2017年8月盛夏 詩の旅:朝の挨拶 菅原克己

  • 2017.08.02 Wednesday
  • 10:31

 休日の朝起きると、前日までの雨があがっていた。今年二度目のタンデム・ツーリング(バイクの二人乗り)をした。後ろで奥さんは寝てしまうのであまり長い旅はできない。2時間弱で着ける美瑛・富良野に決めた。

 

 桂沢湖を通るいつもの峠を走る。夏の積乱雲が見える。

 気圧の谷間にあって、上空は安定していないのか、雲が流れて、刻々と表情が変わる空の下を走った。

 

 美瑛選果で料理の勉強をした帰り、左手、電線で遮られることのない・美瑛の丘の向こうに、家がポツンとあるのが目に入った。好きな詩人菅原克己の『朝の挨拶』が浮かび、バイクを止めて写真を撮った。

 

 50年以上前、わたしがまだ小学生の頃、学校にオルガンはあった。今も、あの頃気づきもしなかった、日々を豊かに彩るオルガンの挨拶は聞こえてくるのだろうか。

 

 穏やかで美しく・ありふれた日常を描いた詩の中の、野菜を切る妻と、<ぼくはささいなことが好きだ>と言い切る詩人が、先の日中戦争に反対して、捕らえられ、特高のはげしい拷問を受けたことを後に知った。

 ニッカ創業者竹鶴の妻・リタの最初の婚約者は第一次大戦の激戦地・フランスで戦死している。軍人である彼が生きているときに送った最後の手紙には、男が命をかける場所は戦場ではないことだけは確かですと書いてあったという。そういう過酷な経験を、ひとがわがものとしない限り、戦争への道を止めることはできないのだろうか。

 平和に生きる喜びや悲しみを、喜びと感じることができないのだろうか。

2017年6月の詩の旅:六月 茨木のり子とイサム・ノグチ

  • 2017.06.13 Tuesday
  • 23:58

 北海道は今観光シーズンでいえば閑散期の部類に入るのだろうか。ホテルも空いて、外国人観光客もいつもより少ない。でも初夏の北海道の新緑を味わうには、一番の季節だと思う。二週間ほど前、富良野まで夫婦でドライブをした。三笠を通る裏道を抜ければ、岩見沢から1時間半くらいで行ける。帰りに富良野六花亭に寄ったら、横の美術館で、好きなイサム・ノグチ作品の写真展をやっていた。

 

 解説のない・いい写真が目白押しの写真展だった。特に魅かれたのは、初めて見る・一番最初の作品『ニューズ』だった。

 ニューズの本質は何のためにあるのか? 戦争の悲劇を防ぐためにあるのではないのか? ジャーナリズムに携わるそれぞれのひとびとが、あらゆる方向に目を光らせ、時の権力や民意に踊らされず、力強く平和の未来を指し示す。

 昨夜の・久しぶりに見る・ネットの無責任な匿名報道を煽るようなテレビニュースのあり方に、腰が抜けるほど仰天しながら、戦争に翻弄されたイサム・ノグチに関わる人々を思った。

 毎年6月になると店に置く、フラフラ生きるわたし自身と、社会の定点観測のための詩がある。茨木のり子の『六月』だ。

 アーサーさん、茨木のり子さんの詩を英語に訳して出版してくれませんか?

詩の旅:if not for you もしきみが (『もしも、詩があったら』より)

  • 2017.05.01 Monday
  • 23:05

 <もしも>という言葉、考えをばねに、詩や生きること、世界を見るアーサー・ビナードさんの本の紹介の第二回目です。今回の詩は、去年ノーベル文学賞をとったボブ・ディラン作詞・作曲で、ビートルズのジョージ・ハリスンも歌った<if not for you>です。アーサーさんはこの詩を、詩人高村光太郎の有名な『もし智恵子が』と比較しながら解説しております。その解説も独特で、いかにも高村の痛いところをついていますね、というかアジア的知識人の、いまも続く痛いところをついていて、「核心にふれないまま詩が終える」とまで言っておりますね。素粒子論の武谷三男の、高村光太郎評を思い出しました。

 

 アーサーさんにお会いしたとき、ボブディランの<i shall be released>と<my back pages>のアーサー訳を、是非読みたいと言うと、ディランは版権が難しくて、絵本以外に原詩を載せて訳すことができないんですよね、と言われました。一緒に訳しましょうと言われて、気絶するほど驚きましたがな。多分誰にでも気軽に言うんだろうなぁ……。

 本当の詩人の訳と、おや爺が以前訳してブログに載せたものを比較してみましょう。実は、ディランの詩と、ハリソン版の詩ではいくつか違うところがあります。わたしはハリソン版を、アーサーさんは多分ディラン版をもとに訳したと思いますが、それにしてもえらい違いですが、あぁ、アーサーさんもこの英語の岩盤をわたしと同じイメージに受け取ったんだと思うところもありました。

 

 3行目の<I couldn't even see the floor>です。学校英語では、床も見えないとなるんでしょうが、ようするに立ち上がる気力もないイメージです。アーサーさんは英語のthe floorのニュアンスを生かして、自分の足もとも見えないとみごとに救いあげています。一方わたしの訳は2行目から4行目にかけた全体で、そのイメージを表現したということになります。

 

If not for you              
あなたが いたから(おや爺訳)               もしきみが(アーサー・ビナード訳)


If not for you,
Babe, I couldn't even find the door,
I couldn't even see the floor,
I'd be sad and blue,
If not for you.
きみがいなければ                 もしきみがいなかったら

あの部屋で 今日も ヒザを抱えて、      ぼくは閉じこもったまま、出口が見つからない、

ひとり 出口にも気づかない           入り口も、自分の足もとも、きっと見えないだろう、

立ちあがるなんてムリ               ただただ沈みっぱなしだろう、

クズだって思ってた                 もしきみがいなかったら。

もしきみがいなければ


If not for you,
Babe, the night would see me wide awake
The day would surely have to break
But it would not be new,
If not for you.

きみがいなければ                  もしきみがいなかったら

一晩中眠ることもできないまま           ぼくは眠れないまま、じっと夜明けを待つ、

朝の陽射しを迎えたのに              太陽が顔を出しても、少しも嬉しくないだろう、

初まりだ って感じれない              その光はもう手垢にまみれているだろう

もしきみがいなければ                もしきみがいなかったら。


If not for you
My sky would fall,
Rain would gather too.
Without your love I'd be nowhere at all,
I'd be lost if not for you,

きみがいなければ                    もしきみがいなかったら
ぼくの空はがらがらと崩れ              ぼくの空は崩れ落ちて、雨ばかり延々と

雨が瓦礫のように降りしきる             降りつづくだろう、きみの愛がなかったらぼくは

きみのふかい悲しみにふれなければ        いつまでも真っ暗闇の中、

ぼくはいまだに居場所のないまま          もしきみがいなかったら。

あてどないまま

もしきみがいなければ

 

If not for you,
The winter would hold no spring,
Couldn't hear the robin sing,
I just wouldn't have a clue,
If not for you.

きみがいなければ                     もしきみがいなかったら

長い冬がたとえ終わっても                ぼくの冬は終わらない、春が遠ざかって、たとえ

春を告げるツグミの歌だってぼくには虚しいだけ  コマツグミが鳴いても、ぼくの耳には届かないだろう、

何一つ気づかず わからないまま            迷いっぱなしで、何も胸に響かない、

生きる価値などないって思ってた            もしきみがいなかったら。

もしきみがいなければ

 

If not for you
My sky would fall,
Rain would gather too.
Without your love I'd be nowhere at all,
I'd be lost if not for you,

きみがいなければ
ぼくの空はがらがらと崩れ

雨が瓦礫のように降りしきる

きみの愛をしらなければ

ぼくはいまだに居場所のないまま

あてどないまま

もしきみがいなければ

 

If not for you,
The winter would hold no spring,
Couldn't hear the robin sing,
I just wouldn't have a clue,
If not for you.

きみがいなければ

長い冬がたとえ終わっても

春を告げるツグミの歌だってぼくには虚しいだけ

何一つ気付かず わからないまま

生きる価値などないって思ってた

もしきみがいなければ

      (ボブ・ディラン作詞作曲 ジョージ・ハリスン版訳)

 

 ディランが、共に生活する奥さんに送った歌です。ホント、いい曲です。手

 

詩の旅:もし ラドヤード・キプリング  (『もしも、詩があったら』より 

  • 2017.04.19 Wednesday
  • 11:11

 バイクで旭川に行ったとき、こども富貴堂へ寄った。アーサー・ビナードさんの本を買った。本当は、そこで出会った美しい上にも美しい元素写真図鑑を、喉から手の出るほど欲しかったのだが、大学以来の友人を亡くしてから、もうこれ以上どでかい本を買ってもいづれ処理に困るだけだと思うと逡巡してしまった。英語の原版を買うことにしようと無理やり納得して、かわりに買った本が小さな新書版の『もしも、詩があったら』だった。アーサーさんが日本語訳した・バリエーションに富んだ詩が満載の本だ。アーサーさんの訳がすばらしいので、読むたびに新しい発見があって、幾何の証明問題を、新たな別のやり方で解いている気分になれるのだ。

 全編、if(もしも)をばねに、詩を、社会や生きることを、語るという内容だ。

 

 「はじめに」からいい詩が載っているのだが、ここではアーサーさんがifを使った一番の力作かという・「雨ニモマケズ」のますらおバージョンに当たるとも書いているラドヤード・キプリング(ジャングル・ブックの生みの親)のものをまず紹介したい。

 

 「説教くさい内容にもかかわらず、語りのうまさで読者を飽きさせず、抽象的であっても本人の豊かな人生経験がすべて裏打ちしていることが分かる」とはアーサーさんの弁。

 

 松下幸之助や石田梅岩、ビル・ゲイツなどの・いまも綿々と続く人生出世哲学や相田みつおに、ある時はかぎりなく近づくように見えながら、遠く隔たっているのは、社会の流通観念に依存しないで、自立した個人の価値観を信じて社会を生きぬこうとした人間の言葉が、ひとりの人間の中で、十分に反芻され、ひとつの鮮明な像となって紡ぎだされているからなのだろうか。

 

  もし  ラドヤード・キプリング

 

もし、きみが落ち着いて行動できるならー

たとえまわりの人間がみんなパニックに陥って

きみに非難を浴びせたとしてもー

もし、きみの力を信じるものがいなくても

自分だけを信じて進んでいけるのならー

同時に過信しないで、自分を疑い続けられるなら―

もし、延々待たなければならないときでも

待ちくたびれることなく、たとえ陰で悪口やウソを

いわれても、それを返さず、ウソの売り買いにとりあわず、

もし、人に嫌われようとも、人を嫌うことなく、

また八方美人を演じないで、生意気な口も

利かずに歩んでいけるのならー

 

もし、夢を一生懸命追いかけながらも

夢に支配されずに生きていけるのなら―

もし、つねにものごとを深く考え、でも

考えるだけで終わりにしてしまわないのならー

もし、勝利の女神がほほえんでくれても

災難が降ってきたとしても、そのどちらも真に受けず、

当てにならない相手として等しくつきあえるのならー

もし、自分が発した真実の言葉が、ずるい連中に

歪曲され、人をひっかける罠に使われたとしても、

一生かけて作り上げてきたものが無残に壊されても

古い道具を手にとり、もう一度ゼロから

こつこつ建てなおしていけるのなら―

 

もし、自分がそれまでに勝ちとったものすべてを

一回のコイン投げの運に賭けることができるならー

そしてそれが外れたとき、初心に返り再出発して

自分の損失に一切、一言も触れずにいられるならー

もし、心臓も神経も筋肉も衰えたのち、精神力だけで

体を奮い立たせ働かせることができるのならー

もし、持ちこたえられる力などどこにもないのに、

「もちこたえるんだ!」という意思が

あきらめを知らずにねばってくれるのならー

 

もし、群衆を相手に演説をぶつ身となったとしても、

俗物になりさがることなく、国王や皇太子と交際しても

庶民の感覚をずっと持ち続けることができるならー

もし、敵にも、愛する友にも、すきを見せず

深手を負うことなく触れあっていけるのなら―

もし全ての人間の価値を認めた上で、かたよらず、

だれも買いかぶらずに見極めることができるのならー

もし、情け容赦のない時間の流れの中で、一分一分を

その六十秒いっぱい全力疾走できるのなら―

それなら

この地球は丸ごと

きみのものだ。

そして息子よ、そうなったら

きみは一人前の男と言えるのだ。

(訳:アーサー・ビナード)

 

 う〜ん、になろうと思ったことなど一度もないけど、普通の人々すら、やくざになってしまうこんなネット社会で、一人前の人になるのは難しいよ。(・∀・)○

 

詩の旅:8月15日に フランスの抵抗詩人たち

  • 2016.08.23 Tuesday
  • 23:25

   空知信金本店に置かれている雑誌に、全国信用金庫協会発行の『楽しいわが家』がある。銀行は苦手だけれど、毎月出るこの雑誌は楽しみにしている。連載物の『宝島への道』が一番のお気に入りなのだが、他もいろんな視点の記事があって読み応えがある。
  待っている間ついのめり込み、呼ばれていることも気づかず窓口の女性を悩ませることも多い。今のところ涎までは垂らしていないと思うけど、いつも口を開けてぼ〜っとしているので、昔から名前を呼ばれても気づかないことが多いのである。

 8月号の巻頭のエッセイ『心のチャンネル』はフランス文学者・白戸康代(聞いたこともないけど、たぶん著名な方でしょう……)の「空席・ヴァカンス」だった。フランス語でヴァカンスは、長期休暇のことだと思っていたら、空席の意味もあると初めて知った。考えてみると、英語のvacation(休暇)はヴァカンスと同じくラテン語由来だろう。同様に、海外旅行で飛行機に乗るとトイレに表示される英語・vacancy(ヴェイカンスィ・空き、使用可)も同じラテン語由来に違いないから、ヴァカンスに空席の意味があっても不思議はないのかもしれない。

 『きけわだつみのこえ』序文に引用したのは、有名な上にも有名な仏文学者の渡辺一夫だが、まだ10代の頃、慕っていた先輩の女子学生に勧められて、初めて読んだ時の、何と言えばいいのだろうか、<切ない違和感>を今も忘れない。
 同じ仏文学者の白戸のエッセイを読んで、やはり違和感は隠せないが、青春の時に感じた、あぁ、やっぱり自分はよそ者なんだ・どんなに親しくなろうとしても大事なところではいっしょの想いになれないんだという、甘えた矜持満載の<せつなさ>を、60過ぎた今は、あたりまえだがもう感じることはない。

 それぞれの死を同じものとしてくくるという行為
は、本当は、その生も同じようにくくれると考えなければできないはずである。白戸氏や渡辺氏が、戦没した学徒兵(「無念の死を遂げた」、「訴える術を奪われたまま死者となった人々」)にささげた詩は、日本を含む・ムッソリーニのイタリア・ヒトラーのドイツの三国軍事同盟に、まさしく命懸けで戦ったフランスの詩人たちの詩の一つだ。それを知っている彼らが、学徒兵の死を「無念」や「訴える術を奪われたまま」の死で括って、人の自由を訴える術としてレジスタンスに参加した結果の<奪われた死>と、同じ死とみなすことは、亡くなったレジスタンス詩人たちを冒涜するばかりではなく、戦没した学徒兵に対しても冒とくではなかろうか。論理をつめれば、学徒兵を冒涜せず、<悼み>、他人事ではなく<思いを受けとめる>とは、また再びの無念の死を、根柢的に拒否するしか道はない。わたしがもし知識人なら、このエッセイがフランス語に訳され、フランスの文化人が読む光景を想像し、身が縮む思いがするところである。


 この中に出てくる・フランス反ファシズム文学の地下出版・深夜双書による、詩集『詩人の栄光』の中の詩人たちは、60過ぎの年齢で詩の好きな者には、好き嫌いは別にして、どれも親しい名前ではなかろうか。この時期のフランスの文学者・詩人の活動を書いた本に、チリのノーベル賞詩人ネルーダも訳した翻訳家であり詩人の大島博光による『レジスタンスと詩人たち』がある。

 白戸氏が挙げたジャン・タルディウをはじめとするこれらの詩人たちがどのようなものであったか? ナチスドイツと親独ヴィシー政権に立ち向かったフランスの抵抗運動下で、<無念の死を遂げた人達>にささげた・フランス保守派のドゴール大統領主催の「レジスタンスの詩人たちを讃えるタベ」が、テアトル・フランセで開かれ、後に収容所で亡くなった詩人・ロべ−ル・デスノスの「両替橋の不寝番」が朗読された。
……
おれは 両替橋の不寝番だ
だが こよい見守るのは ひとりパリだけじゃない
この嵐の夜の 疲れはてて熱っぽい パリだけじゃない
おれたちをとり巻き せきたてる全世界を見守るのだ
冷たい大気のなか すさまじい戦争の音が
遠いむかしから 人びとの住んでいる
この場所にまで 押しよせてくる
……
おれは 両替橋の不寝番だ
約束の日の門出に きみたちに 挨拶をおくる
フランドル街からポテルヌ・デ・プープリエまでの仲間たち
ポワン・デュ・ジゥールからポルト・ドレにいたる同志たち

おれは きみたち みんなに 挨拶をおくる
きびしい地下活動を終えて 眠っているきみたち
地下印刷をひきうけ 線路のボルトをはずし
爆弾をはこび 敵軍に火を放ち ビラをまき
発禁の文書をもち込み 連絡(レポ)にゆくきみたち

たたかう きみたち みんなに 挨拶をおくる
こぼれるような微笑をうかべた二十(はたち)の若者よ
橋よりも年をとった 白髪の老人よ
たくましい男たち すべての年頃の人たち
新しい朝の門出に きみたちに 挨拶をおくる

テームズ川のほとり 古いイギリスの首都に
古いロンドンに 古いブルターニュに
集合している すべての国の 同志たち
ひろい 大西洋のかなた
カナダから メキシコにいたる
ブラジルから キューバにいたる
すべての旗と すべての種族の アメリカ人よ
リオの テワンテペクの ニューヨークの
そしてサンフランシスコの 同志たち
おれは きみたち みんなに 挨拶をおくる

……
 「朗読が終わると、会場を埋めた聴衆は立ちあがって、鳴りやまぬ長い拍手をおくった。パリを愛して闘いつづけたロベール・デスノスの想いは、いま解放されたパリの街で、すべての聴衆のこころをよみがえらせずにはいなかったのである。そしてフランソワ・モーリアックのメッセージが朗読された。」 

 モーリアックはレジスタンス文学の中心人物になったが、もともとアカデミーの重鎮であり、カトリックの大作家だった。ナチス占領下で秘密出版された・「格調の高さ,情念の震え,抑えた雄弁の熱,エリュアールの一,二の作品とジャン・タルディウのオラドゥールを歌った詩を別にすれば,フランス・レジスタンスはこれ以上すぐれた表現にはほとんど出会わなかった」と言われた『黒の手帳』が有名だ。

「歴史上いついかなるときに、牢獄の扉がこれほど多くの無皐の民の上に閉じられたことがあったか? いついかなる時代に、子供達が母親から引き離され、家畜用貨車に積み込まれたことがあったか? ある暗い朝,オーステルリッツ駅でわたしはそれをこの目で見た。幸福とはヨーロッパにおいて、低劣な心の持ち主にとって以外は、不可能な夢となりはてたのである。」

「しかしわれわれは選択をおこなった。われわれはマキャベリの敗北に賭ける。われわれは人間が、非情な殺し合いの掟を免れていると信じる。免れているだけではない、人間の尊厳はまさに、全身全霊をもってその掟に対抗する「抵抗」のうちにこそあると信じるのだ。」


 オーステルリッツ駅でモーリアックが見た光景とは、ユダヤ人一家が、親子別々に、再会することの不可能な強制収容所に連れ去られる姿であり、マキャベリとはヒトラーとその仲間のことだ。それは、他国の歴史ではなく、わたしたちの親や、わたし(たち)が生きているたかだか70年ほど前の・これからの話に違いない。

 

補追:大島博光記念館のホームページがありました。1930~1940年代の詩が多数掲載されています。興味のある方はどうぞ。http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/

 

 

補追:明治大学人文学部の研究論文です。この時期のモーリアックについて書いています。https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/11917/1/jinbunkagakukiyo_42_47.pdf

詩の旅:2016年の六月 茨木のり子

  • 2016.06.24 Friday
  • 23:19

                                 (写真:稚内で、友人と)

 学生時代からの友人に電話で、ブログをずっと更新していないので何かあったのかと思った、と言われた。もともと書くことが苦手なので一旦記事をアップしなくなると歯止めが利かなくなってしまう。正確にいえば、途中まで書いたものがいっぱいあって、終わりのない記事だらけなのだ。何故なんだろう。手紙もそうなのだ。出すことのない手紙ばかりがたまっていく。多分結末をつけることが苦手なんだと思う。

 

 毎年6月になると店に置く茨木のり子の詩。わたしには、惨たらしく殺された、アジアや世界中のひとびとの上に、ようやく築かれた戦後の日本−世界平和憲法のような詩に思える。

 

 今年6月2日の北海道新聞夕刊に、元秋山愛生舘の社長だった秋山孝二さんたちの活動が出ていた。実は秋山さんは、秋山さんの父の過酷な戦争体験を知って以来、気になる方だった。ときどきブログも拝見している。

  記事の中に、日本で最初のノーベル賞を受賞した湯川博士の孫弟子筋に当たる、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんと、元経済同友会終身幹事で日本火災海上保険の社長だった故・品川正治さんのことが出ていた。倉敷レーヨンの元社長であり・大原孫三郎の息子であった大原總一郎に通じる、日本の誇る<品格ある>経営者だった。品川さんは日中戦争を一兵卒として過酷な体験を経たこと・中国人にしたこと・友を戦争で失ったことを終生忘れることなく生きた人だった。

 2007年明治学院大学で、実に淡々と語る生前の品川さんの講演を、4部に分けて、ユーチューブで見ることができる。

 

詩の旅:花に送られる 今野大力

  • 2016.04.30 Saturday
  • 10:15
 岩見沢もそろそろ桜の季節。今まで何度か桜にまつわる詩をブログに載せたことがあります。井上陽水作曲で、漫画家の長谷邦夫作詞の、『桜三月散歩道』を紹介したこともありました。桜を愛でるのが人である以上、いろいろな桜が詩では書かれております。
 この詩人の桜ほど政治的であることが非政治的であるというものもない気がします。非政治的な井上・長谷の曲が、政治的であることと対をなしていると思うのは、たんにわたしが素人だからかもしれません。

 今野大力(こんのだいりき)の名は全く知りませんでしたが、先日ブログを通じて知り合った方から教わり、普段やらないネット検索でこの詩を知りました。このネット記事によると、先の日中戦争に反対したプロレタリア詩人で特高の拷問より、闘病生活を送る。死を覚悟した車の中で書かれた最期の詩とあります。

 生地旭川の常盤公園内には詩碑があるそうです。今度つれあいと行ってみよう。胸に沁みる誠実な言葉。
 『詩人が時代の先驅をした /詩人が郷土を真實に生かした /そんな言葉が 私の耳に流れて来ないかしら/そんな言葉が 地球のどこかで語られる時 私のからだは 墓場の火玉となって消えるだらう』

 特高の拷問がもとで死んだ男の言葉が残り、この男を拷問した特高の一人の人間は、その後も黙して、戦後民主主義を生き抜き、何もないように、何も知らないかれの家族といっしょに、平安で、家族や友人にやさしい一生を終えたのかしら。人間や社会の中の底しれぬ闇に、眩暈に似た想像におそわれるおや爺であります。

 今野の墓が多磨霊園にあるそうです。30年以上前、おや爺が通ったモランボン調理師学校の寮が多摩霊園そばにあって、よくお墓巡りをしました。←どんな趣味だよ!hirasan でももちろんこの詩人のは見なかったけれど……。なんか不思議な縁(えにし)を感じますねぇ。


2016年の旅の始まりに:1958年の女湯 

  • 2016.01.01 Friday
  • 00:00



 元旦午前0時に銭湯を開けるという習慣は本州のもので、豪雪・厳寒の北海道にはなかったでしょうが、わたしの世代では懐かしい年末年始の銭湯の光景です。
 石垣りんの有名な詩集「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」にある・今から58年前のこの詩を、2016年の新年の詩とするのは時代遅れで・重く暗いでしょうか?

 確かに、公衆浴場に行く人は稀になり、清潔になり、今やこの詩のような盛況ぶりも、そこにありません。毎日二回は自宅のシャワーを浴び、制汗スプレーを浴びるような時代では<脂と垢で茶ににごり/毛などからむ藻のようなものがただよう>光景は、一見、想像もできない不潔にみえる現実かもしれません。

 でも本当にそうなんでしょうか。石垣さんは、<日本のヴィナス>と書いていますが、わたしには中国や朝鮮を含めた<アジアのヴィナス>というのがより正確な表現に思えます。<ゴマジオ色のパーマネントが/あざらしのような洗い髪で外界へ出ていった/過去と未来の二枚貝のあいだから/片手を前にあてて、>なんて、味わい深い目に出会ったような・そこはかとなく漂うユーモアや悲しみも感じられます。
 わたし(たち)が、もしかしたら目をそむける・<文化も文明も/まだアンモニア臭をただよわせている/未開の/ドロドロの浴槽である。>現実の中から、真のヴィナスが誕生するという視線の中に、2016年の希望があるのかもしれません。

 今年も、一歩でも進化する精養軒でありたい、と願っております。どうぞこの一年よろしくお願いいたします。
 
 新年は2日からの営業です。

 

12月の詩の旅:木 田村隆一

  • 2015.12.02 Wednesday
  • 01:48

                                     (写真:北海道白金温泉・青池)
 12月の店においてある詩は、荒地派・田村隆一の詩です。断定の(エピグラム)詩人ともいわれるのは、断定で終わる詩句が多いというより詩全体に、感情や感覚を形容するために形容詞を使うことが、極端に少ないことが、そう感じさせるのだと思います。
 <ゆったりと静かな声>もそう感じたのではなく、まるで確固とした事実の描写として表現しているようです。現実の表面的な事実(常識・多数派の民意)ではなく、詩的事実ですが。
<正義そのものだ それでなかったら地下水を根から吸いあげて/空に返すはずがない>なんて、本当にすごい事実ですよね。

 何故12月の詩なのか、多分雪の多い北海道に住むせいなのでしょうが、吹雪の後に、星夜の光りの中で、冷たい粉雪がはりついた木々を見ると、それぞれの木が、微妙に違った雪をまとって耐えているのに気付きます。<ひとつとして同じ木がない/ひとつとして同じ星の光のなかで/目ざめている木はない>
 ひとつとして、同じ星の光や吹雪の中で目ざめている木はありません。世界が注視してくれる大都市パリの中にも、わたし(たち)の目の届かないシリアの人々の中にも。

 田村隆一詩集・『水半球』より。

 

詩の旅:『前へ』ふたたび 

  • 2015.10.26 Monday
  • 23:16
 
 生き難い時代に、友人から手紙が来た。
 その手紙の中に、身近な人の苦しみに何一つ援助の手を差し伸べられない無力感はいつでも感じています、と書かれていた。
 ヘレン・ケラーの言葉だと添えられて、
「どんなことがあっても人生にYESということ。どんな不運に見舞われても人生を愛し肯定するのよ。」と、手塚治が若い人に言ったという言葉が、書かれていた。
「人生で一番ショックな出来事を一生大事に」

 真理は誰が言っても真理ではない、と書いたのは思索と実践の哲学者・三木清だったか。ヘレンケラーと手塚の言葉は確かに彼らの生き方を通して真理を語っているのだろう。先日富良野のホテルで出会った画家・故小野州一さんの<生きるという意味>が、それらの言葉と連なる。
『木が芽吹き、葉が茂り、落ちていくまでの色、全部が一枚の葉の中に入っている。そして長い年月をかけて土に帰っていく。ここしかない土の色なんだよ。』

 以前にも店に置いた詩。まったくの偶然だけれど、6年前の同じ日だった。生きるということは誰かの代わりに生き延びたということなのに、還暦もとうに過ぎているのに、いまだだらしなくナサケナイおや爺である。
 大木実詩集「冬の支度」から

 

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