第一印象

  • 2017.04.20 Thursday
  • 16:05

 新年度のNHKビジネス英語初回のミニエットは、始まりにふさわしく「first impressions 第一印象」でした。

 

 ビジネスでもデートでも最初の印象は大事だというのです。以下ような注意を喚起しておりますね。アメリカのビジネスシーンでのお話しですが……。

 

―⊃Δ量明椶任△譟∈能蕕離如璽箸任△譟第一印象は途方もなく大事である。

第一印象を形成するのに、最近の研究で7秒必要。その後の時間は第一印象を正当化するために使われる。

8任ぐ手は良い印象を与え、弱々しく握れば消極的な印象を与える。

だ儷謀、前向きであるボディランゲージとして、腕を組まない、前かがみにならない。

ソ斗廚平擁と会うときは、地味で落ち着いた服が最良である。

α蠎蠅般椶鮃腓錣擦襪海箸論深造気慮修譴任△襦F瓜に知的で有能に見える。

派手すぎてもいけないし、注意をひきたくてたまらないように見えてはいけない。

 

 どうですかぁ〜、みなさん! おや爺はどうかって?すべてダメですな。日常生活でまず、第一印象の記憶がない人生を送ってきております。何故か? まず人の顔を見れないのでございます。なんか恥ずかしいのですね。今もつきあっている古くからの友人たちの初対面の印象すら一つとして覚えていませんね。わたしにとって初対面はまるで重要ではないと申せましょう。従って、わたしの初対面の印象も多分碌でもないものなので、忘れて頂きたいものでございます。

 

 ただアルバイトの面接のときは仕方なく顔を見ますが、うわの空ですね。英語を話すときは顔を見ます。そうしないと英語圏の人は変に思うから仕方ないのでございますね。何せだと思う人だらけですからねぇ。文化の違いは恐ろしいもんです。

 の握手については気にしない日本人が大半ではないでしょうか。朝鮮・韓国人は握手する習慣があるので少しは気にするかもしれませんね。わたしはこれをアメリカ人のJさんから教わりました。かれは日本人と握手すると力が入っていないときが多くて、死んだ魚を触っているみたいだと言ったのです。わたしは日本人ではないけれど、欧米の価値観が絶対のように感じられて、ちょっとカチンときて、説明しました。日本人は握手する文化に慣れていないということと、手に対して、圧感(prerssureやfirmness)より、温感を意識・重要視するのだと。

 まったくもぅ、強い者が無意識に自分の価値観を絶対と思うのは、戦争のはじまりとすら思うおや爺でありますね。暑いhirasan

 

 ミニエットの最後のお言葉。

remember, you never get a second chance to make a first impression.(だいじなことは、第一印象を与える機会は二度と訪れないということだ。)

 

 こ、これは、おや爺に対する脅し文句ですがな!!Docomo_kao18Docomo_kao18

 

キムチと昆布茶:NHKラジオ実践ビジネス英語から

  • 2017.02.01 Wednesday
  • 10:00

 NHKラジオの「実践ビジネス英語」がかつて「やさしいビジネス英語」という看板に偽りあり(←ちっともやさしくなかった!!)のプログラム名だった頃、内容が面白かったので、英語好きのバイトも巻き込んで、英語はわからないまま、背伸びして、4年ほど結構真剣に聞いていました。その間料理についての話も多く出ていましたが、日本料理に関しては出るものの、朝鮮料理に関しては皆無でした。

 

 20年くらい前知り合いになった、言語学専攻で韓国語に詳しいアメリカ人・Jさんに、日本語から英単語になった言葉っていっぱいあるけど、韓国語からのloan word(ローンワード:借用語)ってあるの?、と聞いたことがあります。

 「う〜ん、聞かないね。グーク(アジア人を蔑視した呼び名・べちょべちょしたもの)っていうのが、韓国語のグック(国)から来たんじゃないかと思っているんだけど、もしかしたらベトナム語かも知れない。」

 

 去年からネットを通して数十年ぶりに再開した、この講座にとうとうキムチを食べるというシーンが出て来ました。<food market trends:食品市場の動向>というミニエットに出て来ます。

 海藻類がスコットランドやアイルランドで伝統的に食べられているだけでなく、最近、都会派ロンドン子のスーパーフード(栄養的に優れた食品)になりつつあり、さらにかれらが発酵野菜にはまっていると紹介した後の会話です。ちょっとオリエンタル感漂う会話ですけと……。手

 

<i like their funky acidic taste. plus they have all sorts of good bacteria that cleanse your digestive system and boost your immune system. i like snacking on kimchi while having a cup of kombucha or genmaicha. i also use miso paste to add flavour to the dishes i cooked.:発酵食品のファンキーな(ちょっと変わった・イケてる)酸味がいいんですよ。その上、体にいい菌がいろいろ含まれますからね。消化器官を掃除したり、免疫システムを強くします。キムチ、よくつまみますよ。お気に入りなんです、昆布茶や玄米茶を飲みながらね。自分の料理に味噌を加えて風味を楽しみますしね。>(おや爺訳)

 

 う〜ん、昆布茶にキムチ。海外へ行ったときに見かける日本や中国・朝鮮的の光景感がしまするね。微妙に違った感じといいますか、混合した感じといいますか。わたしはきらいじゃないですね。まぁ、ほんとうはお互い様ですけど、日本で観る外国のイメージもどことなく違っているはずなのに、中にいると、多数派になっているために、当たり前になって、微妙なずれに気づかないだけですし。交われ世界って感じですかねぇ。ちゅんちゅん

 

 

おや爺の脳細胞活性化大作戦:NHKラジオ講座を十数年ぶりに再開する。

  • 2015.01.09 Friday
  • 00:20
 去年の12月に大学時代の友人・2人と札幌の温泉に入りました。そこで大変な騒ぎ(much ado about nothing)に。
 一人が頭にタオルを巻いて、自分のタオルがないと騒ぎ立て、馬鹿にして笑った友人は、ロッカーのかぎを開けて百円が出てこないと温泉スタッフに言おうとする。ムスっ 実は使い方を間違えていただけ……。_| ̄|○ かくいうわたしもメガネを額にかけて、メガネを探す、おやじギャグのような騒ぎですがな。そんなこんなで3人湯船に入って、しみじみワシら脳味噌が腐ってきていることを実感しておりました。一人が言いました。
 「いや、でもね、昔は脳細胞は幼少の時にその発達が決まって、年をとっても再生しないといわれていたんだけど、どうも最近は違う研究成果が出ているみたいだよ。ただ、新しく生まれた神経細胞が、実際に使われるようになるためには大変な努力が必要らしいんだ。」

おう、小保方さんの理論的な予想のように(残念ながら実験の再現性はなかったけど)、それは自然科学的に言ってあり得そうな話だ、ホントかウソか知らんけど……。(・∀・)○ というわけで、おや爺、自分のボケにぼけた脳神経細胞を活性化させるために、新年の決意(←三日坊主になりそうなので、いま記事に書いているんだけど)として、十数年ぶりにNHKラジオ講座・実践ビジネス英語を再開することにしたのでございます。

 かつてこの講座は、「やさしいビジネス英語」という名でした。まったくの大ウソの番組名で、多分これを即聴即解できるレベルは、toeicでいえば900以上です。親爺はそのレベルに行くことができるのでありましょうか。

 おや爺の英語はこの講座を数年続けたことと独学でできております。もちろん初めの時はちんぷんかんぷん。テキストを見てもしゃべる英語に追いつけません。でもなぜ続けられたかというと、ただただ、話が面白い。初心者向けの語学番組のテキストは、英語としては取り組みやすいかもしれませんが、内容が子供じみていて、大人が継続してやるには、かえって、あまりにも強い意志が必要だと思います。

 今はネットのNHK語学講座に登録すれば、一定期間、ただで、好きな時間に放送が聴けます。12月の後半週の講座を聞いてみました。テーマは、「watch out for scams」です。「詐欺にご用心」くらいの意味です。イギリスやアメリカで流行っている詐欺についてビジネスマン・ウーマンが語り合うという設定です。

 全然知らなかったんですが、アメリカでもオレオレ詐欺(it's -me scam or emergency scam)があるんですね。grandparent scam(じいちゃんばあちゃん詐欺)っていうやつのひとつです。さすがアメリカですね。その他に、sweetheart scam(スイートハート詐欺・お年寄り相手(ばかりじゃありませんが)の恋愛詐欺)なんかもあるんですねぇ。というように最新の面白い情報を知ることができて、日本語で聴くだけでも面白そうでしょう(←おや爺は仕事で疲れた時は日本語だけでも聞いておりました)。

 さておや爺、続けることができるのでありましょうや? はたまた、三歩歩けば仕事を忘れてしまい、バイト達の失笑を買うおや爺の脳神経細胞は活性化され、彼らを見返すことができるのでありましょうか?

 次の記事がない時は三日坊主ということですな。
ガーンネコ

おや爺英文法:ニコラス・スパークス新作から、動詞の活用型・不定詞と原形を考えてみる後編

  • 2014.06.12 Thursday
  • 16:36
(以下の話は眉に唾つけて、読んでくださいね。英語の個人的謎解きの楽しみと思って頂きとうございます。) 
 さて、動詞の活用型の一つである不定詞とtoなし不定詞(原形)ついての、これから述べる考え方は、英語の実際の発達史とは違います。おや爺のアヤシイ理屈(理系)的文法です。不定詞の使用法について三つ仮定してみます。

 ヽ惺司庫,任蓮∩庵峪譴箸靴討toと不定詞に使うtoは違うと教わります。けれども実際にネイティヴに聞いた範囲では、ネイティヴの頭の中では同じ働きです。これは日本人が、学校で習う日本語文法と違った感覚で日本語を使うのと同じことです。i go to school(私は行く、向って学校へ=普通の訳では、わたしは学校に行く)のtoも、i don't have much time to study english(私は持ってない、そんなに時間を、向って英語を勉強するのが=普通の訳では、わたしは英語を勉強する時間がそんなにない)のtoも<向かってたどり着く相手がtoの後ろに来る>という働きでできています。学校で教わるto不定詞の名詞的、形容詞的、副詞的用法もすべて同じで区別はありません。後ろに動詞が付こうが、名詞が付こうが、toの言語イメージは同じです。

 大概中学の初年度で習う英語の基本動詞と言われるもの、たとえばhave、get、give、 take 、make、 let 、see、hear等は、日本語で言えば大和言葉にあたります。こういう語は意味というより、ネイティヴにとって、それぞれ強い言語イメージがあります。だからこそこういう単語の自分なりの言語イメージを持つことは重要です。

 いっぽうラテン語などから借りてできた単語、force(強いる)や、compel(強いる)は、それら英語の大和言葉に比べると、言語像より、意味として存在すると考えられます。これは、日本語の大和言葉の<ありがとう>や<さようなら>の豊かな言語イメージが、中国語由来の言葉・感謝などと違うのと似ています。

 toなし不定詞(原形)が使われるのは、本来to不定詞が使うべきところで、いわばtoをつける認識・感情の余裕がないときに、目の前にその事態があってほしいときに使われます。

 具体的に前編で書いた英文を見てみます。
boss, let me do the work.  (その仕事をさせてください)
 letの言語イメージは、<後ろに来るものに自由にさせる>というものです。ここでは、後ろにあるme(わたしに)に好きにさせるというというイメージが、頭の中に強くあらわれます。そのため、本来の活用型であるto不定詞を使った文to do the work(向かうのがその仕事をする状態)よりも、好きにさせた状態をダイレクトに思い浮かべられる・toを外した原形文do the work(その仕事をする状態)が、より自然だと感じられるのです。

my boss had me do the work.  (上司がわたしにその仕事をさせた)
 haveの言語イメージは<すでに持っている状態>という状態概念なので、上司が、わたしに(その仕事をさせる状態を)もっていた状態なので、もうto不定詞を使う、<向かって>の必要がないことになります。だからhaveの使役では目の前に生き生きと動作が浮かぶ原形が自然なのです。そのためhaveを使った使役の文章での、<させる>のニュアンスは、上司が、上司としての地位から、当然のように部下のわたしにその仕事をさせたということになります。
my boss got me to do the work.  (上司がわたしにその仕事をさせた)
 getの言語イメージは、<ある現実の過程や、精神的な経過を踏んで、何かを獲得する>なので、haveと違って、上司が、わたしに、何らかの過程を踏んで、例えばおべんちゃらを言うとか、わたしがやる気がないのを知って、何かインセンティブを与えるという努力や過程を踏んで、わたしに(その仕事をさせる状態を)得た状態なので、その過程をイメージするto不定詞が自然なのです。

 もちろん上司とわたしとの関係は千差万別なので、△鉢のニュアンスはこればかりではありませんが、どういう時でも、haveとgetの言語イメージの差が、<させる>の意味合いに違いを生むことになります。

my boss made me do the work.  (上司がわたしにその仕事をさせた)
 makeの言語イメージは、<get以上の過程を意識して、作り上げる>なので、上司がわたし(の意思を無視して)をつくり変えるほどの強いイメージのために、to不定詞よりも、もう目の前に出来上がった状態を表すtoなし不定詞(原形)が自然になります。したがってここでのさせるの意味合いは強制的に私にさせたということになります。

my boss forced me to do the work.(上司がわたしにその仕事をさせた)
 force/compelなどの外来語由来の単語は、英語の大和言葉と違って、makeのような強い言語イメージがなく・語彙だけで成立しているために、強制する方向を示す意味合いから、本来のto不定詞が自然だということになります。

 この考えを敷衍すると、いわゆる感覚動詞・see,look,watch,hear,listen,feelなどの後ろにつく動詞の活用型が、to不定詞ではなく、toなし不定詞(原形)であるのも自然なことがわかります。

 i saw her walk across the street.(彼女を見た、通りを渡る状態の=普通の訳では、彼女が通りを渡るのを見た)見たという感覚動詞が、見た内容を目の前で思い浮かぶ強いイメージなので、to不定詞のように<向かって>という指示性が邪魔になり、原形を使うのがふさわしいのです。
 この文が受動態に変化するとto不定詞になるのも、文構造のわかりやすさということもありますが、見た内容よりも、見られたことが一義的に重要になるためだともいえます。

 えっ、こんなめんどくさい説明を受けるくらいなら丸暗記した方が楽だって? そっ、そうですか。暑い
 まっ、まぁ、気を取り直してニコラス・スパークスの新刊the best of meにあった文章を書いてみます。
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おや爺英文法:ニコラス・スパークス新作から、動詞の活用型・不定詞と原形を考えてみる前編

  • 2014.06.09 Monday
  • 01:49
 ニコラス・スパークスと聞いてピンとくる人はそんなにいないんじゃないかしら。現代アメリカのベストセラー作家です。アメリカのニューヨーク・タイムズ紙書評のベストセラー・リストで常連1位になる作家です。英語の本を読むためには,基本、辞書をひいて読んでいたら受験英語には役立っても、英語そのものの勉強になりにくいのです。単語が少しぐらいわからなくても、読み続けられるだけの魅力が、その本になければいけません。

 そういう意味では内容の濃い薄いとは関係なく、ニューヨークタイムズ・ブックレビューNo1のものは、洋書を試したい方にはお勧めです。特に彼の恋愛小説は会話が結構シャレていておや爺好みざんす。というかアメリカの恋愛小説は、どれも会話がシャレておりますね。そのほかジョン・グリシャムの推理・法廷小説も、同時期全部読むほど面白かった・おすすめの本です。ほとんど映画にもなっていますね。

 でもここ何年か、すっかり新しい洋書も読まずグータラしておりました。先日、大学時代からの親友と、紀伊国屋2階のギャラリーで、釧路出身の写真家の写真展を見に行ってきました。モノクロの岡本太郎や、吉本隆明の30代から死ぬ間際までのポートレイトがあって、死や生についていろいろ感じるところがありました。

 1年も紀伊国屋に行っていない間にすっかり本の展示が様変わっています。ぶらぶら本棚めぐりをしていたら、洋書のところに出てきました。ニコラス・スパークスのコーナーが目に入りました。何年か前までの本はすべて読んでいたのですが、新作が4,5本出ています。すべてベストセラー1位になっちょりますね、ペラペラめくると、
あい変らずどれも面白そうです。

 まず設定が以前とは変わっているのがわかります。本を読む読者層の高齢化に伴っているのでしょうか、先進国の高齢化に伴っているというべきなのでしょうか、中高年を主人公にした本が多いのがわかります。いや〜、本も焼肉も対象となる客層を考えなきゃいけませんなぁ。

 という訳で選んだ本が、the best of me(ベスト・オブ・ミー)です。


  出身のちがう若い二人が恋におち、あるきっかけから、どうしても別れざるを得なくなります。共通の知り合いが亡くなり、お互い呼ばれていることも知らず、思い出の彼の家で、、何十年ぶりに思いもかけず出会って……、というお話。どうです? なかなかそそられるでしょう。これが読ませるんですなぁ。寝床で読むと最高です。朝起きてその日一番目の仕事・焼肉の網を洗う時間も読んでしまうほどざんす。ガーンネコ

 そこで話は、英語の文法の話しへ。おや爺のように、年季の入った落ちこぼれは、学校英語でもつまずきました。つまずいた箇所はいっぱいあります。その一つが、不定詞と、いわゆるtoなし不定詞(原形)の用法です。

  おや爺の基本的欠陥は物覚えが悪い。呑み込みが遅い。特に丸暗記が全くできません。理由がないと覚えられないのです。一言で言えば、出来の悪い理系タイプですね。このタイプは50年前の学校英語ができるわけはないのです。こういうことです。

 今比較しやすいためにちょっと無理のある文章を作ってみました。
boss, let me do the work.  (その仕事をさせてください)
my boss had me do the work.  (上司がわたしにその仕事をさせた)
my boss got me to do the work.
 (上司がわたしにその仕事をさせた)
my boss made me do the work  (上司がわたしにその仕事をさせた)
my boss forced me to do the work.(上司がわたしにその仕事をさせた)

 いわゆる他人に何かをさせるという使役動詞の用法はいくつもあって、使われる動詞の活用型はto不定詞と、toなし不定詞(原形)の二つのタイプがあります。わたしの中学高校のころは、これを覚えろと言われました。何故,同じ<させる>という表現がいくつもあって、toがついたりつかなかったりするのか? さらに、いわゆる感覚動詞(feelとか,see。hear)の後の不定詞は何故toなし不定詞なのか?

 ねぇ、みなさん変だと思いませんか? 覚えられましぇん! わたしはだめになるタイプですね。
というところで次回はその理由をおや爺の理系文法で解説しますぅ。←まるごと信じないでくださいね。学校英語と違います。

英語はどう研究されてきたか:宮下眞二(季節社)

  • 2013.01.21 Monday
  • 13:48
 前回の記事で、わたしの翻訳の言い訳を書いたら、be動詞などについてのコメントがいくつか来ました。2008年1月に書いた本の感想を載せて返事に変えさせていただきます。


 久しぶりに大興奮の論文集とはこれだ! 
 絶版になっている『英語はどう研究されてきたか』(季節社)を今読んでいる。 

 次から次と目の覚めるような鮮やかな英語構造の謎解きに、はやく先を読みたくなるのだが読み終えるのが、これまた惜しいというアンビバレントな気持ち。本を読む醍醐味を満喫できると保証する。

 著者・宮下眞二の名をはじめて知ったのは言語過程説の言語学者三浦つとむの著作を通じてだ。三浦の言語理論を英語に適用しようとしている若い英語学者がいるというのが最初だった。

 30年近く前になろうか。

 その頃英語にさして興味がなかったから、ふ〜んどうやるんだろうと思った程度だった。その後、彼が北見工大で英語を教えてること、ポール・ロワイヤル文法の重要性を日本で再発見したこと、恋愛関係のもつれ(?)で自殺したことを読んだ気がする。

 三浦つとむの連れ合いが、宮下の自殺に接した三浦の言として、愛惜をこめて育ちがいいことの弱さを批判していたと書いていた文章も、読んだ気がする。

 ポール・ロワイヤル文法の私の知識と言えば、マーク・ピーターセンが共著の「表現のための実践ロイヤル英文法」を手元に持っている。ほかの文法書とどこに違いがあるかあまりよく分からない。

 面白いのは、ネイティヴとしてのピーターセンが書いているヘルプフル・ヒントのコーナーの説明が、なるほどと得心がゆくのと、共著者の伝統的英文法家の綿貫が文法的に説明していることが微妙に、時にはまったく違っていることだろうか。

 休話閑題、宮下の論文に戻って。

 英語の素人が断定は出来ないのだが、今まで英語学者の本を読んで、宮下眞二の名を目にしたことがない。宮下の師匠筋の三浦つとむの名前を言語学者の本の中で眼にすることのないのと同じことなんだろうか。

 たとえば、述語動詞beの彼の定義を聴こう。少し長いが、be動詞に悩まされた者には目からうろこの定義ではなかろうか。

『英語の受動態は通説では<be+過去分詞> であるとされているが、beは表現主体の判断の直接的表現であり、<過去分詞>が動的属性の具体的把握と併せて<受動>の抽象的把握をするのである。

 英語では表現主体の判断は、動詞が述語動詞である場合には、認識はあっても表現化しない、言い換えれば零記号化している(中略)』

 要するに述語動詞beは主体的表現であり、動詞の、述語として使われない・いわゆる活用型客体的表現だと言うのだ。述語動詞が零記号化するというのも三浦の弟子の面目躍如と言えよう。

 こんな革新的な英語の構造論が20年以上も前に発表されていながら、一向にその後正否を言及するものがいない日本の大学の英語学者というのはいったいなんだろうと素人ながら寒々しい気持ちに襲われるのは、この本に興奮しすぎか? 

 以上が5年前に書いた本の感想です。え〜、ここからはおや爺の妖しい英文法です。眉に唾してくださいね。she is pretty.という表現をおや爺が言ったとします。簡単に言うと、述語動詞beは、話者が、客体表現・sheとbe動詞の後ろの・客体表現prettyの関係を、事実である・実在すると主張する働き(話者の主体的判断表現)がある、ということになります。
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岩盤に触れる Я膿曜殘の楽しみ 

  • 2010.03.06 Saturday
  • 23:55
  お台場の国際展示場で今年も『ホテルレストランショー』が開催されたので三日間東京に行ってきた。

 ショーは午後5時までなので、夕方は食べ歩きと友人に会う予定だった。このブログで何回か登場している・茨城でホテルを経営している友人夫婦は、あいにく受験シーズンで非常に忙しく残念ながら今回は会えず。

 学生時代の、べつの友人Yと会った。妹とふたりでスタイリストをしている。二日前から激しい頭痛と吐き気で当初会えそうにないと連絡が入っていたが、少し回復したので銀座の1970年代風の喫茶店で待ち合わせた。

 で、偏頭痛と吐き気の原因はなんと書(しょ)の書き過ぎ。彼女とは親しかったが、書道を子供の頃からやっており、すでに指導免状も持っていることをその日初めて知ったのだった。
 ずっと止めていたのが、いい師範の方と出会ってまたやる気になり、ものすごい勢いで書き続けていたら元々悪い首頚椎のヘルニアが悪化したとのこと。

 彼女は今中国の古い書を手本にしてまねて書いている。彼女のお師匠さん(?)に言わせると、最終的には自分自身の書字をかくためにまねるのだ。自分の文字が出来るまでは書ではなく習字に過ぎないと彼女に言ったという。

 書をまねる楽しみと喜びをわたしに語った。つまり、紙(二次平面)に描かれている・たとえば一見ただ大胆に見える書字の背後に、まるで三次元の分厚い立体画像のように、かすかに震えるフィニッシュや隠された何層もの心の揺れや深い体験があることを、まねることで初めてわかったのだ。そのスリリングな発見の喜びを語るのだった。
 長旅の汽車の中で偶然向かいに座った老人の顔のなかに、隠れていたみずみずしい若さや長い年月をかけた深い人間の歴史に気付くみたいに。

 尊敬するアメリカ人で、詩人のアーサー・ビナードが翻訳について語った文章を、彼女の話を聞きながら思い出していた。
 菅原克己の詩を英語に翻訳することで彼の詩の構造がよく分かったとビナードは言う。菅原はわたしも好きな詩人で、例えばこれだ。

  朝の挨拶

さわやかな目覚めに
わが家に
朝日がさしているのを見た。
それから
妻が野菜を切っている音を聞いた。
ぼくはささいなことが好きだ。
くらしのなかで
詩が静かな不意打ちのように
やってくるというのはほんとうだ。
もうじき
風にのって
とぎれとぎれに聞こえてくる
丘の上の中学校の
いつものオルガンの挨拶でさえ‥‥‥。

 
ケレン味のない・一見些細な日常を描写しただけにみえる詩が彼の大きな特徴だ。彼とこの詩にも出ているその妻が、戦争中、反戦活動で牢獄に繋がれ拷問を受けていたと知ってびっくりした。 
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