2017年イギリスマン島TTレース

  • 2017.09.17 Sunday
  • 00:52

 以前にもこのマン島TTレースのことを記事にしたことがありますが、また懲りもせず馬鹿バイク乗り・おや爺は載せるんでございますね。

 

 マン島レースと云えば、本田技研の創業者であり、元祖カミナリ族(昔バイク乗りはこう呼ばれた)の教祖・本田宗一郎を語らねば始まりません。戦後創業の企業にすぎなかったホンダは過剰な設備投資が祟って、倒産寸前に追い込まれた直後のことでした。世界のバイクレースの頂点に立つと宣言して、このマン島レースに参戦宣言をしたのです。1954年の頃です。当時ホンダのバイクと世界のトップバイクのスピードの差は倍もあることを、宣言後に本田は知り愕然となります。

 

 そして5年後の1959年初めてマン島レースで6位入賞、2年後の1・2・3フィニシュで賞を独占したのでした。この間の本田とその仲間たちの奮闘は何度読んでも胸が熱くなりますねぇ。まわりは非難する者ばかり。今でこそ独創とか新しいことが、日本企業称賛の当たり前の枕詞になっていますが、本田宗一郎が奮闘していた頃は、企業にとって、利益が第一、独創性は二の次、三の次に評価された時代だったのです。ソニーなんて、大企業・松下電器(いまのパナソニック。昔マネシタ電気って呼ばれたこともありましたな)のモルモットと言われていましたからねぇ。

 

 その時代の多数派の評価や価値観を言われたまま信じると新しい道は発見されないというのはどこの世界でもいつの時代でも同じだなぁ、と思うおや爺でありますね。出来上がって評価されたものを評論家的に受け入れるのではなく、いまだよく分からない新しいもの、いまだ評価の定まっていない少数のものを評価する人間になれたらなぁ。

 

 驚いたのはイギリスの新聞です。ちっぽけな東洋から来た名もないバイク屋が初エントリーから二年後の快挙です。どうせイギリスのフルコピーのエンジンだと思って分解したら、そこには何物のまねではない・驚くべき独創の技術だったと書かれたのです。さすが内燃機関発祥の地・イギリス。日本だとバイクはアホウの乗り物(←確かにそうだけど……)という扱いですが、イギリスだとグランプリライダーにサ―の称号が与えられますからねぇ。

 

 次の映像を見ると、踊るアホウに見る阿呆と言う言葉が思い浮かぶおや爺であります。公道、時速300km越えの世界ですわ。カッケ〜、こんなコーナリング出来たら、ライダー辞めてもいい!!、って60過ぎてアホウ。まったくの住宅街をこんなスピードで疾走していいものか?hirasanhirasan

 次のアメリカホンダのプロモ映像はちょっとカッコつけすぎですかねぇ。

 なぜ、ひとはバイクで旅に出るのか、家にいれば暖かいベッドと淹れ立てのエスプレッソがあるのに、と一人アヤをつける男でございますね。←おや爺のことではございません。ちゅんちゅん

 どこへ向かうかもわからない道を、見知らぬものと出会うために、ここにない何かを求めて( it's what lies beyond)なんちゃっておりますね。

 バイク同士がすれ違った時のアメリカでの挨拶なのかなぁ、何気なくてチョットかっこいいですねぇ。右側通行でしか使えませんが……。

 どうです? バイク乗りたくなりましたぁ〜、皆さん。←誰もなんねぇよ!ムスっ_| ̄|○

 

と、ほ、ほ、バイクがレッカーで運ばれた顛末:T氏、真のバイク乗りについて語る

  • 2017.09.07 Thursday
  • 13:43

 8月、店の休みに、バイクで世界遺産・知床へ行ってまいりました。シ・レ・ト・コ。毎年一度は行きたい、全国のアホライダーにとって憧れの地でありますね。と、ところが、たしか道東の生田原(いくたわら)でガソリンを給油したときでございます。トイレをお借りするためにバイクを降りた一瞬、視野の端にエンジンガードのゴムラバーが妙に光っているを見つけました。あれ、素手で触れると、オイルがついております。不思議に思って点検すると、左フロントフォーク(前輪を左右から支えハンドルと結ぶ二本の軸)からオイルが滲んでおります。ゲ、ゲ、フォークの脇にはブレーキディスクがあります。それにオイルがつくとブレーキがかからなくなる恐れが……。まぁ、でも右にもディスクがあるから両方効かなくなることはないので、スピードを出さなければ何とかなるでしょう。
 問題は前輪のタイヤにオイルが少しでもかかったら、即、転倒でございます。それほど漏れている訳ではないから、なんとか知床の友人ホテルまで行けるか。←引き返すことを考えないのがアホライダーの特徴でございますね。

 

 ただ別の問題が一つ。フロント・フォークが正立ではなく倒立タイプ(かつて何代目かの走る棺桶と称されたレーサーレプリカに使われた)のイケてるバイクなので、オイルが上部に封入されている構造。稼働するたびにオイル漏れが激しくなる恐れがあります。いや、いや、そんなことは忘れて、おや爺、まずは走りましょう、知床まで。あと170kmはあるけんど。

 

 てな訳で、どんより曇った天気の中走りましたよ、えぇ、えぇ。ようやく友人のホテルについたときは午後4時頃でしたか。降りて早速フロント廻りを見ました。
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するとどうでしょう。オイルはブレーキディスクに飛び散り、フロントホイールにまで飛散しております。こ、これはまずい、まずいぞ、おや爺よ!がーん

 フロントスタッフにライダーがおり、親切にウエス用タオルを貸してくれました。拭いたけど地面にオイルが滲んでいるし、明日朝の判断でバイクを置くか走るか、決めることにしました。なんと2日ほど前、兄から保険にレッカー費用が組み込まれているのでJAFに頼む必要はない、という話を聞いたばかり。いや〜、いい話を聞きましたがや、ト、ホ、ホですが……。

 

 夕方、友人宅へ。毎度のことなので、突然現れても何も驚かれない。←つまんねぇ、ちょっと驚いてくれぇ〜。hirasan 大学が同期の奥さん・MGと、この歳にならないと分からない話をしました。話しながら、何か自分たちがそんな会話をするのが不思議な気持ちになったのでした。おそく仕事から帰ってきたやはり大学同期で、先輩(年がいくつか上なので、ぶいぶい言わせていた)のMさんが話に加わります。でも明日のこともありいつもより早めにホテルの部屋に帰りました。

 

 朝は雨。知床はことし天候不順で、日照時間の不足が心配だと、言っていたっけ。午前6時頃にバイクを見に行きます。やはり倒立サスのせいでしょう。オイルが結構漏れていました。知らないうちに友人夫婦が後ろに立って言いました。

「あぶないから止めとけ。置いて電車で帰れ。北見まで送るから。」
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 (左、北見岩見沢間の乗車券とヘルメット。右、岩見沢駅で泣き崩れるの図)

 

 その後電車のデッキで保険会社と携帯電話で折衝。孫の手十本ほどの親切な対応で何とか解決です。ホッと、一安心。レッカー代が保険保障の枠(30万円0口0)を超えるので札幌まではレッカーできなかったものの、バイクは旭川のバイクショップ・レッドバロンまでレッカー・修理され、後日取りに行きました。
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 (バイクを取りに行った日、旭川で。)
 友人と、保険・携帯電話のありがたさを実感したおや爺であります。みんな、ありがとうねぇ。
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 修理されて無事岩見沢に帰還。15年前のバイク。中古で買った空冷S2R1000。

 

 後日事の顛末をメールで元バイトで若い友人のM里さんに送ると、やはりバイク好きの旦那Tさんが大笑いして、こう言ったというのです。

真のバイク乗りは愛車を置いて帰るなどというようなまねはしませんな。実に知床にひとり置かれたバイクがかわいそうだ。」 

 くっそぅ!!火火 その後、日も経たずに夫婦で店に食べに来ました。ただただ冷やかしに来たのでございますね。あまつさえ、旦那は、フォークオイル漏れの処置の仕方を、おや爺に得々と12分は語るのでありますな。き、聞きたくねぇよ。ムスっムスっ 夫婦二人で大笑い。「ひとの失敗でこんなに大笑いしたことはないですねぇ。肉がうまい、ご飯がうまい。箸が進む、進む。」

 M里さん、精養軒でバイトしていたときはあんなに素直でいい人間だったのに、極悪非道なバイク乗りなんかと結婚したせいで、人格がすっかり変わりましたな。また精養軒にバイトにいらっしゃい。ヒンコーホーセー(品行方正)なおや爺のご指導ご鞭撻で、元のやさしい健気な人格に戻して上げましょう。あぁ、でも、でも、真のバイク乗りは、口惜しいざんす。Docomo_kao18Docomo_kao18Docomo_kao18

 

補注:M里さんに、メールでこの記事を知らせたら、次のメールが返ってきた。うぬれ〜。Docomo_kao18

「切符が少しぼやけて写っているように見えますが・・まさかっ‼悔しさで手が震えているのではと心配になりました。もしくは相棒を知床に置いてきた寂しさから涙で目がかすんだ・・?大人になると心からケラケラと笑う機会か減る気がします。おや爺さんには、夫婦で心から感謝しています。ひゃーはっは。ちなみに相棒より、自分の体が大事なので、これからも無事故で真のライダーを目指して下さい(~_~)ひっひっひ」

 ありがとうございます。おふたりに、次回ご来店の際は、こーばしい特製石焼ピビムパプをお出ししましょうね。ゴマ油の代わりに、漏れたフォーク・オイルを使ったやつですが……。手

 

2017年初めてのショート・ツーリング:羊蹄へ

  • 2017.05.17 Wednesday
  • 23:42

 休みの日がいつも雨。バイクシーズンの初日はまだライディングが定まらないので、雨はつらい。午前中に市役所の用事を済ませ、お昼12時ちょうどの出発となった。

 今日、岩見沢は晴天。下はユニクロで買った薄いエア・ジーンズ。峠は寒そうだが、面倒なのでそのままで行くことにした。上着は、ライダークラブに所属していた市役所を退職されたKさんから譲り受けた。クシタニの・古くていい味の出ている皮のライダーズジャケット。今流行りの皮ジャンに比べるとぶ厚く、その分とてつもなく重い。

 

 市街地を過ぎ、もう、ところどころ田圃に水が張っている長沼を抜け、アップダウンの多いうら道を走る。ときどき農作業のトラクターが道をゆく。驚かせないようにゆっくり追い越す。何と言っても農家の人の道路ですからね。役立たずのバイクは肩身を狭くしなくちゃいけません。

 70kmくらい走り、千歳を過ぎると、両脇を緑に覆われた、長い道に出る。このルートで、ライダーの気持ちが高揚する、最初の素晴らしい道だ。体中で初夏の匂いや色彩を楽しめるのだ。そこからギヤをシフトダウンして、左に折れ、すぐ右折して5速までシフトアップしながら美笛峠に入る。まっすぐに伸びた木々の隙間から、右手に支笏湖が見える。湖上の空は、千切れ雲が多いためか、今日は鉛色の湖面だ。この湖は天候によっておどろくほど違う貌を見せるのだ。厳寒期の、人を寄せつけない冬の支笏湖の姿は、いま想像もできない。遠くの山並みには岩肌に雪がまだへばり付いていた。

 

 目の前の空には、季節にはまだ早い、鉛直がやや短い積乱雲がみえる。陽の光りを受けている部分と影になっているところが幾つも重なって、3Dの立体映像の様だ。遠くの山肌がみえる。淡い新緑と紅葉の残った木々の間のワインディングを、右に左に気持ち良く旋回しながら登りつめてゆく。ヘルメットのシールド越しに、ときどき、峠の湿った緑の匂いが流れ込んでくる。どのくらい経ったのだろう、30分くらいのところか、大きく右に回ったところが、上り最後のコーナーだった。

 突然目の前がひらけて、息をのむ頂上の風景が広がった。頂上なのに、空も雲も相変わらず遠いまま。だが休まず下りの緩いループのワインディングを幾つも慎重に走り抜け、峠を終えたあたり、正面に突然、蝦夷富士と呼ばれる羊蹄が姿を現した。

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 左手に羊蹄山を見ながら、京極まで走る。またしても道に迷った。自転車の女性に道を尋ねる。吹き出し公園で水を飲み、普段吸わない煙草を一本とりだした。冬の間北海道はバイクが乗れない。半年ぶりの重いクラッチ操作の繰り返しで左手の関節が痛くなってきた。午後4時半過ぎ。バックミラーに映る羊蹄山を背に車のまばらな道を疾走する。

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 後は、緩やかな高速コーナーが続く2車線の山中峠を走り、定山渓を経由し、帰るだけだ。

 

 大学時代の友人宅の近くを通った。午後6時前、まだ明るい日差しの中、バイクを止めて電話を入れた。『会わないか?』『悪い、まだ仕事中なんだ。』

 

 いつもの国道12号線に入る。それほど車は多くない。夕日の頃は、江別大橋の手前から石狩川と函館本線の線路を見ながら素晴らしい光景が広がるのだが、今日はまだ早い。日が西に傾いたためか、わたしとバイクの走る影は、両側4車線に跨って向こう端まで伸びている。巨大なガリバーのようだ。その影を視野のすみでただ追っていたら、ライディングの緊張感とともに、気分がゆったりと落ち着いてくるのがわかった。今やり始めている・独創の心理臨床家が発見した療法と同じだ。影も自己の反映だから、今ある対象自己(ここでは影)を、ただあるがままに、主体自己が見ていると、こころが落ち着く現象だ。

 へぇ〜、結果を考えないと、心の働きってすごいもんだな、新しい確信を得た気がして思わず独り言が口に出た。

 

 無事岩見沢に到着。本日の距離334km。左手首と親指の付け根が痛むけど、初回にしては上出来だ。1時間ほど市営のジムでトレーニングをしてから、なごみ温泉の電気ぶろに入って体を休めよう。

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2016年復活タンデム・ツーリング

  • 2016.09.27 Tuesday
  • 23:08

 いやはや、結婚してから30年近くたっちょりますね。時の流れとは恐ろしいものです。いろんな理由から、新婚の頃やっていたものでやらなくなったものが、思い返すといくつもありますねぇ。

 

 結婚前後数年間は印刷や製本にのめり込んでいたので、毎年クリスマスカードや新年のカードをひと月がかりでふたりで作っていました。やがてそんな時間のゆとりのない生活になって止めてしまいましたね。もう手元にも残っていません。多分京都の友人は変わり者なので、残してくれているかもしれませんが……。お店に置く電話帳やお店で置いていた煙草の煙草ケースも印刷しましたねぇ。今も一つ残っていました。こんな感じです。

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 李朝時代の紋様を使っていますね。今は廃番になったプリントごっこで印刷しました。数十年ぶりに見ると、新しい支店もよろしくと書かれています。28年前の支店オープン記念に作ったようです。

 

 元バイトで友人の結婚式パーティの案内状を作ったり、お店のメニュー作りやホームページ作りに生かされているので、何が役に立つのかよく分かりません。

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 自分の結婚式次第より気合いを入れて作っておりますなぁ。ダブル・トレーシングペーパーも使って、中は8ページの大作ですがな。

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 好きなエリュアールの詩を入れてますねぇ。わたしの英文のチェックをアメリカ人のCさんにお願いしてもらったっけ。

 

 バイクも最初の数年は奥さんと一緒に乗っていましたが、やがて一人で行ったり、アメリカ人の友人と一緒に行くことが多くなっていきました。ヘルニアになって数年バイクが乗れない期間があり、完治したものの、筋力が衰え、乗ってはいましたが、ほんとうはこころの底から楽しい時期ではなくなっていきました。

 ところが、昨年あたりから、バイクに乗るのが、またものすごく楽しくなってきたのです。一つは以前のバイクより100kgほど軽いバイク(1000ccなのに、250ccバイク並の軽さ)に慣れて、うまく乗りこなせるようになってきたことと、もう15年以上前につくられた、空冷Lツインエンジンの、独特の振動と鼓動音が、まるで生き物のように感じられて心地よいのです。

 

 体力も衰えて、もうタンデム・ツーリング(バイクによる二人乗りの遠出)もできないと思っていたのが、少しトレーニングを積めば何とかなるかもしれないと、半年くらい前から筋トレを始めました。復活初回目は、美瑛・富良野へ、距離にして往復200匱紂けっこう乗れた実感を得たのと、奥さんも後ろで眠ることなく無事帰還できました。

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 気をよくして、先週の第二回目は支笏湖・ニセコパノラマライン・羊蹄山・中山峠(今をときめく建築家東大教授・隈研吾先生デザインの建築を初めて見に行くのが目的です←いい訳ではありませぬ暑い)で往復440辧

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  今回は、たぶん2016年最後のタンデムで、旭川まで最高速度をしっかり順守しつつ高速走行し、旭川こども冨貴堂さんで、友達に贈るために、曳地奈穂子詩集『あの日から』を3冊買いました。帰りは美瑛・富良野・桂沢湖の、往復240劼離魁璽垢任靴拭

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 よっしゃぁ! あと3年はタンデム・ツーリングもオーケーざんすよ。←ただの、アホウ。暑い暑い

 

2016年、今季初のショート・ツーリング:富良野・美瑛・旭川

  • 2016.05.21 Saturday
  • 08:24
 ようやく店の休日に天気のいい日が当たりました。バイクに乗ることができます。雨の日に乗ってもいいんですが、だんだん目が悪くなって、動体視力も落ちてくると、好きだった雨の中のライディングや真夜中のロング・ツーリングも難しくなってきました。40代頃までは仕事を終えて、真夜中に道東・知床に向かい、朝に着くこともありましたな。←真夜中に車一台通らぬ峠で事故ったらどうするつもりなのか? ホント、ただのバカですがな、昔の俺よ!!ムスっ 齢(よわい)六十を過ぎてようやく常識というものを少しずつ知るはめになるおや爺であります。_| ̄|○

 初回ということで、富良野・美瑛をめぐり旭川の常盤公園内の北海道の生んだ偉大な詩人・小熊秀雄の詩碑・最近その名を知った詩人・今野大力の詩碑を見に行くことにしました。地図で調べてみると、最近教えてもらった、地元の本屋・こども冨貴堂さんも近くなのでお邪魔する計画です。距離でいえば、岩見沢から往復250kmほど。バイクで軽く流すにはいい距離です。

 岩見沢から三笠を通り、桂沢のいつもの峠道に出ます。20年近く前のバイクとはいえさすが、空冷L型ツイン・モンスター1000S2R。跨った脚の間から、相変わらずひとの鼓動のようなエンジン音と振動が、心地よく響きます。
 車で見るとき以上に、バイクでツーリングすると、風景が近くなります。多分中年過ぎのライダーにはだれもが感じる実感なんじゃないかしら。遠い景色も自分に近くなります。葉脈が透けて見えるような新緑が、痛いほど目に入ります。
 
 いい時期ですよね、この時期の北海道。独特のやわらかな緑をなんというんでしょう。夏から秋に、紅葉に向かい始める木々の葉の色を、歌人が、「途惑いみどり」と呼んでいたのを思い出します。初々しい感じがうまく出ている表現ですよね。言語であれ何であれ、鋭い人たちっているんですよねぇ。新緑も何かありそうだけど、わたしのようにすべてに鈍い者には思いつきもしません。

 前夜、まじめにツーリングマップを見たので、道に迷うことなく、上富良野の最初の目的地・富良野八景の一つパノラマ江花に到着。十勝連峰の富良野岳まで、一直線につながっているように見える・アップダウンが続く直線道路です。6・7月にはさらにまわりはいい光景が続くんでしょうが、ライダーにはただ道だけでも十分楽しめるんですね。

 道のはるか向こう、春霞みにけむる秀峰・富良野岳。

 その後美瑛の掘り起こした畑のきれいなラインが続くパッチワークの丘をこえ、旭川に12時頃に到着しました。まず買物公園の誰もいないベンチに座り、普段吸わない煙草を一本。馬鹿なバイクツーリングの儀式です。7条8丁目買物公園内にこども冨貴堂はありました。

 中は思ったより広く、あぁ、いかにも本好きが、独特に本を選んでいる地元の本屋さんだな、という空気が伝わってきます。かといって図書館にありがちな、本好きだけの空間よ・素人は片隅にね的閉塞感はありません。こういうところに来ると、ついつい本を買いたくなるので、年寄りの本好きはよくよく警戒しなければいけません。ものすごくきれいな写真の元素図鑑に激しく心を奪われました。原書で読もうと無理やり納得してガマン。とりあえず4冊ほしいものがあったのですが、2冊で何とか抑えました。
『もしも、詩があったら』(著アーサー・ビナード)は、<もしも>を使ったアメリカの詩人や平安期の歌人の表現を、かれ独特の、そして胸の奥にすとンと落ちる解説をしています。

 『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(著矢部宏冶)は、現天皇の語った言葉を、沖縄と福島の現在に詳しい著者が解説しています。わたしは自然科学であれ、社会科学であれ、科学を信奉しているので、アジア的<御名御璽>につながる真理のあり方を認めません。本当はこういう本に近づかないようにしているんですが、ついこころ惹かれる言葉があって、買ってしまいました。店の本棚に置いておくのでよろしかったらご覧ください。

 書店の方に道を聴いて常盤公園に初めて行きました。あまり時間がなかったのですが、広い公園にびっくりしました。公会堂をこえたあたりに、詩碑は立っていました。
 
左、小熊秀雄の詩碑。
『無題』
ここに理想の煉瓦を積み
ここに自由のせきを切り
ここに生命の畦をつくる
つかれて寝汗掻くまでに
夢の中でも耕やさん


右、今野大力の詩碑
『1924年作「やるせなさ」より』
詩人は時代を先駆した
詩人が郷土を眞實に生かした
そんな言葉が
 私の耳に流れては来ないかしら
そんな言葉が
 地球のどこかで語られる時
私のからだは
 墓場の火玉となって消えるだろう


  戦争に反対して亡くなった二人の詩人の碑と、少し汗ばむような日差しの中、木陰で休んでいる子供たちとお母さん。詩人が生きていた時は軍都と言われた旭川。その時かわいらしい少年だった二人の詩人は、公園を歩く多くの兵隊のわきで無邪気に遊んでいたのかしら。

 もうそろそろ帰る時間です。公園内の中央図書館で、トイレをお借りして、こども冨貴堂さんのまえに置いたバイクのところまで戻りました。挨拶して帰ろうかと一瞬迷いましたが、迷惑になるのでそのままバイクに跨り、東神楽に向かうことにします。

 家に着いたのは4時半過ぎ。久しぶりのツーリングに、腕と内腿の筋肉が強張っているのがわかります。鍛えなきゃいけません。←なんで??
hirasanhirasan

2015年、二回目のロング・ツーリング:ニセコ周辺

  • 2015.06.18 Thursday
  • 17:00
 17日は休みだからツーリングに行きましょう、一つ、また、ご指導ご鞭撻を、と唯一のバイク弟子・猿股Y弟子から随分前に、謙虚な師匠(わたしのことだが)の心をくすぐる提案があった。かわいい弟子の申し出に、師匠も無碍に袖を振るわけにはいきますまい。

 前日の16日にお客様として同僚の3人と当店に来店。お客様としてきてくれたからには、おや爺(わたしのことだが)、ひら蜘蛛のように額を床につけてお迎えしたのである。千鳥足の帰りがけ、何やらバッグからごそごそ取り出した。
「師匠、明日の地図ができました。」
 その言葉に、突然師匠に戻ったわたしは、ふんぞり返ったのであった。←その激変に、見ていたバイトは、ジキル博士とハイド氏を思い浮かべたに相違ない。
 
 前回のツーリングで、実に27回は地図を見なおし、12回は通りを行く地元の方に道を尋ね、11回は道に迷ったのである。ついにはお互いはぐれて、警察署の前で再会する始末であった。さすがに学習したY弟子。それがこれ。

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 すげ〜、まるでラリー仕様の地図みて〜。要所要所の、切れ目入りプチ地図まである。気合入っておりますな。
 峠だけでも、聞いたこともないケッタイな名前を含めて、朝里峠(あさり)、毛無峠(けなし)、冷水峠(ひやみず)、当丸峠(とうまる)、中山峠(なかやま)と5か所である。毛のない年寄りの冷や水ツーリングにピッタシ。ムスっ

 てなことで当日朝。
 時間にうるさい猿股Y弟子に文句を言われないように約束の8時前には彼の邸宅に到着した。
 「8時15分には出発するぞ」と弟子。偉そうである。弟子、手作りの朝ご飯をごちそうになった。すでにお昼のかわいらしいおにぎりと卵焼きもできていた。付き合って40年以上たつが、まことに、細やかなのか、いい加減なのかわからぬ男である。
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 いざ出発の時になって、弟子が、キーがないと騒ぎ立てた。何故ないんだ?←知るかよ!!工具 出発時間15分超過。ようやくスペアキーを見つけ、Y弟子、エンジンを始動。かからないんですね、これが! 
Y弟子「かからないぞ!」←知るかよ!!工具工具 
 何度やってもかからず。バッテリー上がりか?←知るかよ!!工具工具工具 師匠とうとう痺れを切らし、バイクに近づくのでありますね。なんとキーを、P(パーキング・ポジション)まで回しているではありませんか。かかるわけないだろう!! 「おれはそんなもん知らんぞ!」さすが猿股Y弟子、もう2年も乗っているおのれのバイクの始動させ方も知らんのである。悲しい
 そうこうするうちに予定より30分過ぎて出発したのでありますね。

 古平の崩落事故で新しくなったトンネル以外は、海岸沿いの道はものすごく古いトンネルが続く。トンネル内は照明がないも同然の暗さで、そのうえ路面も濡れている。日が当らないだけではなく、気化熱で熱を奪われるのだろうか、この季節でもものすごく寒いのが唯一気になったくらい。

 猿股Y弟子、峠の頂上でキメるの図。

 五つのどの峠も素晴らしく気持ちのいいコーナーが続いた。タイトなコーナーあり、中・高速コーナーあり、Y弟子、見事なルート選択である。途中赤井川の近くの山中牧場でソフトクリームを食べた。ヨシムラの集合管を取り付けたスズキのバイク・隼(日本製で最初に300km以上出るバイクをアメリカで市販した)とカワサキZXR1200に乗った若者と話したり、暴走族上りの・ヒトの話をてんで聞かない・しゃべり好きの・60過ぎのおっさんと出会った。昆布温泉で、Y弟子推薦の全国秘湯の会の鯉川温泉に入って体を休めた。外国人も多いらしく、きれいな英語で案内が書かれていた。
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 気持ちのいい青空と、
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 気持ちのいい温泉。

 札幌へ向かう中山峠は素晴らしかった。少し前につれあいと車で通った時は何も感じなかったが、曲率の大きな・ループの様な高速コーナーが左右に続く。コーナー曲率に合わせてバイクを気持ちよくバンクさせながら、少し疲れたバイクツーリングの最後の峠にふさわしい登り勾配を疾走する。翼を大きく広げたまま低空をなめらかに滑空する鳥になったような、夢の中のような気分だった。(注:喜茂別に向かう反対方向はよくありません)

 夕方、まだ日の高い6時に、札幌の弟子宅に無事到着。手を振って別れた。南郷通りをぬけて、国道12号線に出る。野幌までは結構渋滞したが、その後はスムーズな流れになった。ソロ・ツーリングもいいけど、デュオも悪くないなぁ。一人になって思った。

 夕刻7時近くなって、ドゥカティのバックミラーに夕日が映る。すごくきれいだ。夕日をたっぷり吸って赤ムラサキ色になった石狩川の穏やかな川面が見える。江別大橋のあたりでいつのまにか左側に夕陽が移り、木立の間からストロボ写真のように、断続的に赤い光が洩れている。木立と、僕の走る江別大橋の間を夕陽を浴びた列車が過ぎてゆく。バイクは車より車高が高いから、余計最後まで日が落ちるのを見られるのだ。バイクを降りて写真を撮るのがもったいなくて、その光景を目で追いながら走り続けた。

 7時半に家に着いた。トリップ・メーターは420劼砲覆辰討い襦
 Yからお礼のメールが入っていた。こちらも同じメールを返した。

2015年初めてのロング・ツーリング

  • 2015.05.27 Wednesday
  • 23:56
 わたしのバイク弟子・猿股Y弟子こと大学以来の親友Yとバイクツーリングに出かけた。いつものカワサキ・エリミネーターとドゥカティモンスターで、千歳の国道36号線を超えたセブンイレブンで朝8時半に待ち合わせ予定。洞爺湖と支笏湖のまわりの峠をジグザグに三つ攻めるという、60過ぎのライダーがやるには無謀な計画である。

 友人の間で時間通りに来ないと悪評の高いおや爺であるが、当日、師匠、やる時はやるということを見せてやろうと、7時に岩見沢を出発。珍しく待ちあわせ20分前に着いた。
 ところが弟子のYが来ない。電話をかけても留守電である。セブンイレブンのバイトに聞くと、なんと待ち合わせ前の道にはセブンイレブンが3つあるという。そんなこんなで、せっかく時間を守ったのに、会ったのは9時近くであった。たまに良きことをやると空しい結末が待っているものである。とりあえず朝からアホウ。

 Yが朝・昼食用に妙にかわいらしい、きっちりとしたおにぎりと卵焼きを作ってきた。だらしないのか、こまやかなのか判らぬ男である。まず食べるとしよう。腹が減っては戦はできないと言いますからね。←いや、いや、戦はしないほうがいいのだ、おや爺よ!

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 今回のツーリングマップをお見せすればいいのだが、ない。弟子にまかせっきりの上、記憶もあいまいなままなのである。何故かというと、激しく道に迷ったから。途中212回は地図を見なおし、19回は人に聞きましたな。←思い出しても出鱈目である。二人ともよく自宅に帰れたものだ。師匠(わたしのことだが)の普段の善行の賜物であろう。
 ひどい時には二人で地図を見て道路を確認し、バイクにまたがり、エンジンキーを回した直後にお互い「おい、道道何号線だったっけ?」
 一度は、バイクなのにはぐれた時もあったのだが、師匠(わたしのことだが)の普段の善行の賜物であろう、すぐに警察署の前で再会したのである。

 今回も交通法規をよく守りつつ峠を攻めたために、風光明媚な洞爺の写真も、峠の山頂で写真を撮るという世にも愚かしい行為もする暇がなくツーリングを終えたのであった。


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 途中休息を何回かとった。草の上に寝転んで、微風に触れながら、脳溢血で倒れた若い友人の話や、馬鹿話や、戦後民主主義の基礎となった由緒正しい・前文がつけられた・戦後日本の三法がすべて投げ捨てられてしまったことや、いまは妙な宗教小説を書いている五木寛之のことを話した。あと十年もしないうちにバイクを乗れない年齢になっているだろう。初夏の青空の下、ふたりでバイクに乗ったことや、旅先で話したことを、いつか思い出すんだろうか。
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 長沼近郊で、左から強烈な夕日を浴びながら北上する。走るバイクとわたしの長い長い影が右の対向車線を越え、青々とした畑深くまたがり、もう一台のバイクとライダーのように伴走する。
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 岩見沢に着いたときには夕刻7時半を過ぎていた。トリップメーターを見ると、440kmを超えていた。重いクラッチレバーの反復操作で、左親指の付け根は、とうにバー・グリップを握れないほどの痛みになっていたが、ふたり、楽しい旅だった。

 最後にバイクに乗りたくなる(?)映像をお見せしましょう。世界最古の公道バイクレース。イギリス・マン島TTレースです。バイクで走ってみたいっす。←おや爺、ほんっつと、アホウ!ムスっ

2015年、おや爺、今年はバイクに乗りまくります。

  • 2015.05.08 Friday
  • 13:29
 大学以来の友人で、わたしのバイク弟子である猿股Y弟子からゴールデンウイーク前にメールが入った。
「5月7日(木曜日)
拙宅で、花の無い花見をします。
5時頃から淫らにスタートする予定です。
是非、参加して頂きたくメールしました。
通勤路の桜に目を楽しませていただいています。
自然の不思議に感謝。」

 相変わらずじつに猥褻なメールである。ちょうど店の休みだったので参加することにした。ドゥカティのタイヤがスリックタイヤ並みにすり減ったので、途中でレッドバロン新札幌店に寄ってミシュランと取り換えた。メカニックに、新しいので滑りやすいから注意して乗ってくださいと声を掛けられて、Y邸に向かう。花見のまえに、Yと二人で久しぶりにタンデム・ツーリング(二人乗りまたは、2台でツーリングすること)することにしていた。Yのご両親のお墓のある滝野霊園に向かう。まだ一度も行ったことがない。

 スピードを出さず、Y弟子の後を追う。カワサキに乗る後ろ姿を見て、すっかりバイクと一体となり、リラックスして楽しく走っているのにちょっと驚いた。いつの間にバイクが生活になじんだのか、わたしの後ろ姿はどう見えるんだろう。
 一週間に一度はお墓参りをするYがお墓で迷ってぐるぐる回る。さすが札幌、岩見沢の千二百倍は大きな霊園である。
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 あれ〜、なんか字が彫ってある。だれの墓だろう? 「うちのだよ。」え〜、馬鹿だね〜、普通やるか?って、やっぱりふつうじゃないわ、あんた。
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 <真理が我らを自由にする>って、ここは国立国会図書館かい。それを見下ろすように<南無阿弥陀佛>の彫り込み。あまりにシュールだ。
 「いや〜、目印になっていいんだよ。真理墓(しんりばか)って呼んでるんだ。」おや爺こころの声『真理馬鹿だろうよ。』「どうせならギリシャ語かドイツ語を入れたらいいんじゃない。wahrheit macht man frei.」「おっ、いいね。おれが死んだら入れてくれ。」「間違えて入れてあげる。さらに阿呆になれるよ。」
 陽を浴びて帰る。ゆったりした気分になった。ひとのお墓もいいなぁ。3時半に花見を始める。
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 大学時代からの友人・HとHの元同僚も加わる。マッサンとリタの話を続けてヒンシュクを買う。取り換えたタイヤの跡を見る。白線までしか使っていない。今季の終わりには、赤線までタイヤを目いっぱい使いたいところである。え〜、コーナーを攻めるってことですが……。7時半ころまで外で飲み、さすがに寒くなったので家の中に入る。

 10時に就寝準備。イケナイ、本を忘れた。わたしは活字がそばにないと眠れない活字中毒である。Yになんか本ないと聞く。サキ短編集と柴田翔の「詩への道しるべ」を貸してくれた。「柴田のは、黒田三郎の紙風船のところで、お前と同じことを書いていたぞ」と教えてくれた。サキは大学時代に読んで以来だ。柴田翔は「されど我らが日々」以外読んだことはない。これは大学時代に読んで、腹を立てた小説。訳詩もしていることをこの本で初めて知った。

 Yは高校時代に、これと、「赤ずきんちゃん気をつけて」(庄司薫)をクラスで回し読みしたという。さすが都会の進学校出身だ。わたしの様な田舎の高校とは違うのである。

 朝起きると、Yが朝食の準備をしてくれていた。長薯をすったもの。小葱とわかめの味噌汁。バナナと自慢の半熟玉子。塩に、蠅弔蕕蕕離ホーツク昆布塩を使っているのでうまいから食えと言われる(精養軒ではここのニガリを使っている)。確かにうまい。家計簿のノートが食卓にあった。
 
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 「山田風太郎の戦中日記のまねなんだ。金の出し入れと食べた物を書いておくとその時のことを思い出すんだよ。」そう言って、彼の「人間臨終図巻」という本を貸してくれた。「古今東西の死に際の記録だ、面白いぞ。」それから倉本総の北の国からを演出した、ディレクター・杉田成道について教えてもらう。はじめてドラマ「1970ぼくたちの青春」のことを聞く。なかなかおもしろそうだ。後で調べてみよう。

 帰りがけYが、もうキャンプやらなくなったんで、チャッカマンがいっぱい余っているんだけどいるか、と言った。店のが、ガスがなくなっていたので、ありがたや、もらうことにした。
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 「ありがとう。お前と知り合って数十年、はじめていいことがあったな。」と褒めてあげたのに、帰ってきた答えは、  『オマエ、ほんっとに、畳の上で死ねない男だな。』という友情あふれる言葉であった。セリザワさん
 7時にYに送られて家を出る。
 8時に岩見沢到着。『人間臨終図巻』と『詩への道しるべ』を食卓に忘れたことに気づく。阿呆だ!_| ̄|○
 あ〜、楽しかった。とりあえず、開店準備の最初は、網洗いから始めよう。

12日の休みに中札内へ

  • 2014.08.14 Thursday
  • 02:52
 お盆前日の休みを利用して、中札内へ行ってまいりました。このブログの読者は道外の方もいっぱいいらっしゃるので、ちょっと説明をすると、道東、十勝の中核都市・帯広から20劼曚鋲邁爾靴燭箸海蹐飽銘屬靴泙后そこに六花亭の美術村があるので、何回目かの見学です。岩見沢から片道およそ210km。往復420辧バイクのちょっとしたソロツーリングです。もうライダー寿命もそうないので、今年から少しずつ筋力を鍛え、夜中1時過ぎののナッツ入りチョコレート一気食いも自制しております。←ライダー寿命というより、寿命がなくなるだろうよ、おや爺よ!ガーンネコ それが功を奏して身体の妙なところがこわばるということがありませんでした。

 途中休みもとらず道東自動車道を使って、川西インターまで走りました。ネットでダウンロードした美術村のアクセス地図をもって行ったにもかかわらず案の定、道に迷うおや爺であります。とりあえずコンビニで道を尋ね、そこでたばこと携帯灰皿とライターを買って、ソロツーリングのルーティン、道端に座ってでたばこをゆっくり吸い、ぼおっとします。気持ちのいい時間です。
 
 20分くらいのところに目的の美術村はあるとのこと。←おや爺にしては上出来だ。


 案の定またしても道に迷ったものの、無事到着。遅い昼食を村内のレストランで取ります。
 
 中札内の大豆を使ったざる豆腐です。豆腐らしい味で美味しかったけど、わたしにはちょっと水が切れすぎだったかな。右は野菜コロッケ。中身はまるっきり葉物野菜でした。

 村の中をゆるゆるとまわり、空が曇りがちになってきたので帰ることにしました。途中中札内道の駅で、独りたばこを吸っている地元のおじいちゃんとお話をしました。わたしが煙草を取り出すと、灰皿を持っていないと思ったのか、使っていた金属のマイ灰皿をすいっと、ベンチシートに置いてくれるのでした。

 地元農産物売り場で、手刈り、島立ての蕎麦粉と、大袖の大豆と、黒豆をみつけました。蕎麦粉は手打ち冷麺に、大豆はもやし栽培用と自家製寄せ豆腐に使うつもり。蕎麦粉の品種と黒大豆の品種は、レジのおねーちゃんや地元農協のおねーちゃんに聞いてもさっぱりわかりません。おねーちゃん、地元農家の魅力的な農産物を販売してると鼻息が荒かったのに、もう少し売り物に対する実践的な熱意を見せてほしいなぁ。。

 蕎麦粉は13日から手打ち冷麺の粉に使います。黒豆はお盆明けにモヤシ栽培に使う予定。大振袖はもやし栽培と自家製寄せ豆腐に使います。お楽しみに。

初バイク・ソロツーリング2013:知床リベンジ編

  • 2013.10.11 Friday
  • 01:34
 長いバイク歴で、アメリカ人の友人ライダーとタンデムする以外、ほとんどソロでしかツーリングをしなかったわたしに、去年はじめて猿股Y弟子というバイク弟子ができた。まぁ、実は大学時代からの、40年来の阿呆友である。何をトチ狂ったのか退職直前にバイクの免許を取るという愚かな行為に走ったのであった。

 わたしは師匠と呼ばれ、クレオパトラのように鼻た〜かだか、彼の前ではそっくり返って、有頂天になっていたのだが、没落はあっという間にやってきたのである。一緒に行った知床ツーリングで、左折時、縁石にステップをぶつけてバイクを転倒寸前に追い込む情けない事態を起こてしまった。(そのいきさつはこちらをご覧ください。)

それ以来、猿股Y弟子は、怪しからぬことに、師匠であるわたしの振る舞いに、ことあるごとに疑惑の目を向けるようになった。かくなる上は起死回生のリベンジ・ツーリングをするしか師匠に残された道はなかったのである。

 知床へ。諸般の事情で午前10時10分、遅い出発になった。ドゥカティ・モンスター
S2R1000、2度目のロングツーリングになる。前回とは全く逆のコースをたどることにした。わたしの書く地図を分かりずらいという方向音痴の方が多いので、今回はホレ、フォトショップで加工しましたがな。←ホントはわたしがひどい方向音痴。デパートのような大きな建物を出るともう道がわからなくなる。

 遅い出発になったのと高速性能を試すために、丸瀬布まで高速を使いことにした。なにせ目論見では知床峠の夕陽を見て今回仕事で来れなかった猿股Y弟子を羨ませなければならない。前のカワサキZZR1100に比べるとネイキッドということもあって、やはり直進安定性は弱い感じだ。高速で路面が荒れているところでは片持ちサスの特徴なのか、後輪の中心がヨレたような妙な挙動をする。気にするほどではないけど。

 ドゥカティ独特のLツインの打楽器のような鼓動とエンジン音が、一速は一速の、2速は2速の重厚さで、6速は6速の、無限に伸び続けるようなパワーを見せながら、軽やかに楽しめるのだ。すべてのギヤでそれぞれ別の体感を得ることができる。ふつう高速走行はだらだらして眠くなるのだが、中古とはいえさすがイタリア職人のバイク、乗っていて飽きも眠気も起きない。

 ホンダの直列4気筒エンジンが、精密時計のように、ストレスなくどこまでも回るモーターのようなすごさで、こんなものを作った、背後の人間のすごさを思い浮かべてしまうとしたら、ドゥカティは、人間蒸気機関車・ザトペック(誰も知らねえし
ムスっ )のようなエンジンである。そこに鼓動し、ひとつの生命のように、もともと存在しつづけるエンジンがあるって感じだ。

 高速終点の丸瀬布まで約200km、およそ2時間で到着した。天気は予報以上にますますの快晴。現在時刻、正午10分、知床峠まで170劼曚匹世ら、午後3時半ころまでには着きそうだ。

 その後佐呂間・遠軽を抜けて小清水の方へ出た。遠軽にはパソコン師匠・ドラえもんK坊がいるのだが、若い女性の職場に、バイクに乗ったアヤシイおっさんがひとり訪ねても評判を悪くするだけなので、Y弟子と一緒の時に訪ねることにした。
 30年前よく走った山間の道は、すっかり整備されて、記憶の中の景色と合わない。山沿いの高速よりのコーナーを、軽量なドゥカティは右に左に、気持ちよくコーナーをクリアしながら走り抜ける。
 ついに海岸沿いに出た。

 そのままほぼ直線の道路を走る。走るバイクと自分の黒い影が、左のアスファルト路面に映る。ソロツーリングのひそかな楽しみの一つだ。前輪の接地面から延びる影が、時刻とともに姿や長さを変え、位置をずらしながら、何かを語りつづける同伴者のように、バイクとわたしのまわりをいつまでも伴走する。

 小清水のあたりだろうか、ちょっと景色のいい場所で休憩しよう。

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