詩の旅:冬の詩 『冬が来た』 『道程』 『ちひさな群れへの挨拶』

  • 2019.12.07 Saturday
  • 23:15

 高校生まで、国語の授業の詩や歌の解釈というのが大の苦手でした。どう考えても先生や教科書の解釈みたいに深く感じられない、自分はそんな感受性や才能がないんだ、と思っていました。大学生になって、日本ばかりではなく、朝鮮や外国の詩で好きなものに出会いました。詩の好きな友人に教えられた詩人も多くいます。その過程で、詩を感じるのに、生来の感受性や才能の有無は、少なくてもわたしには関係ないことが分かりました。自分の存在・日々の体験を通して積み重ねられた固有の悩みや喜びを元手に、(言葉の)森に分け入っていけばいいんだと気づいたのです。

 

 50年前のごく普通の・成績も、日々の存在も目立たない・詩に関心を持たない高校生が、最初に惹かれた詩は、教科書に載っていた高村光太郎の『冬が来た』と『道程』いう詩でした。

 教科書にも載っているので、ご存じでしょうがこんな詩です。

 冬が来た

 

きつぱりと冬が来た

八つ手の白い花も消え

公孫樹いちょうの木もほうきになった

 

きりきりともみ込むような冬が来た

人にいやがられる冬

草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た

 

冬よ

僕に来い、僕に来い、

僕は冬の力、冬は僕の餌食だ

 

しみ透れ、つきぬけ

火事を出せ、雪で埋めろ

刃物のやうな冬が来た

 

道程  

 

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
 ウジウジした生き方・堂々巡りの日々・先が全くないと思っていた在日朝鮮人高校生にとって、憧れのような存在の詩。というより詩人でした。<根付の国>を書いた詩人・高村光太郎が戦時中、戦争賛美詩を本気で書いていたことを知って愕然となったことも、日本ばかりでなく、さらに世界の詩に入れ込む理由となったのでした。あの高村光太郎ですらそうなるなら、とても他人事とは思えなかったからです。
 豪雪地帯岩見沢に暮らすわたしには、『道程』は冬の詩のイメージですね。足跡のない真っ白い雪道を連想させます。
 <きっぱりと冬が来た>というのは、現実の冬というより、光太郎の理念からは、そう見えた冬のように思えます。豪雪地帯の生活者から見ると、冬はじわじわとくるもの、とうとう来るものっていう気がします。

 

 

 全然資質の違う詩人・吉本隆明の「ちひさな群への挨拶」に出てくる冬は、思想的な冬と言っていいんでしょうが、妙に似た匂いを感じます。この詩の前半が好きです。後半の絶唱(感)を、歴史的に言えば、非ロシアマルクス主義系の左翼思想的に解釈する人が多かったんでしょうが、わたしには、浪漫派って感じで、アジア人として、その道は、お互いが不幸になるようで、そこには行くまい思っちゃうんですね……。

 

 

 
ちひさな群への挨拶

 

あたたかい風とあたたかい家とはたいせつだ
冬は背中からぼくをこごえさせるから
冬の真むかうへでていくために
ぼくはちひさな微温をたちきる
をはりのない鎖 そのなかのひとつひとつの貌をわすれる
ぼくが街路へほうりだされたために
地球の脳髄は弛緩してしまふ
ぼくの苦しみぬいたことを繁殖させないために
冬は女たちを遠ざける
ぼくは何処までゆかうとも
第四級の風てん病院をでられない
ちひさなやさしい群よ
昨日までかなしかった
昨日までうれしかったひとびとよ
冬はふたつの極からぼくたちを緊めあげる
そうしてまだ生れないぼくたちの子供をけつして生れないやうにする
こわれやすい神経をもつたぼくの仲間よ
フロストの皮膜のしたで睡れ
そのあひだにぼくは立去らう
ぼくたちの味方は破れ
戦火が乾いた風にのつてやつてきさうだから
ちひさなやさしい群よ
苛酷なゆめとやさしいゆめが断ちきれるとき
ぼくは何をしたらう
ぼくの脳髄はおもたく ぼくの肩は疲れてゐるから
記憶といふ記憶はうつちやらなくてはいけない
みんなのやさしさといつしよに

ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むかうへ
ひとりつきりで耐えられないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは嘘だから
ひとりつきりで抗争できないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは卑怯だから
ぼくはでてゆく
すべての時刻がむかうかはに加担しても
ぼくたちがしはらつたものを
ずつと以前のぶんまでとりかへすために
すでにいらなくなつたものはそれを思ひしらせるために
ちひさなやさしい群よ
みんなは思ひ出のひとつひとつだ
ぼくはでてゆく
嫌悪のひとつひとつに出遭ふために
ぼくはでてゆく
無数の敵のどまん中へ
ぼくは疲れてゐる
がぼくの瞋りは無尽蔵だ

ぼくの孤独はほとんど極限(リミット)に耐えられる
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる
もたれあふことをきらつた反抗がたふれる
ぼくがたふれたら同胞はぼくの屍体を
湿つた忍従の穴へ埋めるにきまつてゐる
ぼくがたふれたら収奪者は勢ひをもりかへす

だから ちひさなやさしい群よ
みんなのひとつひとつの貌よ
さやうなら

詩の旅:一つのメルヘン 中原中也

  • 2019.10.26 Saturday
  • 15:53

                             (photo at shumarinai by hyonthe)

 一つのメルヘン 中原中也

秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があつて、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました。

陽といつても、まるで珪石か何かのやうで、
非常な個体の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもゐるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくつきりとした
影を落としてゐるのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもゐなかつた川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……

 

 非常に有名な詩ですね。たぶん教科書に載っているんじゃないかと思います。ほとんど、詩人の固有の言語イメージだけ、言語本来の共通の意味はない感じです。その分詩人自身の心的体験が更け出ているともいえるんでしょう。

 

 まとわりつく液体も波動もない。孤独と言えば孤独、いっそさっぱりした感じといえばいえる、小石と蝶以外は、さらさらと粉体の水晶質だけがあるのです。

 

 光(陽)が波動であり粒子だという現代物理学の考えも思い出したりします。この詩とは違ってちょっと粘っこい考えです。

 昼間の秋の陽そのものも、さらさらという感じの時があるよな、と改めてこの詩人の言語感覚のすごみを感じます。そういう意味では、この詩の秋の夜は、非実在の昼。現実とは違い、こころの事実ということになりましょうか。

 言語が、流通概念から解き放たれる解放感を覚えます。現代的で、とても昔の詩とは思えません。

詩の旅:2019年の六月(茨木のり子)とスカボロ・フェア(サイモン&ガーファンクル)

  • 2019.06.01 Saturday
  • 00:41

                       (美唄アルテピアッツアで。2019年5月)

 毎年6月になると店に置く・社会や世界が、わたし自身がどう変わってゆくのか、定点観測のように読み直す詩。

 

 北方領土のビザなし交流で領土返還のためには戦争しないとどうしようもなくないですかと国会議員が発言したことが話題になった。国会議員の中にはそういう人も何割かいるだろうなと思っていたのでそれほどの驚きもなかった。ただわたしには、丸山議員を支える無名の大きな層がネット上にいるであろうことにより一層苦しい思いを抱く。

 

 北海道新聞の日曜版(5月19日)・<時を訪ねて>で、関東大震災の時、陸軍の部隊と流言飛語に乗った群衆による、東京大島で起きた中国人虐殺事件を初めて知った。、元兵士の日記から明るみに出た・当時の資料によると、刃物や竹やりを持った群衆が地面に伏せた中国人200人に襲い掛かったという。その「大島町事件」中に、あの<国民的スター>王貞治氏の父が巻き込まれ、九死に一生を得たことも、恥ずかしながら初めて知った。甥の川口俊幸さんは回想している。「(仕福さんは)周りには気を使っていたね。警察や消防にはただで出前したり。日本語の不自由さもあり寡黙だったが、震災時のことも含め胸の内にいろいろな思いがあったのでは」

 

 サイモンとガーファンクルの曲で有名なスカボロ・フェア(スカボロ市場)は、イギリスの古い民謡だ。大学生の時、ボブ・ディランの二枚目のアルバム・フリーホイーリンを買った。中に『北国の少女』という曲が入っていて、スカボロ・フェアの元歌になっていることを知った。ずっと、ただきれいな曲だと思っていた。兄からその歌詞が、スカボロ市場の日々の情景と戦争に行った兵士の日常が重なるように歌われていると教えられた。イギリスが戦争に明け暮れた時代の・日常の中の戦争や、戦争の中の日常を思った。

 

 王仕福さんは、警察や消防におべんちゃらを使ったのか? そうではあるまい。 

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2018年9月30日の詩の旅:ふたりでいること 天野忠・大木実・エリュアールより

  • 2018.09.30 Sunday
  • 23:55

 フランスのシュールレアリスト詩人、ポール・エリュアールの詩『無題』を、このブログで以前紹介した時、最後にエロティッシュな詩もあって好きなんですよと書きました。

 

 天野忠の詩『夫婦』も以前紹介しました。こんな詩です。

 夫婦

 

四十五歳のお前が

空を見ていた

頬杖ついて

ぽかんと

空を見ていた

空には

鳥もなく

虹もなかった

空には

空色だけがあった

 

ぽかんと

お前は

空を見ていた

頬杖ついて

それを

わたしが見ていた。

  天野忠詩集『しずかな人 しずかな部分』より

 

 体験的に言えば、45歳頃にこんな境地にはなれなかったなぁ、何に関しても遅いわたしには、六十過ぎてようやく実感できる詩という感じですか。

 

 彼には実は『夫婦』という詩がもう一つあります。さらに歳をとってからのものです。そして、さらにさらに歳をとってから、『伴侶』という詩を書きます。わたしの好きな詩です。まぁ、まだこの境地には達しておりませんが……。

 伴侶

 

いい気分で

いつもより一寸長湯をしていたら

ばあさんが覗きに来た。

―何んや?

―…いいえ、何んにも

まさかわしの裸を見に来たわけでもあるまい…。

 

フッと思い出した。

二三日前の新聞に一人暮らしの老人が

風呂場で死んでいるのが

五日後に発見されたという記事。

 

ふん

あれか。

  天野忠未刊詩集『続・掌の上の灰』より

 

 この『伴侶』を読んだ後に先ほどの詩『夫婦』を読むと、無意識に比較してしまうのでしょうか、若いときに書いたせいなのか、枯れたようでいながら、どことなくエロティックな感じがわたしには、します。

 

 もう一人、わたしの好きな詩『前へ』詩人・大木実の詩も以前何編か紹介したことがあります。

 妻

何ということなく
妻のかたわらに佇(た)つ
煮物をしている妻をみている
そのうしろ姿に 若かった日の姿が重なる
この妻が僕は好きだ
三十年いっしょに暮らしてきた妻
髪に白いものがみえる妻
口にだして言ったらおかしいだろうか

−きみが好きだよ

青年のように
青年の日のように

   
大木実詩集「夜半の声」より

 

 彼がさらに歳をとった時に書いた詩、『夫婦』があります。

 夫婦

 

ー動物園へ行ってみない

夕食のあと お茶を飲みながら

妻が言った

 

何を言い出すのかと思ったらー

夕刊を読みながら 私は

黙っていた

 

子どもが小さかったころ 子どもを連れて

動物園へは二度行った

二度とも妻は家に残っていた

 

どんな思い出を 動物園に

妻はもっているのだろう

私の知らない 私に言わない

 

ー行ってみようか

今度は妻が返事をしなかった

黙っていた

 大木実詩集『蝉』より

 

 この二つのあいだに、夫婦ふたりはいるものなのでしょうか。

 

 さて冒頭で述べたエリュアールです。最初の愛する妻・ガラが画家ダリの元に出奔し、失意の中で出会った女性・ニュッシュ。彼女を描いた詩は多数ありますが、次の詩は、爽やかなエロスが感じられて好きになった詩です。もっと過激なのもありますが……。この詩の題『N』は、ニュッシュのことです。たぶんイメージが鮮明なせいでしょう、これは今でも空で言える数少ない詩。

 N

 

目に見える感情

かろやかな接近

髪の毛の愛撫。

 

もはや不安もなく疑いもなく

きみの瞳は見る対象に身をまかせ

見つめる対象に見つめられる。

 

二枚の鏡にはさまれた

水晶質の信頼だ

夜 きみの瞳は消え失せる

めざめる欲望に溶けこんで。

 ポール・エリュアール詩集『直接の生』より

 

 情景と理知・情熱がアマルガムとなってつくりあげられた言葉の束と言えますか。

2018年夏の詩の旅:無題 ポール・エリュアール

  • 2018.08.11 Saturday
  • 01:16

 エリュアールは大好きなシュールレアリスト詩人のひとり。共産主義に入れ込み、独裁者・スターリンを称賛する、びっくりするほどつまらない詩を書いたことも含めて、好きな詩人です。わたしにとって、間違った生き方をしたことがあることは、必ずしも大きなことではありません。まぁ、わたしが碌でもない生き方をしてきたので言えた義理じゃないぜってことですが……。

 

 この詩は親友の結婚式で、ベートーベンのピアノソナタの第二楽章に合わせて朗読したことがあります。人前で何かやるというのは絶対嫌だったんですが、その友達とは言葉で言えないくらい、の付き合いだったので……。でもひどいもんでしたね、朗読とはいえないものでしたがな。(TT)以後絶対人前ではなにもしない、とこころに固く、固く誓いました。

 

 無題の意味をこの詩から学んだと思います。題すらつけないことで、すべてのものと自由に結びつこうとしているような気がしたのです。無題は英語でno titleですが、titleは肩書という意味もありますね。肩書と無縁なことで、結びつくこともあるよなぁと思いました。ここでの<すべてのもの>は、ナチス支持のヴィシー政権下の、エリュアールの命をかけた生き方を思えば、すべての虐げられるもの・悲しみの中にあるものへの、(ひととしての幸せや自由をもとめる)実践的な横のつながりということです。

 最初の妻ガラが、友人の美術家サルバドール・ダリの元に出奔し、失意のエリュアールが、運命の人・ニューシュと巡りあいます。その頃の詩です。きわめて私的な出会いが、直接的に、広く世界と渡り合うという、いかにも行動の人、自由の詩人・エリュアールらしい詩です。

 ふたりが結婚したのは、1934年の夏のことでした。

 実はニューシュを題材にした詩がいっぱいあります。シュールで、エロティッシュなものもあって、いいんですよね。

詩の旅:2018年の六月 茨木のり子

  • 2018.06.16 Saturday
  • 02:33

 先日奥様の誕生日に、当店のおまかせ料理コースでお祝いをされたI様。誕生日が6月10日とのことでした。おぅ、6月と言えば私の大好きな詩の月ではありませんか。毎年6月に店に置き、定点観測のように社会と自分の立ち位置を確かめる茨木のり子さんの詩です。

 

 おまかせコース料理のメニューに挟んでお渡ししました。

 コースを終えられた後、旦那様に呼ばれました。何かあったのかと思って急いで行くと、「今ブログをチェックしたら、バイクに乗ってらっしゃるんですね。」

 それからバイク好きの息子さんも巻き込んで、怒涛のバイク話になりました。お二人でハーレーを2台(←その上一台はキャブ仕様)、カワサキニンジャ、ヤマハSRをもっていらっしゃるとのことでした。あまり乗らなくなるとバイクほしくなるんですよねぇ、とは旦那様の弁。えぇ、えぇ、よく分かりますよ、ライダー以外まるで通じない論理ですが……。(^^)  

 困ったお二人ですなぁ、と言うと、奥さまはにこにこ笑ってらっしゃいました。

 

 六月。北海道は、雨のときですら、新緑の爽やかな季節ですよね。みゆき様、お誕生日、おめでとうございます。

 

 

春の詩:水仙 ウイリアム・ワーズワース

  • 2018.03.08 Thursday
  • 16:09

 

 けっこうまだ真冬日が続き、雪も降っていますが、この岩見沢も、日差しはすでに春の装いです。

 春の詩と言えばイギリスでしょう、というのも変ですが、このワーズワースばかりじゃなくブレイクなんて、『春 spring』まんまの有名なものもありますからね。イギリス人にとって冬がよほど過酷な感じなのかしら。行ったことがないから分からないけど……。

 

 いかにも青春(?)の甘い匂いを感じさせつつ、春を待ち望んだ、ゆったりした詩ですよね。←ホントに甘いにほひなの、青春て!!hirasan

 なんか、瞑想に使えそうなほどリアルな幸福感ですな。

 原詩(抜粋)は以下です。技法を駆使した詩を前にして、翻訳はあまりに無謀な行為なので、止めました。我ながら恐ろしいことしてるなぁ、おや爺って!お願い と、とりあえず、すみません、て神聖な何かに謝っておこう……。アセアセ

Daffodils
 

I wandered lonely as a cloud
That floats on high o'er vales and hills,
When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils:
Beside the lake, beneath the trees,
Fluttering and dancing in the breeze.

 

Continuous as the stars that shine
And twinkle on the milky way,
They stretched in never-ending line
Along the margin of a bay:
Ten thousand saw I at a glance,
Tossing their heads in sprightly dance.

2018年初まりの詩の旅:遠い日 白鳥省吾

  • 2018.01.01 Monday
  • 00:01

 

                       (岩見沢 初雪のポプラ並木)

 雪の多い、北国に住む人間にとって、その価値に気づかずに送った日々を思いながら、あぁ、そうだよなと確かな実感をもって感じさせる詩ですね。

 詩人とは、言葉とはすごいものです。蜜柑をこのように細微に心をこめて描写した詩もないんじゃないかしら。<雪は溶けきれぬ喜びに鼓動しながら歌ひ連れながら>とは、溶けるのでもなく、凍っているのでもなく、今現在のありようを一期一会のように感じているのです。

 確かにたれにでもありながら、はっきりとした像として、こころに刻んではいなかったゆたかな時間。今、現在もあるはずの・過去と未来を結ぶ、唯一生きている時間。

 

 どんな日であろうと、日々の小さな喜びに気づきますように。そしてその喜びをこころに感じれば感じるほど、現状を追従するのではなく、あらためる生き方と結びつく、真の力となりますように。

 

 明けましておめでとうございます。本年も、変わらない、新しい精養軒をお見せします。どうぞよろしくお願いします。

 新年は2日4時半からの営業です。

詩の旅:秋 鈴木ユリイカ 

  • 2017.11.05 Sunday
  • 21:34

                           (いわみざわ煉瓦テラスの小道で)

 

 北海道の紅葉ももう終わりに近づいています。

 こういう詩を読むと、言葉の発見が人に与えた影響と言うのはすごいもんだろうなって思いますね。

 この15行詩の世界を映像で撮ろうとしたら、一体幾らかかるのか、そもそもできるのか? 目が眩むくらいの広がりです。空のものが言い、地のものが語ります。空にある太陽は海に入り、太陽を道連れに、おとことおんなは二人、この地球を歩き、旅するのです。

 

 3連、「空は何も言わなかった/一万年 十万年 千万年/ そして今日も/空は何も言わなかった」

 なんていう空の広がりでしょう。<今>を含む、時間を語ることで、空の思索的広大さをリアルにイメージさせているではありませんか!! 時空を独立したものでなく、相互作用するとする現代物理学の考えが、そのまま詩になっているような感覚すら覚えます。

 人類が世に現れて、700万年と言われていますが、岩見沢から長沼に向かう道の途中、栗丘ライディングパークを右折してすぐの鉄橋を渡る時、左右の荒々しい自然の風景を見る度に、そんな歴史と場を思いますねぇ。閑話休題、詩に戻りましょう。

 

 そうしておいて、わたしたちの眼のまえの野っぱらを遊ぶ子供のくるぶしにまで、秋の青空に染まるという結末なのですから!!

詩の旅:ふたり 大岡信

  • 2017.09.30 Saturday
  • 23:04

 結婚する前はひとりで、結婚後後数年間は二人でよく、プリントごっこを使った・手作りの賀状を書いたり、自分たちや友人の結婚式次第や本の製本作りに熱中した。

 この詩は好きな詩だったが誰にも教えなかった。何か教えてはいけない気がしたのだ。結婚することになったひと(わたしの奥さんのことだが……)に初めて教えた。大岡信が若いときに作ったものだが、かれの詩集には載っていない。貧乏な若い詩人・川崎洋が結婚する時に、かれら二人のためだけに、贈ったものだからだ。もううろ覚えだが、わたしは詩誌「ユリイカ」か何かで、贈られた川崎洋が、当時を回想しながら紹介していたのを読んだのだと思う。

 

 メモに書き写した。その後、友人や若い知り合いの結婚式に、吉野弘の有名な詩・祝婚歌と一緒に印刷してあげたりした。

 フランス・シュールレアリズムの影響も色濃く残しながら、ふたりでいる喜びを歌った、理知的で・初初しい詩だと思う。

 

 空はとりわけぼくの中にひろがるとき

 まっさおな空 澄んだ鏡だ

 きみを映す鏡 暗い洞窟の奥でも

 遠い星を手のなかによびこむ鏡だ

 

 結婚後も、空を身体に映すごとに、ふたりはいつまでも初初しく・あたらしくあるだろう。

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