8月の詩の旅:峠 

  • 2014.08.05 Tuesday
  • 22:52
 去年の8月に、山形の農民詩人・木村迪夫さんの詩・祖母のうたを紹介した。どういうことでその記事を見つけられたのか、関わっている方との摩訶不思議な縁で、精養軒は、ドキュメンタリー映画・『無音の叫び声』を支える会に入っている。(←映画のエンドクレジットに店の名前が載るという魅惑的な誘いのせいかも……。なんてよこしまで、商売ミエミエの支え方でありましょうや!パンダ 送られてきた・その会の通信に、詩人・真壁仁を語る夕べを行うとあった。そこに木村さんとともに、有機農法の草分けとして有名な・農民詩人の星寛治さんが出るという。

 真壁仁の詩でよく知られているのは、『峠』という詩だ。

 峠

峠は決定をしいるところだ。
峠には訣別のためのあかるい憂愁が流れている。
峠路をのぼりつめたものは
のしかかってくる天碧に身をさらし
やがてそれを背にする。
風景はそこで綴じあっているが
ひとつを失うことなしに
別個の風景にはいってゆけない。
大きな喪失にたえてのみ
あたらしい世界がひらける。
峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。
峠のうえの空はあこがれのようにあまい。
たとえ行手がきまっていても
ひとはそこで
ひとつの世界に別れねばならぬ。
そのおもいをうずめるため
たびびとはゆっくり小便をしたり
摘みくさをしたり
たばこをくゆらしたりして
見えるかぎりの風景を眼におさめる。

 
だが、わたしがより一層惹かれるのは、石垣りんのものだ。

 峠     

時に 人が通る、それだけ
三日に一度、あるいは五日、十日にひとり、ふたり、通るという、それだけの―― 


――それだけでいつも 峠には人の思いが懸かる。

そこをこえてゆく人
そこをこえてくる人

あの高い山の
あの深い木陰の

それとわかぬ小径を通つて
姿もみえぬそのゆきかい


峠よ、
あれは峠だ、と呼んで もう幾年こえない人が
向こうの村に こちらの村に 住んでいることだろう


あれは峠だ、と 朝夕こころに呼んで。  

 真壁の峠を、高村光太郎の詩に生活のずっしりとした重みを加えたようないい詩だな、と魅かれながら、わたしの<峠>ではないよな、と思ってしまう。これは峠を自らの意志で越える、もしくは越えようとする者の詩だ。
 どちらが先に発表されたものか知らないが、まるで石垣の詩は、アジアの歴史と女の生活を込めた、真壁への、渾身のアンサーソングのように感じる。これは留まらざるを得なかった者の峠だ。

 ことしも三笠プロジェクトで来ていた美術家の川俣正さんと、三笠ふれんずの武部代表に連れられて、事務局の大坂さんの4人で、青丘園の新メニュー・冷やし雉ラーメンを食べた。  
 彼と、うまく噛み合わないサイト・スペシフィック(時空性)の話しをしていた。トイレに行く、と川俣さんは言ったので、その話しは終わったと思っていたわたしに、戻ってきた彼は、『おまえはさ、ここにとどまっているだろう。おれはどこにでも行くんだ。その違いがあるのかなってトイレで考えたんだ。』わたしは即座に、いやそんなことはない、いつでも捨てられるんだと答えたが、半分は噓をついていただろう。
 不格好な、ほんとうのわたしは、どうしても石垣の<峠の越えかた―解体のしかた>に親しみを感じてしまうのだ。それはわたしが朝鮮人二世ということにもかかわっているのだろうが……。 

 海外に住む朝鮮人一世にとって<峠>と言えば、無数にバリエイションが存在する朝鮮民謡アリランの、アリラン・コゲ(アリラン峠)だと思う。この峠は実際に、朝鮮半島にある峠ではない。連れ去られた、あるいは超える羽目になった者の・歴史的な実感としての<峠>だ。これもまた世界史の中で言えば、朝鮮人だけの峠ではないだろう。

 峠は誰にも、どこにでもある。同じ峠はなく、同じ越えかたはない。けれど、この三つの峠から得る<峠>の意味は桁外れで、どれをはずしても、思想としての峠を得ることはできない気がする。
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