人を好きになるということ:「あなたのすべてを」 佐々木勉

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     夜、店を終えてから、柴珍島犬・マリ兵衛の散歩に行く。ひとりの時もあるし、つれあいと一緒の時もある。

     今日は夕方から、30名様ほどのおまかせ料理と、お肉を食べられない方の別のメニューなどで、朝9時からチョット慌ただしい仕込みが続き、終えたのは夜中12時過ぎだった。

     連れあいと二人で、子供が借りたCDを返しに行きがてら、犬の散歩をした。

     ふたりで次の日には忘れるような、たわいのない話や家族の話をした。
     左端が少しだけ欠けた満月が高い空に浮かんでいて、北海道にしてはちょっと暑い夜を歩く。
     人通りはほとんどないのだが、途中若い二人連れの自転車や、ひとり、自転車で帰る若い女性や男性とすれ違う。

     親元を離れて田舎で生活していた学生の頃を思い出す。あの頃わたしも確かに彼等と同じように、夜更けの湿った空気の中自転車に乗って友人の下宿先へ急いだのだ。

     最近の高校3年生は半分以上がカップルになっていると高校生のバイトが言っていた。40年前のわたしの高校生の頃のイメージは、カップルなど小説や映画の中の話に過ぎなかったのに。

     ところが高校の同期数人と、ここ二、三年話をするようになって驚いたことがある。彼らに聞くと、付き合っていた連中が随分いたらしい。その証拠に、私たち6人の中で彼女がいなかったのは、わたしともう一人、Tだけだったのだ。その上、同級生同士で結婚している者が何組もいるというではないか。彼等はわたしの露知らぬ間に、40年も前に、そんな怪しげな付き合いをしていたのである。実に怪しからぬではないか。

     まぁ、とは言っても自分のことで頭がいっぱいのアホ高校生のわたしには、恋愛など考える余裕も、毎日のように会っていた同級生に彼女がいることも、気付かなかったのだ。

     大学生になって、西園寺一晃『青春の北京』という本を読んだ時はショックだった。中国の文化大革命に加わり、中国人の恋人が出来るのだが、自分たちの民族的生き方のために別れるという話だった。これが恋愛の在り方なら、外国人の自分はずっと恋愛などできそうもない、と思ったのだ。

     いまでもわたしはひとを好きになるとはどういうことかよく分からない。当時慕っていた大学の先輩・Aさんに、ひとはなぜ特定のある人を好きになるのか、脳内の生物物理化学的変化を調べたいといって、ヘンな顔をされた。

     人は色々な理想があるのに、実際好きになるとなぜ理想と無関係に好きになってゆくのだろう? 何故思いもよらない人を好きになっていくのだろう? 好きになった理由を、相手のここと、ここが好きだといくら具体的にすくい上げていっても、本当の理由はいつも指の間からすり落ちて、不思議さと途惑いと困惑だけが残されていく気がする。
      『ジャン・クリストフ』『魅せられたる魂』を書いた小説家ロマン・ロランが、ベートーベンの音楽を詳細に分析した文章も書いていて、人を好きになる感情を、こんなふうに解析できたらどんなにいいかと、そのとき思った。

     20年ほど実際に結婚生活を送った実感と、国際結婚したわたしの知り合いを見ていると、『青春の北京』のような考えは、政治的高揚期のかなしい・いまも繰り返される誤謬に過ぎないことが分かる。国際結婚であれ何であれ、不思議さや途惑いをいつまでも心の中に大事に温めて、二人一緒の生活をおくることができるかどうかが大事なことで、恋愛は政治や民族と関係ないことだ。

     国や民族の違いから個々の結婚が立ち行かなくなることはない。

     今ワールドカップが行われている。これは半分笑い話ととってもらっていいが、同じ日本人同士の結婚で、両者がふたりで熱烈に日本を応援しているから、彼等の現実の結婚が上手くゆくと言う人がいれば、戯画的な幻想だと反論されるだろう。

     一方、結婚している日本人と韓国人が、韓国と日本の試合が行われている時、それぞれが別の国を応援しているからといって、二人の現実の生活が軋むというなら、それは倒錯した幻想と言わねばならない。なぜならそれ以前に二人の間にある<ゆがみ>なしには想定できない幻想だからだ。

     どんなことがあろうと、当人同士の心のありようだけだというのが、いまのところ嘘のない・わたしの実感の答えなのだが、正しいかどうかわからない。

     しらない家からもれる灯りを見たり、公園や静かな墓地のわきをつれあいとまり兵衛とてくてく歩く。二人で夜歩くことのなくなった年を重ねた夫婦の方も、若い人も、二人の人も、ひとりの人も、それぞれが、それぞれの想いをこめて、夜ゆっくり歩くのに北海道は今いい季節だと思う。

     
     このユーチューブのベタな画面に抵抗を感じつつダウンロードしたのはわたしの好きな佐々木勉の曲。今では知らない人の方が多いかもしれないが、初期のフォーク・グループ『ブロードサイドフォー』(50代過ぎじゃないとわからない! )の『星に祈りを』など有名な曲をかいている。40代初めで若くしてなくなったシンガーソングライターだ。

     この歌はよほど歌手の歌心をそそると見えて、ネットを見ると美空ひばりテレサ・テンまで歌っていることを知った。単純な歌詞の分だけ、人を好きになる不思議さを自分の歌唱力で表現したい誘惑にかられる曲なのだろう。グラシェラ・スサーナのものも有名だが、徳永芽理のものがそのなかでは初々しい感じがしてわたしは好きだ。

     注:6月27日に書いた記事です。

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