詩の架け橋:詩集『あの日から』 曳地奈穂子

  • 2016.09.06 Tuesday
  • 13:29

 世に知られている職業詩人は掃いて捨てるほどいるし、彼女よりうまい詩人は、多いかもしれない。製本技術を凝らした、豪華な詩集も世にたくさんあるだろう。

 曳地奈穂子さんは、2011年の福島原発の過酷事故で、夫を福島に残し、子供二人と旭川の実家に移り住むことになった詩人だ。

 

 こういう詩をなんというのか。詩集を読み終えて、この、白く、あっさりとした(せざるを得なかった)つくりの詩集を手にすると、これ以上この詩集にぴったりの製本もないのではないかと思えてくる。

 初めて曳地さんを知ったのは、北海道新聞の日曜文芸欄の詩「改札」を目にした時だった。2012年の11月だったと思う。すぐに好きな朝鮮の抒情詩が思い浮かんだ。それまで読んだことのある日本の抒情詩(好きだけど)とは全く違う、植民地下朝鮮の抒情詩を、二十歳の頃はじめて読んだ感動がよみがえった。ブログの記事に載せた。(こちらの詩もご覧ください。)

 何と言えばいいのだろう、<外に開かれた抒情>、読む人々に静かな怒りがわく、無意識の社会性を持つ抒情と言おうか。今回詩集を読みとおして、何よりもその誠実さにこころをうたれた。うまい詩は日本にいくらでもあるだろうが、これより誠実な内省をもつ現代詩集はそうざらにはないのではないか。それだけでも、同時代の詩のなかに、この詩がもつ固有の場所がたしかにあると思う。

 うまい詩人・才能豊かな詩人とは、例えば、谷川俊太郎をあげることができる。魅かれる詩もじつはたくさんあるのだが、好きで信頼を寄せる詩人かと問われると、社会に無自覚に・もしくは自覚的におもねる、こころの底では詩すら信じないまま、自分の詩的才能を乱用している詩人のように思えるときが、わたしには、ある。かれの詩友・故茨木のり子の詩を選定する仕方や、「詩ってなんだろう」を読んだ時の激しい違和感に出会った後に彼の詩を読むと、特にそう感じるのだ。さだまさしの歌詞を読んだ時にも同様の感慨をおぼえるのは何故なんだろう。ひっかかりの多すぎるわたしには、けっきょく詩はわからない、というだけのことなのか。

 独特の詩人でありジャーナリストである辺見庸が、「半透明の灰汁(あく)のようなものを感じ、考えこんだ」と書いた、谷川の「たんか」を引用してみる。

あきののに さきたるはなを ゆびおりて 

  かきかぞうれば ななくさのはな   山上憶良

 

 わがきみは ちよにやちよに さざれいしの

  いわおとなりて こけのむすまで

 

 かすみたつ ながきはるひを こどもらと

  てまりつきつつ このひくらしつ   良寛

 

 たんかは、はいくよりながい。五、七、五、七、七のおとのくみあわせ。

 こえにだしてよんでみると、いみはよくわからなくても、きもちがいい。

 たんかも、はいくもにほんにむかしからある、詩のかたち。」 

  

 辺見はこの谷川の文章を、「猫なで声でしいる」「押しつけがましい情緒」と書いて、「結構ドスのきいた脅し」のように聞こえてくるとして、谷川の論理を精密に解析し、「こえにだしてよんでみると、いみはよくわからなくても、きもちがいい』という谷川の短歌の規定を、戦後短歌の巨人・宮柊二の二首を引用して、これらも、<こえにだしてよんでみると、いみはわからなくてもきもちがいい>のかと書いた。

この夜泪おちて偲ぶ

  雪中にひたひ射抜かれて死にたる彼

 

 応答に抑揚ひくき日本語よ

  東洋の暗さを歩み来しこゑ」(第一首:日中戦争前線での記憶 第二首:極東国際軍事裁判の被告人の答える声)

 

 谷川はほんとうは、ただ日本語の等時的リズムや、少ないゆえの母音の心地よさを言っただけかもしれない。それにしても、とわたしは思う。伊勢神宮を詠んだ平安の僧・西行の一首(なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる)を読む人々の・無意識の靠れ合いを同時に思い浮かべてしまうのだ。

 

 曳地さんの詩はこういう情緒と遠く隔たっている。

 

 注:曳地奈穂子詩集『あの日から』は、旭川のこども富貴堂(北海道旭川市7条通8丁目左1電話0166-25-3169)にあります。在日アメリカ人詩人・アーサー・ビナードさんのことをブログに載せたことが縁で旭川の方と知り合いになり、さらに縁は広がって、曳地さんの詩集を手にすることができました。不思議な上にも不思議なむすびつきに驚いています。

コメント
初めまして。曵地さんがこちらのブログを紹介していて拝見しました。「あの日から」をご覧いただきありがとうございます。初版120部は奥付がありませんが、最近出来ました第二版は奥付を入れ、発行者カタルワとしております。編集、出稿を担当いたしました。製作資金がないので、このような冊子になりましたが、実際出来上がってみると本当にこれで良かったと感じています。偶然にも、私自身も彼女の自宅と1キロほどしか離れていない場所から誰も知り合いのいない東川町に母子避難して来ました。こうして私達の苦悩を知っていただき、本当に感謝いたします。
 鈴木様、コメントありがとうございます。鈴木様が編集・出稿されたんですか。形式と内容がぴたりと合った詩集ですよね、わたしもそう思いました。

 裏表紙も開いて、見開きで白い詩集の表紙を見ると、「あの日から」の前にあった、避難した人々の・あたりまえの日常を思い浮かべるのです。
 詩集を出していただいて、わたしの方こそ感謝したいです。いつか、皆さんとお会いできる日があることを。
  • おや爺
  • 2016/09/16 1:23 AM
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