山形のR一家・札幌のJA夫妻来岩

  • 2018.04.03 Tuesday
  • 22:14

 2日に山形から昔お世話になった・尊敬するRアジョシ・アジュモニ夫妻と、息子一家、若い頃からの友人のJA夫妻が来て旧交をあらためました。

 

 当日は、お店を休みにして小上がり、わたしたち家族4名と計12名で食事をしました。数年ぶりなので、新しい精養軒の料理や、味を変えて行った冷麺なども知ってもらいたくて前もってメニューを印刷し、準備します。初めにRアジョシの息子家族が顔を出し、少し遅れてRアジョシが現れました。挨拶もそこそこに、「オモニに線香をあげたい。」と言われました。あぁ、アジョシらしい。亡くなった時に来られなかったことがこころに残っているのでしょう。「えっ、線香なんてありませんよ。無宗教なんで、線香なんてないんです。でも海に流すためにオモニの骨が二階に置いてあるのでそれを持ってきます。」そう答えて、そう言えばアボジとオモニの写真を持ってきて一緒に食事をすればよかったのに、と頭をよぎりました。

 

 二階から骨が入った小さな包みを持ってくると、アジョシはクン・ヂョル(立ってしゃがみながら額に手をつけてお辞儀を3回繰り返す朝鮮式のお辞儀)をしてくれた。もう久しく見ていない光景。

 まずは懐かしい大瓶のアサヒスーパードライで乾杯です。

 いっしょに昔話や今の話が飛び交い気持ちのいい晴れやかな時間でした。もう何度もブログに書いていますが、Rアジョシ・アジュモニは岩見沢で焼肉屋をやっていました。親しくなってから毎週のように兄弟で、店にお邪魔して当時出たばかりのアサヒスーパードライを1ケースは開けていたのに、代金を払ったり、兄弟でビールを持ち寄った記憶がほとんどないのです、なにも気にしなかったわたしたち兄弟もとんでもなく非常識なオロカモノですが、何も言わずに気持ちよく飲ませてくれた二人にも驚くばかりです。本当に気持ちのいい時間でした。当時岩見沢には若い朝鮮・韓国人がいたのですが、理詰めのアジョシを煙たがったのか、わたしたち頓馬な兄弟だけが、政治の話から科学の話、世界情勢をサカナに、夜遅くまでただただ飲んだくれていたのです。

 

 アジュモニが食事の途中で、またわたしとの初対面のことを笑いながら言いだします。『S(わたしのこと)は、初めてうちに来た時無銭飲食したんやで。金がなくって免許証を置いていこうとしたんや。』それを聞いた学生時代からの友人Jが即座に反応しました。『昔を知ってるからなにひとつ驚くに値しませんね。』

 へ〜、へ〜、そうでしょうよ。でもあなたも普通そうに見えて相当ヘンですけどね。

 当店は、ユッケの0157食中毒事件が起きる10年以上前から肉の刺身を出していません。たぶん全国の焼肉店の中では一番最初に出さなくなったと思います。出さない理由を書いた古いブログ記事が、事件後一日4万件ほどヒットしたこともありました。()研究生活を送る彼から、BSE(狂牛病)や、豚やイノシシと深くかかわるE型肝炎の論文を送ってもらっていることも、他の焼肉店とは違った決断をしている理由の一つだと思います。彼の奥さんで、医者のAさんにも家族ぐるみでお世話になっています。

 

 実はメニュー表まで印刷して料理も用意していたのに、一緒に飲んで食べてるうちに料理を出すのをすっかり忘れてしまう始末。やはりプロではありませんなぁ。むかしガウディの建築を見に、スペインに行った時、出会った食堂の酒飲みのおやじさんのことを思い出しました。料理を運ぶ度に酩酊度が進むあの赤ら顔のおっさんと同じぢゃん、おや爺よ。_| ̄|○

 半分も出さなかった料理。

 今年こそバイクで山形に行きますからね!!手手

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