怒りと感謝を日々の糧に:吹雪と高笑い

  • 2013.03.18 Monday
  • 23:03
 吹雪の季節ももう終わりに近づいてきた。3月10日、先週の日曜日がたぶん今年の冬最後の吹雪だろう。9日から東京に行っていたつれあいの話では、東京は28度の夏日だったという。
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 10日、二階の居間から窓越しにのぞく。この程度の吹雪で50m先はもうぼやけて見えない。飛行機はほとんど欠航し、JRの電車は動かない。
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 次の朝。店の前の3mにはなる雪山に登り、店を写す。車の屋根の雪のなさから、昨夜は吹雪いてはいたが、雪はほとんど降っていない地吹雪であることがわかる。

 3月に入って、北海道新聞の記事に何回か、岩内の泊原発に事故が起きた時の防災計画が、福島原発事故を受けて、10匏内から30kmに広がり策定中であると出ていた。

 3・11の福島原発事故以降、吹雪のたびに思う。10劼ら30kmに拡大されたことは大事なことなんだろう。だがそもそも、1m先も見えない・飛行機やヘリコプター、車も使えない猛吹雪の中、泊原発に福島のような過酷事故が起きたら、いったい誰が、救助に行けるのだろう。わたしのいまの生活が、当然の任務の名のもとに、自衛隊や、消防・警察で働く人々に、原発で働く人々に、その後戻りできない過酷な任務を負わせることになるのだろうか。
 生き物を相手にする無名の酪農家家族たちの生活を根底から解体し、無造作に投げ捨ててしまうのだろうか。

 二次被害の可能性で交通事故の救助すらいけない吹雪が当然のようにある土地柄なのだ。

 北海道の西端にある泊原発に事故が起こり、西から東に吹く暴風雪が、北海道全体にどういう影響を与えるのだろう。それは専門家の間では想定外のことなのか。素人のわたしは、いま心から、北海道の大学に奉職する科学者たちに聞いてみたい。

 幼少時、岩内に住んだという北海道出身の歌手・中島みゆきが歌う『吹雪』は、自然やひとの歴史が示す、偶然の必然が生む不気味さをよく表している気がする。



 吹雪

日に日に強まる吹雪は なお強まるかもしれない
日に日に深まる暗闇  なお深まるかもしれない
日に日に打ち寄せる波が 岸辺を崩すように
どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
どこにも残らぬ島なら 名前は言えない

恐ろしいものの形を ノートに描いてみなさい
そこに描けないものが 君たちを殺すだろう
間引かれる子の目印 気付かれる場所にはない
どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
どこにも残らぬ島なら 名前は言えない

降り積もる白いものは 羽の形をしている
数えきれない数の   羽の形をしている
あまりにも多過ぎて やがて気にならなくなる
どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
どこにも残らぬ島なら 名前は言えない
誰も言えない
はじめから無かったことになるのだろう

疑うブームが過ぎて 楯突くブームが過ぎて
静かになる日が来たら 予定どおりに雪は降る
どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
何もない闇の上を 吹雪は吹くだろう


 同じく北海道の詩人であり、大学の英米文学教授だった矢口以文の今時珍しいストレートな詩。こんな<俺>を想定せずには考えられないほど、原発を取り巻いているのは驚くべき構図ということなのだろうか。
 <俺>とは、わたしか? 民意なのか? 日本の原発をやめさせまいとするアメリカの原子力産業なのか。この11日を迎えて連日報道された震災・事故関連の記事を読むたびに思う。ある種の歴史的既視感とともに、わたし(たち)はとんでもないところに足を踏み入れているはずなのに……。

 高笑い

ずるいやり方で しこたま儲けてきた電力会社
その電力会社と結び付いて
ずるいやり方で しこたま儲けてきた政治家集団
学者集団 メデヤ集団 電力会社の労働組合
彼らは口をそろえて囀って来た
“原発は安全だ!ちっちっぱっぱ ちっぱっぱ!”
“原発は便利だ!ちっちっぱっぱ ちっぱっぱ!”
“未来は桃色だ!ちっちっぱっぱ ちっぱっぱ!”
国民の大多数もすっかりその気になって
原発を腹の底から楽しんできた
富と便利の中毒になって
反対する者たちを嘲り はじきだしてきた
その原発集団の後ろにいるのは 実はこの俺だ
彼らを動かしてきたのは 実はこの俺だ
この俺の采配通りに
彼らは右にも左にも動いてきた
大地震と大津波で 目論みよりは少しずれたが
原発は無事に大爆発し 無味無臭の猛毒が大量に
放出され 大気中を生き生きと循環するから
生き物たちはやがて みんなしおれる
長い時間の流れの中でいろいろあったけれども
最後の勝利はとうとう この俺のものだ!今こそ
人類の滅びが近づいた!と 得体のしれない何者かが
腹を抱え 天を揺るがし 高笑いしている
     (希望新聞・北海道版 毎日新聞3月11日より矢口以文『高笑い』 )

補注:中島みゆきの『吹雪』を泊原発についての歌だと解釈する人(旭川大学長・山内亮史さん)や、それに反対するする人もいるようです。こういう経過は、ビートルズ時代に作ったレノンの名曲「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ダイアモンズ Lucy in the Sky with Diamonds」でもありました。題名の英語表記の頭文字で示すと、LSD(麻薬の一種・エルエスディ)になるのです。曲の内容もシュールな、まるで麻薬を吸ってトリップしているような感じの曲です。

 実際はレノンによると、たまたま子供の友達・ルーシーが描いた絵を見て作った歌だったのです。いづれにしても名作にしばしば現れる<偶然をつらぬく必然>という現象を思い浮かべてしまいます。

 中島みゆきは自曲を曲以外で語ることはないようです。ただ言えることは、わたし(たち)はただ自然現象の不気味さを語っていると思いたいのに、<間引かれる子の目印 気付かれる場所にはない>や、<疑うブームが過ぎて 楯突くブームが過ぎて>というような、自然にはない断定や、社会生活への醒めきった現実認識があるために、自然としての吹雪では到底解釈できない<偶然の必然が生む不気味さ>が、苦い思いとともに、ざらついた細かいガラスの破片のように耳奥に広がるのだと思います。
 
コメント
冬季の酷寒、私たちの想像を超えた雪によるさまざまに厳しい問題はあるにしても、この国の最もおおらかな息吹の広がる場所、そう(安易にも)思っていたところにさえ、暗雲は垂れ込めている(きた)、そんな時代に私たちは入ってしまっているのだということを、思い知りました。
  • argon
  • 2013/03/19 1:27 AM
 TPP参加で、北海道の農家が受ける損害を北海道庁が試算しています。牛肉豚肉・小麦は壊滅的、米・畜産物は打撃、ビート・澱粉用ジャガイモは全滅と言うのです。話半分としても空恐ろしいではありませんか。そのあと、緑豊かな北海道全域で、豊かな交付金と引き換えに、核燃料廃棄物処理場と化すのでしょうか。いたずらに妄想がわくおや爺であります。
  • おや爺
  • 2013/03/20 9:06 PM
はじめまして。失礼します。
自分は「吹雪」を水子の霊の詩だと思ってました。親の勝手な都合で殺されて、名前もつけられず、無かった事にされてしまう、という内容と思い聴いていました。
  • 斉藤江連
  • 2017/06/12 8:10 PM
 斎藤様、コメントありがとうございます。わたしは、中島みゆきさんの歌にも、詩についても、全くの素人ですが、斎藤様のおっしゃることで、本質的にいいのではないかと思いました。

 ただ水子を、すこし広い意味にとらえて、<親(力のある者)の勝手な都合で殺されて、名前もつけられず、無かったことにされてしまう>存在や、それを黙認するまわりの存在のあり方を含めて、中島さんは歌っているように思いました。
  • おや爺
  • 2017/06/12 10:39 PM
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