州事件で逮捕された市民たちの名誉は回復され、その日5月18日は国家の記念日となっている。

       

        全斗煥独裁政権下で経済の発展もある程度遂げつつある1987年、民主化デモの首謀者と連携を図っているという容疑で逮捕されたソウル大学生が、警察の拷問で虐殺された。当局は隠ぺいを図る。それを暴こうとする一人の飲んだくれの検察官、大勢に従おうとするマスメディア記者たちと真実を暴こうとする少数のジャーナリスト。隠ぺいしようとする上司・マスコミ上層部、無関心な大学生、連帯する労働者や大学生、北朝鮮当局よって家族を殺された過去をもつ拷問室の所長。

       

       一寸先の筋書きも読めない優れた脚本。往年の黒澤映画を見ているような、一筋縄ではいかない人物描写。陰惨な場面も多いが、ひねったユーモア、笑いあり、超一級のエンターテインメント映画、というのがわたしの感想だった。

       大学以来の友人に勧めたら、大絶賛だった。やはり一級のエンターテインメントだと言った。メールが来て、「今呑んでる。50年前、大学生の時お前が興奮して、夜中に下宿先に来たんだよ。覚えてるか。今すごいハリウッド映画を見た。ヘンリーフォンダ主演の『12人の怒れる男たち』って言うんだ。これが本当のアメリカの民主主義なんだ、と俺に言いに来たのを思い出したよ。」(あ〜、そんなこともありましたねぇ、お恥ずかしい。真夜中のテレビでやっていたのを偶然見たんですが……。それ以後クラッシックなハリウッド映画にのめり込みました。)

       

       9月26日の北海道新聞「はなし抄」に、映画の主人公の一人で・その過酷な時代に真実を暴こうとして牢獄に入り、生き抜いた韓国人ジャーナリストの講演が出ていた。


      思い出の歌と旧友からのメール:若者たち ザ・ブロードサイド・フォー

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         カレッジ・フォーク、代表曲の一つ。学生時代所属していたクラブで、集まりの前後でよく歌われていた歌。テレビ番組「若者たち」の主題歌・挿入歌だった。よくちゃぶ台(もはや死語)をひっくり返して兄弟喧嘩していた場面を覚えておりますね。1960年代後半までは生活の苦しさから、日本の家庭の中にこんな諍いが存在していたんですよね。何か在日朝鮮人の世界を見ているみたいでしたね。わたしの抱えてる問題は、必ずしも民族的な問題ではなくて、経済的なものからも来ていたんだと知らされました。

         

         今聞くと格別若者たちの歌でもなくて、幾つになろうと、幾つであろうと、ひとの在り様の歌に思えます。

         <空にまた 陽がのぼるとき>、ボブ・ディランじゃないけど、残りの人生の最初の日が、始まるんですからね。ときに立ち止まり、ささやかでも<また 歩き始める>よりほかはないんです!

         

         誰でも思うんでしょうが、この歌詞の記憶的インパクトは、<だのに 何故>ではないでしょうか。<なのに 何故>ではなく、濁音<だ>の強いインパクトが、<なのに>よりさらに強い衝撃を与える気がします。学生の頃<のに>という接続詞にいやおうなく惹かれる経験をした身としては、つい考え込んでしまいます。そういえばブログで<のにをかかえて>という記事を書いてましたわ。

         

         このフォーク・グループは、巨匠黒澤明の息子・黒沢久雄がリーダーだったような……。なんかこの写真の田中邦衛、えらくかっこいい!!←青大将(これについては加山雄三若大将シリーズをご覧ください)じゃないみたい。

         

         ブロードサイド・フォーにはもう一つ有名な曲があります。

         「星に祈りを」

         歌詞は今聞くと、語の選択が、あまりと言えば、ひどいですなぁ。なぜあんなに好きだったんだろう。きっと人を好きになることに、心底、憧れていたんだろうなぁ。恋愛経験のないマヌケな若者の、そういう思いを加速させる歌詞ではありまするね。いや〜、ホント、頓馬でばかですねぇ、10代のわたし。←今もだろう、おや爺よ! 

         作詞・作曲が、以前ブログで紹介した「あなたのすべてを」の佐々木勉だったことをすっかり忘れておりました。

         

         追補:この記事を読んだ大学以来の旧友からメールが届いた。

        『学生の頃、佐藤オリエが大好きで、辛気臭い山本圭が嫌いだった。お前だけじゃないんだよ、って感じかな!石立鉄男とスクラム組んで歩くシーンで涙したものです。大好きですべて観てたよ。馬鹿でしたね〜!』

         

         わたしのリターン・メール。

        『あはは、馬鹿ですね〜!!』


        大学図書館の思い出:思想のドラマトゥルギー

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           8月2日の北海道新聞朝刊に、哲学者・久野収没後20年という題の記事が掲載されていた。久野収の本はほとんど読んだことがないが、60年代から70年代初頭、雑誌の対談やインタビューなどに結構出ていた知識人の一人だ。

           第二次大戦・日中戦争と日本が前のめりで戦争に向かっていたころの文学者や、学者たちの生き方が気になって、その種の本をよく読んだ時期がある。彼らが戦前・戦中を潜り抜けて、戦後民主主義と言われる戦後をどのように生きたのか。他人事のように思えなかったのだ。高村光太郎・三好達治をはじめとする詩人たち、京都学派の哲学者谷川徹や田辺元、わたしの好きだった独立の哲学者・三木清。物理学者の湯川秀樹や坂田昌一・武谷三男・朝永振一郎らの素粒子論グループの軌跡が書かれた本を読んだ。

           

           わたしがそれら知識人に、ただ憧れたからではなく、戦争に反対したり・諸手を挙げて翼賛する、または戦争を他人事のように見る普通の市井の人々が、表面的には何ごともないように、あるいはこっそりとこころの中を押し隠して・戦中戦後をくぐり抜けてきた問題が、彼らの書物を通じて、隠しようもなく、より鮮明に・露に・されてくるからだ。

           

           大学の同級生や先輩たちは、恐ろしい読書家ばかりだった(ばかりに思えた)。北杜夫や石坂洋次郎の青春小説しか読まない阿保バカ大学生(←わたしのことだが)が必死になって、フォイエルバッハだの、デカルト・サルトルだの、わかりもしない難しい本を読み始めた。大学の湿った薄暗い図書館に通い、読み始めた本の中に、林達夫と久野収の対談、『思想のドラマトゥルギー』があった。彼らの語ることが正しいというより、どれほど多くの本を読めばこういう厚みのあるバックグラウンドができるのだろうという思いに駆られた記憶がよみがえる。林の親しい友人であり・獄中で亡くなった哲学者・三木清への哀惜を込めた発言や、特攻隊の遺書にも引用された『ミケルアンジェロ』を書いた歴史家・羽仁五郎への評価、『雀百まで踊り忘れず』・『馬鹿の一つ覚え』は今も忘れることなく心に残っている。

           

           今、わたしはどう生きようとしているのだろう。二度の戦争に翻弄され、亡くなる直前まで、私達子供にも心を明かせなかったアボジとオモニを持つ在日朝鮮人二世として、これだけは守りたい。どんなに憎みあおうと国と国の位置は動かすことはできない。とするなら戦争を回避する道を選ぶほかはないのだ。少なくとも、自分の自堕落な生き方を肝に銘じて、国家を背負い、国家の威を借りる・危険な火遊び発言だけはすまい。同じアジアで、日々生き・悩み、笑う人と人とが、パイザとなって結びつくあり方を、自分たちの・何十年か考え続けてたどり着いたささやかな料理や、このブログを通じて、模索したいと願っている。

           

           東北アジアできな臭い戦争の風が吹いている気がして落ち着かない。しかし、なお、尊敬する・日本の知られざる臨床心理学者や、ならず者の時代を生き抜いたアメリカの女性劇作家や歴史学者のように、何があろうと、ひとの精神とこころは、自由快活に生きてゆけることを、自分のこころのありようを通して実証したい。


          新彦六伝:林家木久扇(初代木久蔵)

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             休日に家族みんなでユーチューブを聞くのだが、兄が、木久蔵の彦六のマネが絶品なんだと言った。奥さんも木久蔵は好きだと言ったが、わたしは笑点・大喜利の木久蔵しか知らないので、つまらなく、好きではなかった。今回初めて聞いてびっくり。長屋住まいの彦六は好きだったので、木久蔵の彦六伝に大笑いしてしまった。に、似てる!!

             

             でも彦六を知らない人にはどうでしょう。まずは聞いてみてください。

             いや〜、65歳過ぎには懐かしい名前のオンパレードでしたなぁ。

             

             さて、次は新彦六伝です。面白いんですが、映像がないので、落語に慣れていない人にはちょっと雰囲気がわかりずらいかも。始まりが彦六伝とダブっていたりするので時間のない方は、29分30秒からご覧ください。朝鮮料理の代表メニュー・キムチにかかわる、彦六師匠の・時代を感じさせる逸話が出てきます。

             

             親の代から60年以上も精養軒をやっていると同じことがありましたな。50年以上前は、キムチは朝鮮漬けと言われておりました。北海道ではキムチという言葉もあまり使われていなかったんじゃないでしょうか。そして洗って食べるお客様が結構いらっしゃいましたな。洗った後で醤油をかけるお客様もいらっしゃいました。←実はおや爺もそうでした。

             桃屋のキムチの素CMを見ると、1976年版で、まだ朝鮮漬けと言っていますね。

             <ニンニク臭い>は、子供の頃おや爺も言われた当時の囃子言葉(今ならいじめの言葉?)にもなっておりましたがや。今や日本のニンニク消費量は目を見張るものがあります。イタリア・スペイン料理もニンニクを多用しますからね。社会の表層価値に普遍性などないも同然、時代とともに変化するというのを身を持って体験しているおや爺でございます。キムチや焼肉・朝鮮料理は、昔は肉体労働者の食べるものでしたからねぇ。

             今ネットで何かといじめられて、泣いているかもしれない小・中学生の皆さん、10年経ったら、逆に皆さんが大笑いすることになるんです。涙は笑いの基、ですよね彦六師匠!! 

             he who laughs last, laughs best.


            思い出の歌:とまらない汽車 中山千夏

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               中山千夏の俳優としての思い出は、わたしにはひょっこりひょうたん島の博士の声だが、彼女の歌の印象がより強く残っている。中学生の頃だと思うが、彼女の「あなたの心に」と「止まらない汽車」は好きな曲だった。当時は何もわからなかったが、今聞き直してみると、曲もさることながら、歌詞がいいことがわかる。両方とも作詞が中山千夏本人であることを今回初めて知った。才能のある人は違いますねぇ。

               「あなたの心に」を注意深く聴くと、若い少女が年上の男性を好きになった気持ちがよく表現されていると同時に、年上の男が少女の前では隠している辛さにも、その若い彼女が気づいている、大人びた賢さも持ち合わせているのが、ちょっと並みでないところでしょうか。実体験なのかしらん。

               

               「止まらない汽車」は、中山千夏本人の歌で聞きたかったけれど、ユーチューブにはないようです。全然知らないトランプというグループしか見つけることができませんでした。これはいい詩ですねぇ。ちょっと実存主義哲学者・サルトルの言葉すら思い出させます。そう、そう、人生はとまらな汽車。途中で勝手に降りることもできません。ひとは生まれたその同時代を、手を取り合って、共に生きるしかないんですよね。

               

               とまらない汽車 (作詞中山千夏 作曲都倉俊一)

               

              とまらない汽車に ふたりで乗ってしまった

              髪の長いムスメと 向こう見ずのこの僕と

              とまらない汽車に ふたりで乗ってしまった

              ムスメの歌聴きながら 僕は空を見ている

               

              何かのまちがいだと思うのだけれども

              汽車はもうとまらない とまらない

               

              とまらない汽車の 線路は長く続く
              なんだか淋しくなって ふたりはキスをする

              何かのまちがいだと思うのだけれども

              汽車はもうとまらない とまらない

               

              とまらない汽車よ 地平線を超え走れ

              まちがいだっていいんだよ この娘が好きなんだ

              まちがいでもいいさ 汽車よさあ走れ

              とまるなよ

               ところで、中山千夏さんは今どうしていらっしゃるんでしょうね。


              いわナビで:学生書道展

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                 ずっと店の中にいると仕事や電話に追われて気が休まらないので、合間に、セブンイレブンでホットコーヒーを買い、本を持って岩見沢図書館へ行く。さらに時間がない時は、すぐ近くのいわナビのロビーの展示を見たり、椅子に座って持ち込んだ本を読むことが多い。今日行くと、夕方から始まるいわナビのロビーコンサートの準備をしていた。リハーサルの音が階下から聞こえてくる。その音を聞きながら本を読んでいると、心が非常に落ち着いてくるのだった。いわナビを街なかに作ってくれた方、どなたか知らないけど、ありがとうと言いたい気持ちになった。

                 

                 そのいわナビの昨日までのロビー展示は、全国の学生書道展出展作品(?)だった。掛け軸になっている。

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                 なんかちょっと、小六、シュール。ほんとに今どき塩辛いんですかね、よくわかりませんが……。

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                 あ、は、は。確かにねぇ。そんなわたしも六十を過ぎると朝の6時に目が覚めちゃうんですからねぇ。聞こえないうちが花かもしれませんな。

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                 誰の言葉なんですかね。まさか中三で自作の言葉じゃないでしょうな。バイクのホンダスピリットを思い出しますね。no play no errorってやつです。多分に和製英語ぽいですけど、何もしなければ失敗もないが、それが最大の失敗であるくらいの意味でしょうか。

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                 今どきの小六の魂の叫びでしょうか。ちょっとかわいそう。考えることも大事だけど、感じることも忘れないでね。←おや爺、魂の叫び。

                 

                 高一になるとちょっと偉そうですな。ジェームズって誰だ?! ちょっと禅的ではありますね。

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                 わたしが一番気に入ったのはこれです。

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                 今このブログのこころの道場で試みている、こころの旅(主体的感情の二重モニタリング)の在り方に通じるなぁ、と思えるからです。でも高一でこんな心境になれるなんて、おや爺が遅すぎか!! まぁ、今だ人生でやるべきことがあるってことが花、ってことにしておこう!ヾ(*ΦωΦ)ノ ヒャッホゥ

                 

                 帰り道の道端で。

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                思い出の歌:熱き心に 小林旭

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                   いつかの休日に、家族そろって食事後、ユーチューブを観ていた。兄が突然、大滝詠一が作曲した熱き心にを聞きたいと言った。小林旭の熱き心には知っていたが、ちょっと前に亡くなった大瀧詠一が作曲とは知らなかった。でも言われると、大陸的・ロシア民謡的・まさしく大滝節ですよね。作詞があの阿久悠だと今回初めて知りました。

                   阿久悠って戦後民主主義の第一世代で、平和憲法を大事に思っていたっていうのは本当の話なのかしら。

                   

                   でもいい曲、いい詩ですよね。俳優の小林旭は好きじゃないけど、独特の歌い方をする歌手ですねぇ。

                   この歌を、北海道から、京都で闘病生活を送る若い畏友・石橋さんに心を込めて送ります。

                   熱き心に

                   

                  北国の旅の空 流れる雲 はるか
                  時に 人恋しく
                  くちびるに ふれもせず
                  別れた女 いずこ
                  胸は 焦がれるまま

                  熱き心に 時よもどれ
                  なつかしい想い つれてもどれよ
                  ああ 春には 花咲く日が
                  ああ 夏には 星降る日が
                  夢を誘う 愛を語る

                  熱き心に きみを重ね
                  夜の更けるままに 想いつのらせ
                  ああ 秋には 色づく日が
                  ああ 冬には 真白な日が
                  胸を叩く 歌を歌う 歌を

                  オーロラの 空の下
                  夢追い人 ひとり 風の姿に似て
                  熱き心 君に


                  春の少女: here comes the sun(春の陽が差しているよ!) ジョージ・ハリスン

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                     朝、4月の一週が過ぎたのに、天気はみぞれ模様。10時頃には止んで陽が差し始めていた。いつも買い出しに出かけるスーパーからの帰り道、歩道を、母親と歩く4歳くらいの帽子をかぶった女の子が目に入った。左手に白い絵の入った、彼女には大きめの傘を抱え、右手を振り回して何が楽しいのか、お母さんの前を、嬉しそうにスキップしていた。思わず助手席の奥さんに言った、何が楽しんだろうねぇ、楽しかったこともすぐに忘れちゃうのかねぇ。彼女がそう、そう、と頷いた。

                     たとえ頭で忘れても、スキップしていた足の裏で覚えていたらいいのにねぇと、思った。

                     

                     それは、子供を失った作家の高史明(コウ・サミョン)の言葉だ。自宅に訪ねてきた、死にたいという、見知らぬ子どもへの言葉だった。

                    「死にたいって、君のどこがいっているんだい?ここ(頭)かい? でも、君が死ねば頭だけじゃなく、その手も足もぜんぶ死ぬ。まず手をひらいて相談しなきゃ。君はふだんは見えない足の裏で支えられて立っている。足の裏をよく洗って相談してみなさい

                     しばらく経ってその子から来た手紙には、足の裏の大きな絵とともに、「足の裏の声が聞こえてくるまで、歩くことにしました」と書かれてたのだ。

                     

                     少女よ、あなたの足の裏は覚えていますとも! 世界中の・見知らぬ街の・ちっぽけな国の・戦火の中の、名も知らぬ少女たちに幸あれ!!

                    here comes the sun 春の陽が差しているよ!

                     

                    here comes the sun, here comes the sun
                    and i say
                    it's all right
                    春だよ 春の陽が差しているよ。
                    もぅ、大丈夫!
                    little darling, it's been a long cold lonely winter
                    little darling, it feels like years since it's been here
                    here comes the sun, here comes the sun
                    and i say
                    it's all right
                    ねぇ、長くって寒い、辛い冬だったよね。
                    ホント、永遠に続くって感じでさ。
                    春だよ! 春の陽が差しているんだ。
                    そうさ
                    もぅ、大丈夫!
                    little darling, the smiles returning to the faces
                    little darling, it seems like years since it's been here
                    here comes the sun, here comes the sun
                    and i say
                    it's all right
                    ね、みんなステキな笑顔。
                    ホント、ずっとそうだったみたいにさ。
                    春だよ! 春の陽が差しているんだ。
                    そうさ
                    もぅ、大丈夫!
                    sun, sun, sun, here it comes
                    sun, sun, sun, here it comes
                    sun, sun, sun, here it comes
                    sun, sun, sun, here it comes
                    sun, sun, sun, here it comes
                    春、春、春の陽が差している!!
                    春だよ!
                    little darling, i feel that ice is slowly melting
                    little darling, it seems like years since it's been clear
                    ね、氷もゆっくりと解け始めている感じ。
                    ね、ずっとそうだったかも!
                    here comes the sun, here comes the sun
                    and i say
                    it's all right
                    here comes the sun, here comes the sun
                    it's all right, it's all right
                    春だよ! 春の陽が差しているんだ。
                    そうさ
                    もぅ、大丈夫!
                    春、春、春の陽が差している!!
                      (作詞・作曲:ジョージ・ハリスン 訳:おや爺)
                     白内障手術のため10日から15日までお店はお休みします。よろしくお願いします。

                    休日の楽しみ:朝鮮の民謡 江原道(カンウォンド)・アリラン チョー・ヨンピル

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                       え〜、何度も書いておりますが、休日は家族で奥さんの手料理と、生協で夜7時に半額となったお刺身を食べながらユーチューブを観るというのが定番でございます。先日のお休みに息子が教えてくれたチョー・ヨンピルのアリランが、何かと感慨深く、なかなかイケていたのでございます。

                       

                       アリランというのは朝鮮の代表的な民謡で、各地域にそれぞれ独自のアリランがあります。アリラン峠という、朝鮮に実際には存在しない峠を越える物語です。一度ブログで真壁仁の詩・『峠』紹介したことがあります。

                       江原道(カンウォンド)アリランはその中でもとくに有名なバリエーションです。アリ、アリラン、スリ、スリランなんていう語呂のいい合いの手が入って、聴いたたことのある方もいらっしゃるかもしれません。

                       

                       実はわたくし,どんな曲も聞くんですが、演歌だけは苦手。『釜山港へ帰れ』で有名なチョー・ヨンピルも苦手。ですが、これはいいですなぁ。バブル時期の、今では金泥臭い躍動感・余りと言えば、あまりなイケイケ肩パッド・自信溢れる時期(?)のチョー・ヨンピル。1990年代の政治的に少しづつ自由になりつつある韓国の空気も感じられます。ちょっと音質が悪いのが玉にキズですが、どうぞお楽しみください。

                       民謡版k-popです。

                       


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