怒りと感謝を日々の糧に:outjapanese the japanese マッサンとリタと加川良 憲法記念日に

  • 2015.05.04 Monday
  • 14:48
 安倍首相が、オバマ大統領やアメリカ連邦議会に約束したということなんでしょうか。国民や国会の承認なしに、戦後歴代自民党政権の方針も投げ捨て、自衛隊の海外派兵も、憲法を変えずに自由にできるとということなのでしょうか。わたしは法律に全く疎いから(←法律だけじゃないだろう、おや爺よ)、こんなことが法的に許されるなら、法体系そのものが、時の権力や民意の恣意的な存在にすぎなくなると思うのですが、それについて憲法学会や学者たちが素人に満足のゆく・腰の据わった発言をするのをほとんど見たことがないのでよくわからないのでございますね。

 もう今更何の話だと思われましょうが、NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』のモデルだったニッカ・ウイスキーの創業者竹鶴政孝(マッサン)とその愛する妻・リタに入れ込んでほとんどすべての関係本を読みました。←また始まったよ、おや爺のいつものわるい癖だ。

 と言って、テレビは一度も見ていません。つれあいがハマってしまい、ネットのストリーミング放送で毎日見ておりました。同じ部屋でパソコン作業をしていると嫌でも聞こえてくるんですな。でも見ません。怒りがわいてくるから。それまでまがい物のウイスキーしかなかった日本に、本物のスコッチウイスキーを日本で初めて作ろうと決意した情熱の人・マッサンと、スコットランド出身の彼の最愛の妻リタが、戦争中の数年間、まわりの日本人から受けた刺すような視線の中で暮らした日々、唾をかけられたり、罵られたり、スパイの疑いで、特高から家宅捜査を受けたことなどを、おぼろげに知っていたからです。

 テレビ演出でそういうシーンが出てくると、浅い表現にしろ(「ほんとうはそんなもんじゃぁないだろ。全然アマイぜ」)、深い表現にしろ(「こんなことをするなんて、権力を笠に着たとんでもねぇ連中だ」とか、「偉そうに言ったって、お前(わたしのことですが)だって、その場にいれば、取り繕ったように黙っているか、陰でけしかけるに決まっている。」)、どちらに対しても自分に即物的な怒りがでてくるのが嫌なんですね。

 マッサンがウイスキーづくりを学びにイギリスに留学した当時は、第一次大戦が終わったばかりの時でした。イギリスは、大戦の主戦場にならなかったから、竹鶴はスコットランドにいる間は戦争の深刻な影にそれほど気付かなかったのです。ワインの醸造を学ぶために途中フランスに渡って初めて彼は、ボルドー地方をはじめ、各地の、第一次大戦の凄惨な結果を目にしたのでした。

 言うまでもなくフランスは第一次大戦の戦勝国でしたから、敗戦国ドイツに比べれば余裕があると思っていた彼の目に入ったものは、農地や都市が巨大地震の後のように壊滅的に破壊された・それ以上に、二重の意味でかの地の人々を打ちのめしたのは、実際は、自然ではなく・人間によって破壊された、見るも無残な光景でした。
 その中を暗い目で歩く婦人たちや、腹を空かせたぼろきれの様な子供たち、手足を失い希望を失った市民たちが街にあふれていたのです。まさしくレマルクの小説のなかの・主人公の一兵士が戦死した日に、その死に何の意味もないように、司令部に届いた報告「西部戦線異状なし」の色濃い影が残る光景です。

 リタには、竹鶴の出会う前に結婚を約束した・陸軍士官学校出身の恋人がいましたが、その西部戦線(ドイツから見たら)の悲惨な地上戦で戦死します。マッサンとリタをモデルにした小説(フィクション)『望郷』のなかで、著者・森瑤子は、戦死したジョン・マッケンジーと戦争の爪痕を目の前にした竹鶴に同じような思いを語らせています。
『こんなこと(おや爺注:戦争)は絶対に正気の沙汰ではありません。男が命をかけるべき場所は、戦場ではないことだけは確かです。今度の戦争で、戦線を移動しながら、ぼくはそのことを学びました。』

 体験からいっても、人にとって、まわりの・ふつうの優しいいい人たちから、ある時から急に手のひらを返したように冷たい刺すような視線を投げつけられるほど息の詰まる記憶は、そうないと思います。日本国籍を取り、日本人よりも日本的であろうとしたスコットランド人・リタにとって、戦時中の体験は、戦後数年も外に外出する際の恐怖となって彼女の内面を切り刻んだのでした。
 『私のこの鼻がもう少し低くなってくれたら、髪の毛や瞳が黒ければ!』と政孝に叫んだ想いは、二人に忘れ去ることができない傷となっていったのが、よく分かるのです。


 
 どんなに逆説的に聞こえようと、存在論的にいえば、職業軍人にとってすら、命をかけるべきところは戦場にないのです。
 ベトナム戦争の歴戦の英雄であり、なんども勲章を受けたアメリカ人アレン・ネルソンさんが、その後、精神を病み、それを本にして、少年・少女に語った『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか。』が店にあります。
 あるとき彼は日本国憲法の存在を知ります。以後日本各地で、憲法と自分の体験を講演してあるきます。自分の無残な戦争体験と荒んだ戦後体験から、前線で人を殺し続けた自分が日本で平和憲法のついて語ることで、人間を取り戻すことができることになると考えたからにほかなりません。

 平和な部屋の中で、<中国や北朝鮮に侵略されたらどうする>と脅す評論家たちにはわからないでしょうが、日本の憲法には、戦争で本当の地獄を見た者には、それほどの力を与えることができるものだったのです。

 2009年、アメリカ軍がベトナムで撒き散らした枯葉剤の影響と思われる多発性骨髄腫によって、ネルソンさんは亡くなります。平和憲法の行く末を心配したのでしょうか、彼は平和憲法のある日本で埋葬されることを希望したのでした。

 この番組での彼の話に打たれながら、彼の本を漫画化したものが、吹き替えを含めて胡散臭く見えるのが残念で仕方ありません。 もちろんこれは彼や彼の本の罪ではありません。吹き替えの下手さ加減の問題よりむしろ、漫画化した時点では自然であった文字表現であっても、漫画そのままの言葉や擬音を、実際の音声表現に変えた時に不自然になりえるという、表現形態間の問題に無自覚だったことが問題なのだと思います。

 わたしが高校大学生のころ、日本はフォークソングブームでした。その第1.5世代に当たる人たちが、たぶん加川良や高田渡でした。加川良の<教訓1>は左翼でも何でもない普通の学生が、歌っていた有名な曲でした。実際政治に無関心な高校同期の木村君が、当時よく歌っていましたからね。なんと時代は変わったことでしょう。いま歌えば、10周は周回遅れの左翼とみなされるに違いないところでしょうか。

 その30数年後の加川良。

 70過ぎになっても思いを込めて歌う加川良を尊敬しますが、歌詞、「青くなって尻込みなさい。逃げなさい。隠れなさい」に、今思えば、平和ボケした60年ー70年初頭を思い浮かべてしまいますね。秘密保護法ができ、国民総番号制となり、戦(いくさ)の足音が聞こえるときには、もはや誰も、しり込みすることも逃げることも、隠れることもできなくなるでしょうから。
 いま一番日本国憲法の存立や行く末をほんとうに心配しているのは、日本国民でも国会議員でもなく、日本のマスメディアでもなく、わたしには、アレン・ネルソンさんや、コリン・パウエル元米国国務長官・海外のメディア・現天皇のように思えるときがあるのは、わたしがみょうちくりんだから?
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