海街diaryぁУ△譴覆い佞燭蝓ゝ氾捗生(よしだあきみ)

  • 2012.07.10 Tuesday
  • 23:34

 海街diaryの四巻目です。これで全巻紹介したことになりますね。

 鎌倉に住む異母三姉妹と一緒に暮らすことになったすずは、一番しっかり者の長女・幸が不倫をしていることを知り驚きます。幸もすずも自分の両親が不倫したことで心に傷を負っていたからです。
 不倫相手の医者と別れることを決めた幸は最後に相手と鎌倉の祭り・ お十夜を見に行くのでした。ちょうど祭りを見ていたすずと、サッカーのチームメイトですずに好意をよせる風太はふたりの後をつけます。

 すずが、自分の両親の結婚のいきさつを初めて風太に告げる場面です。
cant-say-goodbye-to-each-o.jpg
 どうでもいいことに惹かれるわたしが目が行くのは29ページ3段右のコマです。風太は言葉で伝えられない想いを伝えたくて手を握ろうとしますが、当然ですがうまくいきません。わたしは思春期の皆さんに声を大にして言いたい、思春期の二人には手を握る行為すらかように遠い。これが思春期の王道というものです。


 

cant-say-goodbye-to-each2.jpg

 姉の幸が駅で彼を見送ったあとの光景です。右ページの3段目右のコマ。幸がさよならの手を挙げた後の、左手の行き所のないにぎり方のリアリティにも目を奪われるけれど、なんと言っても、漫画の省略の魅力を最大限使ったコマと言うべきでしょうか、2ページの半分以上が白い背景です。無意識に・余計なことなしに、コマ中の人物の感情とそれへ向かう視線(感情)に、意識が集中してしまいます。
 こういう作品を見ると、わたし(たち)が子供のころからあった漫画が、とんでもないところまで来たなぁという感慨を覚えます。全然関係ないことですが、こういう頭の下がる無数の研鑽の跡を感じると、当然ですが、あ〜、わたしはまだまだお話しにならないなって思いますね。もう少しこの世界の仕事を真面目にやってみようという謙虚な気持ちが湧いてきます。

 さて、姉のその後を心配した二人は幸の後をつけます。
    cant-say-goodbye-to-each-o.jpg
 しつこいようですが、またしてもわたしの意識の行き先は3段右のコマです。手を握るというより、すずが逡巡し、迷って離れないように、服の袖口ごとつかんでいます。思春期のふたりはかように手をつかんで頂きたい。ただ直接手を握ればいいというもんではありまへん。

 不倫関係に終止符を打った姉が家に向かうのを見届けながら帰るすずと風太の、電車の中の会話です。長年心の中でわだかまっていたことを、すずは他人に初めて明かします。

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 発語したあとに、「ごめん今の話忘れて」と言わざるを得ないすずの言葉は、自分が生きているということを素直に喜べない時期を長く送ったひとには、非常に身につまされる気がします。
 その次の場面です。風太は自分でも相手にどう受け止められるか気づかないまま、思わず告げます。
cant-say-goodbye-to-each6.jpg

 この2ページは帰れないふたりにふさわしい場面です。特に左のページは映画のフィルムをとおした映像のようです。
 わたしが惹かれるのは、右ページ三段目の風太の言いようです。
 この風太の立ち振る舞いは、思春期の男子に見られる特徴と言わねばなりません。せっかく真剣な想い(好きだということそのものではありません。好きになったために真剣に相手のことを考えていたということそれ自体)が伝わったのに(というか、伝わったためにとも言えるけど)、この情けないまでの腰の折れ具合というか腰の引け様です。コマには、『ダメ』という現実の作者の言葉まで直に書きこまれています。フィクションの話しを、物語の中で終わらせることができずに、ノンフィクション(現実の関係)まで直に伸ばさざるを得なかったみたいに。
 かつて詩人・茨木のり子が「ひとりのひと」で書いた、男の剄さや弱さ・ずるさにつながるのではないでしょうか。X

 さて、ここでこれを出すと、あ〜、あ、これね、とお思いの方も多いでしょうが、この話の題名「帰れない二人」といえば、わたしの年代では忌野清志郎と井上陽水が作詞作曲して、井上陽水が歌った曲でしょう。

 何回か書いていますが、わたしは中年以降の大御所のような(って、実際大御所なんでしょうが……)井上陽水の歌い方で初期の曲を歌うのがあまり好きではありません。
 だんぜん忌野清志郎の歌い方の方がいいと思います。彼ひとりで歌ったものがないのでユーチューブから陽水といっしょに歌ったものを載せます。
 清志郎の歌い方は、好きになったひとと初めて街を歩く少年のようで、初々しくてわたしは好きです。



 かつては井上陽水もこのように歌ったのです。帰れないふたりが歩く、街の、夜の湿った空気を感じさせる声ですよね。素寒貧な情けなさも感じられていいと思うんだけどなぁ、でもいつまでもそう言う訳にはいかないんでしょうね、帰れないふたりのように。成熟とか洗練っていうのは大事なことでしょうけど、だいじな何かを失うことでもあるんでしょう。せめて失うものやおもてに出さないものを自覚していたい。わたしにとって朝鮮料理とは何か、を考えるとき、いつもそのことが頭に浮かびます。


(注:ユーチューブが削除されていると言われたので、変えました。ついでに高中正義のサンタナ風のアレンジを見つけたので載せますね。)




『海街diary4:帰れないふたり』 吉田秋生 小学館fc

コメント
はじめまして。いつも、実は毎朝、おや爺さんのブログをチェックさせていただいているものです。
いつだったか、春だったか、「わたしはひろがる」という詩を使いたくて、さくっと活字で手に入れたいなと検索をかけていたときに、おや爺さんのブログに出会いました。そして、記事を読んでいるうちに、取り敢えずその詩を使ったことはやめてしまいました。もっとゆっくり、もっとしっかり……してから……と思ったもので。
そして、おや爺さんの書いた様々を読みふけるうちに、すっかりはまってしまいました。どの記事にも。更新のない日が続くと、過去の記事をさまようこともあります。ストーカーのように……。
「帰れない二人」が清志郎作詞だったとは初めて知りました。あの歌を聴くと、ラジオから流れる陽水の声を拾っては歌詞を書き写してたことなど思い出します。特別にファンというわけではありませんでしたが。
「海街diary」も、貸本屋で借りて読んでいたのですが、おや爺さんの記事を見て大人買いしていました。その時、第4巻も出ていたことを知り、感慨にふけり読みふけり。今回はその巻からの記事でしたね。
吉田秋生さんの仕事ぶりから自分の仕事を思ったり、陽水の歌い方の変化から自分を思ったり、そういうのってあるよなー、でもうまく言えなかったりするよなー、でもこうしてうまく言ってくれちゃったりするよなー……と、またまたしみじみはまってしまうのでした。
岩三沢という地名もここで初めて知りました。いつか食べに行くぞと美しいお料理の写真を見るたびに思っています。
なんか、そのうち満を持してコメントを送ろうと息巻いていたのに、今朝ふと思いついて打ってしまいました。支離滅裂でごめんなさい。さあ、三連休!! 商売繁盛でありますように。ではー。
  • わし
  • 2012/07/14 5:12 AM
「わし」さん、コメントありがとうございます。以前ユッケとレバー刺しのことを書いた記事で、一日4万件以上のアクセスがあって驚いたことがありました。

 でも「わし」さんのコメントは、わたしのなかでは、それ以上の驚きで、今まで言われたこともなければ、思ってもみないコメントに非常に、ひじょうにびっくりしております。

 お会いしたこともない「わし」さんが、何だかこちらが書いている以上のことを読み込んでくださり、ちょっとドキドキすら、しております。

 以前に書いたことがあるかも知れませんが、ブログを日記にしないこと、どんなに私的な経験に見えても、<わたし>と書くときはいつも<わたしたち>を意識し、<わたしたち>と書くときは、常にわたしを忘れないことを、心にとめて書こうと思っています。

 が、何せスチャラカした生き方をしているのでつねに守れているか自信がありません。

 こいつ大丈夫かな、と疑いながら読んでいただけたら幸いです。

「そのうち満を持してコメントを送ろうと息巻いていたのに」とのことですが、わたしには十分すぎるコメントでした。ありがとうございました。
  • おや爺
  • 2012/07/15 3:25 AM
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