2018年夏の詩の旅:無題 ポール・エリュアール

  • 2018.08.11 Saturday
  • 01:16

 エリュアールは大好きなシュールレアリスト詩人のひとり。共産主義に入れ込み、独裁者・スターリンを称賛する、びっくりするほどつまらない詩を書いたことも含めて、好きな詩人です。わたしにとって、間違った生き方をしたことがあることは、必ずしも大きなことではありません。まぁ、わたしが碌でもない生き方をしてきたので言えた義理じゃないぜってことですが……。

 

 この詩は親友の結婚式で、ベートーベンのピアノソナタの第二楽章に合わせて朗読したことがあります。人前で何かやるというのは絶対嫌だったんですが、その友達とは言葉で言えないくらい、の付き合いだったので……。でもひどいもんでしたね、朗読とはいえないものでしたがな。(TT)以後絶対人前ではなにもしない、とこころに固く、固く誓いました。

 

 無題の意味をこの詩から学んだと思います。題すらつけないことで、すべてのものと自由に結びつこうとしているような気がしたのです。無題は英語でno titleですが、titleは肩書という意味もありますね。肩書と無縁なことで、結びつくこともあるよなぁと思いました。ここでの<すべてのもの>は、ナチス支持のヴィシー政権下の、エリュアールの命をかけた生き方を思えば、すべての虐げられるもの・悲しみの中にあるものへの、(ひととしての幸せや自由をもとめる)実践的な横のつながりということです。

 最初の妻ガラが、友人の美術家サルバドール・ダリの元に出奔し、失意のエリュアールが、運命の人・ニューシュと巡りあいます。その頃の詩です。きわめて私的な出会いが、直接的に、広く世界と渡り合うという、いかにも行動の人、自由の詩人・エリュアールらしい詩です。

 ふたりが結婚したのは、1934年の夏のことでした。

 実はニューシュを題材にした詩がいっぱいあります。シュールで、エロティッシュなものもあって、いいんですよね。

詩の旅:2018年の六月 茨木のり子

  • 2018.06.16 Saturday
  • 02:33

 先日奥様の誕生日に、当店のおまかせ料理コースでお祝いをされたI様。誕生日が6月10日とのことでした。おぅ、6月と言えば私の大好きな詩の月ではありませんか。毎年6月に店に置き、定点観測のように社会と自分の立ち位置を確かめる茨木のり子さんの詩です。

 

 おまかせコース料理のメニューに挟んでお渡ししました。

 コースを終えられた後、旦那様に呼ばれました。何かあったのかと思って急いで行くと、「今ブログをチェックしたら、バイクに乗ってらっしゃるんですね。」

 それからバイク好きの息子さんも巻き込んで、怒涛のバイク話になりました。お二人でハーレーを2台(←その上一台はキャブ仕様)、カワサキニンジャ、ヤマハSRをもっていらっしゃるとのことでした。あまり乗らなくなるとバイクほしくなるんですよねぇ、とは旦那様の弁。えぇ、えぇ、よく分かりますよ、ライダー以外まるで通じない論理ですが……。(^^)  

 困ったお二人ですなぁ、と言うと、奥さまはにこにこ笑ってらっしゃいました。

 

 六月。北海道は、雨のときですら、新緑の爽やかな季節ですよね。みゆき様、お誕生日、おめでとうございます。

 

 

春の詩:水仙 ウイリアム・ワーズワース

  • 2018.03.08 Thursday
  • 16:09

 

 けっこうまだ真冬日が続き、雪も降っていますが、この岩見沢も、日差しはすでに春の装いです。

 春の詩と言えばイギリスでしょう、というのも変ですが、このワーズワースばかりじゃなくブレイクなんて、『春 spring』まんまの有名なものもありますからね。イギリス人にとって冬がよほど過酷な感じなのかしら。行ったことがないから分からないけど……。

 

 いかにも青春(?)の甘い匂いを感じさせつつ、春を待ち望んだ、ゆったりした詩ですよね。←ホントに甘いにほひなの、青春て!!hirasan

 なんか、瞑想に使えそうなほどリアルな幸福感ですな。

 原詩(抜粋)は以下です。技法を駆使した詩を前にして、翻訳はあまりに無謀な行為なので、止めました。我ながら恐ろしいことしてるなぁ、おや爺って!お願い と、とりあえず、すみません、て神聖な何かに謝っておこう……。アセアセ

Daffodils
 

I wandered lonely as a cloud
That floats on high o'er vales and hills,
When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils:
Beside the lake, beneath the trees,
Fluttering and dancing in the breeze.

 

Continuous as the stars that shine
And twinkle on the milky way,
They stretched in never-ending line
Along the margin of a bay:
Ten thousand saw I at a glance,
Tossing their heads in sprightly dance.

2018年初まりの詩の旅:遠い日 白鳥省吾

  • 2018.01.01 Monday
  • 00:01

 

                       (岩見沢 初雪のポプラ並木)

 雪の多い、北国に住む人間にとって、その価値に気づかずに送った日々を思いながら、あぁ、そうだよなと確かな実感をもって感じさせる詩ですね。

 詩人とは、言葉とはすごいものです。蜜柑をこのように細微に心をこめて描写した詩もないんじゃないかしら。<雪は溶けきれぬ喜びに鼓動しながら歌ひ連れながら>とは、溶けるのでもなく、凍っているのでもなく、今現在のありようを一期一会のように感じているのです。

 確かにたれにでもありながら、はっきりとした像として、こころに刻んではいなかったゆたかな時間。今、現在もあるはずの・過去と未来を結ぶ、唯一生きている時間。

 

 どんな日であろうと、日々の小さな喜びに気づきますように。そしてその喜びをこころに感じれば感じるほど、現状を追従するのではなく、あらためる生き方と結びつく、真の力となりますように。

 

 明けましておめでとうございます。本年も、変わらない、新しい精養軒をお見せします。どうぞよろしくお願いします。

 新年は2日4時半からの営業です。

詩の旅:秋 鈴木ユリイカ 

  • 2017.11.05 Sunday
  • 21:34

                           (いわみざわ煉瓦テラスの小道で)

 

 北海道の紅葉ももう終わりに近づいています。

 こういう詩を読むと、言葉の発見が人に与えた影響と言うのはすごいもんだろうなって思いますね。

 この15行詩の世界を映像で撮ろうとしたら、一体幾らかかるのか、そもそもできるのか? 目が眩むくらいの広がりです。空のものが言い、地のものが語ります。空にある太陽は海に入り、太陽を道連れに、おとことおんなは二人、この地球を歩き、旅するのです。

 

 3連、「空は何も言わなかった/一万年 十万年 千万年/ そして今日も/空は何も言わなかった」

 なんていう空の広がりでしょう。<今>を含む、時間を語ることで、空の思索的広大さをリアルにイメージさせているではありませんか!! 時空を独立したものでなく、相互作用するとする現代物理学の考えが、そのまま詩になっているような感覚すら覚えます。

 人類が世に現れて、700万年と言われていますが、岩見沢から長沼に向かう道の途中、栗丘ライディングパークを右折してすぐの鉄橋を渡る時、左右の荒々しい自然の風景を見る度に、そんな歴史と場を思いますねぇ。閑話休題、詩に戻りましょう。

 

 そうしておいて、わたしたちの眼のまえの野っぱらを遊ぶ子供のくるぶしにまで、秋の青空に染まるという結末なのですから!!

詩の旅:ふたり 大岡信

  • 2017.09.30 Saturday
  • 23:04

 結婚する前はひとりで、結婚後後数年間は二人でよく、プリントごっこを使った・手作りの賀状を書いたり、自分たちや友人の結婚式次第や本の製本作りに熱中した。

 この詩は好きな詩だったが誰にも教えなかった。何か教えてはいけない気がしたのだ。結婚することになったひと(わたしの奥さんのことだが……)に初めて教えた。大岡信が若いときに作ったものだが、かれの詩集には載っていない。貧乏な若い詩人・川崎洋が結婚する時に、かれら二人のためだけに、贈ったものだからだ。もううろ覚えだが、わたしは詩誌「ユリイカ」か何かで、贈られた川崎洋が、当時を回想しながら紹介していたのを読んだのだと思う。

 

 メモに書き写した。その後、友人や若い知り合いの結婚式に、吉野弘の有名な詩・祝婚歌と一緒に印刷してあげたりした。

 フランス・シュールレアリズムの影響も色濃く残しながら、ふたりでいる喜びを歌った、理知的で・初初しい詩だと思う。

 

 空はとりわけぼくの中にひろがるとき

 まっさおな空 澄んだ鏡だ

 きみを映す鏡 暗い洞窟の奥でも

 遠い星を手のなかによびこむ鏡だ

 

 結婚後も、空を身体に映すごとに、ふたりはいつまでも初初しく・あたらしくあるだろう。

2017年8月盛夏 詩の旅:朝の挨拶 菅原克己

  • 2017.08.02 Wednesday
  • 10:31

 休日の朝起きると、前日までの雨があがっていた。今年二度目のタンデム・ツーリング(バイクの二人乗り)をした。後ろで奥さんは寝てしまうのであまり長い旅はできない。2時間弱で着ける美瑛・富良野に決めた。

 

 桂沢湖を通るいつもの峠を走る。夏の積乱雲が見える。

 気圧の谷間にあって、上空は安定していないのか、雲が流れて、刻々と表情が変わる空の下を走った。

 

 美瑛選果で料理の勉強をした帰り、左手、電線で遮られることのない・美瑛の丘の向こうに、家がポツンとあるのが目に入った。好きな詩人菅原克己の『朝の挨拶』が浮かび、バイクを止めて写真を撮った。

 

 50年以上前、わたしがまだ小学生の頃、学校にオルガンはあった。今も、あの頃気づきもしなかった、日々を豊かに彩るオルガンの挨拶は聞こえてくるのだろうか。

 

 穏やかで美しく・ありふれた日常を描いた詩の中の、野菜を切る妻と、<ぼくはささいなことが好きだ>と言い切る詩人が、先の日中戦争に反対して、捕らえられ、特高のはげしい拷問を受けたことを後に知った。

 ニッカ創業者竹鶴の妻・リタの最初の婚約者は第一次大戦の激戦地・フランスで戦死している。軍人である彼が生きているときに送った最後の手紙には、男が命をかける場所は戦場ではないことだけは確かですと書いてあったという。そういう過酷な経験を、ひとがわがものとしない限り、戦争への道を止めることはできないのだろうか。

 平和に生きる喜びや悲しみを、喜びと感じることができないのだろうか。

2017年6月の詩の旅:六月 茨木のり子とイサム・ノグチ

  • 2017.06.13 Tuesday
  • 23:58

 北海道は今観光シーズンでいえば閑散期の部類に入るのだろうか。ホテルも空いて、外国人観光客もいつもより少ない。でも初夏の北海道の新緑を味わうには、一番の季節だと思う。二週間ほど前、富良野まで夫婦でドライブをした。三笠を通る裏道を抜ければ、岩見沢から1時間半くらいで行ける。帰りに富良野六花亭に寄ったら、横の美術館で、好きなイサム・ノグチ作品の写真展をやっていた。

 

 解説のない・いい写真が目白押しの写真展だった。特に魅かれたのは、初めて見る・一番最初の作品『ニューズ』だった。

 ニューズの本質は何のためにあるのか? 戦争の悲劇を防ぐためにあるのではないのか? ジャーナリズムに携わるそれぞれのひとびとが、あらゆる方向に目を光らせ、時の権力や民意に踊らされず、力強く平和の未来を指し示す。

 昨夜の・久しぶりに見る・ネットの無責任な匿名報道を煽るようなテレビニュースのあり方に、腰が抜けるほど仰天しながら、戦争に翻弄されたイサム・ノグチに関わる人々を思った。

 毎年6月になると店に置く、フラフラ生きるわたし自身と、社会の定点観測のための詩がある。茨木のり子の『六月』だ。

 アーサーさん、茨木のり子さんの詩を英語に訳して出版してくれませんか?

詩の旅:if not for you もしきみが (『もしも、詩があったら』より)

  • 2017.05.01 Monday
  • 23:05

 <もしも>という言葉、考えをばねに、詩や生きること、世界を見るアーサー・ビナードさんの本の紹介の第二回目です。今回の詩は、去年ノーベル文学賞をとったボブ・ディラン作詞・作曲で、ビートルズのジョージ・ハリスンも歌った<if not for you>です。アーサーさんはこの詩を、詩人高村光太郎の有名な『もし智恵子が』と比較しながら解説しております。その解説も独特で、いかにも高村の痛いところをついていますね、というかアジア的知識人の、いまも続く痛いところをついていて、「核心にふれないまま詩が終える」とまで言っておりますね。素粒子論の武谷三男の、高村光太郎評を思い出しました。

 

 アーサーさんにお会いしたとき、ボブディランの<i shall be released>と<my back pages>のアーサー訳を、是非読みたいと言うと、ディランは版権が難しくて、絵本以外に原詩を載せて訳すことができないんですよね、と言われました。一緒に訳しましょうと言われて、気絶するほど驚きましたがな。多分誰にでも気軽に言うんだろうなぁ……。

 本当の詩人の訳と、おや爺が以前訳してブログに載せたものを比較してみましょう。実は、ディランの詩と、ハリソン版の詩ではいくつか違うところがあります。わたしはハリソン版を、アーサーさんは多分ディラン版をもとに訳したと思いますが、それにしてもえらい違いですが、あぁ、アーサーさんもこの英語の岩盤をわたしと同じイメージに受け取ったんだと思うところもありました。

 

 3行目の<I couldn't even see the floor>です。学校英語では、床も見えないとなるんでしょうが、ようするに立ち上がる気力もないイメージです。アーサーさんは英語のthe floorのニュアンスを生かして、自分の足もとも見えないとみごとに救いあげています。一方わたしの訳は2行目から4行目にかけた全体で、そのイメージを表現したということになります。

 

If not for you              
あなたが いたから(おや爺訳)               もしきみが(アーサー・ビナード訳)


If not for you,
Babe, I couldn't even find the door,
I couldn't even see the floor,
I'd be sad and blue,
If not for you.
きみがいなければ                 もしきみがいなかったら

あの部屋で 今日も ヒザを抱えて、      ぼくは閉じこもったまま、出口が見つからない、

ひとり 出口にも気づかない           入り口も、自分の足もとも、きっと見えないだろう、

立ちあがるなんてムリ               ただただ沈みっぱなしだろう、

クズだって思ってた                 もしきみがいなかったら。

もしきみがいなければ


If not for you,
Babe, the night would see me wide awake
The day would surely have to break
But it would not be new,
If not for you.

きみがいなければ                  もしきみがいなかったら

一晩中眠ることもできないまま           ぼくは眠れないまま、じっと夜明けを待つ、

朝の陽射しを迎えたのに              太陽が顔を出しても、少しも嬉しくないだろう、

初まりだ って感じれない              その光はもう手垢にまみれているだろう

もしきみがいなければ                もしきみがいなかったら。


If not for you
My sky would fall,
Rain would gather too.
Without your love I'd be nowhere at all,
I'd be lost if not for you,

きみがいなければ                    もしきみがいなかったら
ぼくの空はがらがらと崩れ              ぼくの空は崩れ落ちて、雨ばかり延々と

雨が瓦礫のように降りしきる             降りつづくだろう、きみの愛がなかったらぼくは

きみのふかい悲しみにふれなければ        いつまでも真っ暗闇の中、

ぼくはいまだに居場所のないまま          もしきみがいなかったら。

あてどないまま

もしきみがいなければ

 

If not for you,
The winter would hold no spring,
Couldn't hear the robin sing,
I just wouldn't have a clue,
If not for you.

きみがいなければ                     もしきみがいなかったら

長い冬がたとえ終わっても                ぼくの冬は終わらない、春が遠ざかって、たとえ

春を告げるツグミの歌だってぼくには虚しいだけ  コマツグミが鳴いても、ぼくの耳には届かないだろう、

何一つ気づかず わからないまま            迷いっぱなしで、何も胸に響かない、

生きる価値などないって思ってた            もしきみがいなかったら。

もしきみがいなければ

 

If not for you
My sky would fall,
Rain would gather too.
Without your love I'd be nowhere at all,
I'd be lost if not for you,

きみがいなければ
ぼくの空はがらがらと崩れ

雨が瓦礫のように降りしきる

きみの愛をしらなければ

ぼくはいまだに居場所のないまま

あてどないまま

もしきみがいなければ

 

If not for you,
The winter would hold no spring,
Couldn't hear the robin sing,
I just wouldn't have a clue,
If not for you.

きみがいなければ

長い冬がたとえ終わっても

春を告げるツグミの歌だってぼくには虚しいだけ

何一つ気付かず わからないまま

生きる価値などないって思ってた

もしきみがいなければ

      (ボブ・ディラン作詞作曲 ジョージ・ハリスン版訳)

 

 ディランが、共に生活する奥さんに送った歌です。ホント、いい曲です。手

 

詩の旅:もし ラドヤード・キプリング  (『もしも、詩があったら』より 

  • 2017.04.19 Wednesday
  • 11:11

 バイクで旭川に行ったとき、こども富貴堂へ寄った。アーサー・ビナードさんの本を買った。本当は、そこで出会った美しい上にも美しい元素写真図鑑を、喉から手の出るほど欲しかったのだが、大学以来の友人を亡くしてから、もうこれ以上どでかい本を買ってもいづれ処理に困るだけだと思うと逡巡してしまった。英語の原版を買うことにしようと無理やり納得して、かわりに買った本が小さな新書版の『もしも、詩があったら』だった。アーサーさんが日本語訳した・バリエーションに富んだ詩が満載の本だ。アーサーさんの訳がすばらしいので、読むたびに新しい発見があって、幾何の証明問題を、新たな別のやり方で解いている気分になれるのだ。

 全編、if(もしも)をばねに、詩を、社会や生きることを、語るという内容だ。

 

 「はじめに」からいい詩が載っているのだが、ここではアーサーさんがifを使った一番の力作かという・「雨ニモマケズ」のますらおバージョンに当たるとも書いているラドヤード・キプリング(ジャングル・ブックの生みの親)のものをまず紹介したい。

 

 「説教くさい内容にもかかわらず、語りのうまさで読者を飽きさせず、抽象的であっても本人の豊かな人生経験がすべて裏打ちしていることが分かる」とはアーサーさんの弁。

 

 松下幸之助や石田梅岩、ビル・ゲイツなどの・いまも綿々と続く人生出世哲学や相田みつおに、ある時はかぎりなく近づくように見えながら、遠く隔たっているのは、社会の流通観念に依存しないで、自立した個人の価値観を信じて社会を生きぬこうとした人間の言葉が、ひとりの人間の中で、十分に反芻され、ひとつの鮮明な像となって紡ぎだされているからなのだろうか。

 

  もし  ラドヤード・キプリング

 

もし、きみが落ち着いて行動できるならー

たとえまわりの人間がみんなパニックに陥って

きみに非難を浴びせたとしてもー

もし、きみの力を信じるものがいなくても

自分だけを信じて進んでいけるのならー

同時に過信しないで、自分を疑い続けられるなら―

もし、延々待たなければならないときでも

待ちくたびれることなく、たとえ陰で悪口やウソを

いわれても、それを返さず、ウソの売り買いにとりあわず、

もし、人に嫌われようとも、人を嫌うことなく、

また八方美人を演じないで、生意気な口も

利かずに歩んでいけるのならー

 

もし、夢を一生懸命追いかけながらも

夢に支配されずに生きていけるのなら―

もし、つねにものごとを深く考え、でも

考えるだけで終わりにしてしまわないのならー

もし、勝利の女神がほほえんでくれても

災難が降ってきたとしても、そのどちらも真に受けず、

当てにならない相手として等しくつきあえるのならー

もし、自分が発した真実の言葉が、ずるい連中に

歪曲され、人をひっかける罠に使われたとしても、

一生かけて作り上げてきたものが無残に壊されても

古い道具を手にとり、もう一度ゼロから

こつこつ建てなおしていけるのなら―

 

もし、自分がそれまでに勝ちとったものすべてを

一回のコイン投げの運に賭けることができるならー

そしてそれが外れたとき、初心に返り再出発して

自分の損失に一切、一言も触れずにいられるならー

もし、心臓も神経も筋肉も衰えたのち、精神力だけで

体を奮い立たせ働かせることができるのならー

もし、持ちこたえられる力などどこにもないのに、

「もちこたえるんだ!」という意思が

あきらめを知らずにねばってくれるのならー

 

もし、群衆を相手に演説をぶつ身となったとしても、

俗物になりさがることなく、国王や皇太子と交際しても

庶民の感覚をずっと持ち続けることができるならー

もし、敵にも、愛する友にも、すきを見せず

深手を負うことなく触れあっていけるのなら―

もし全ての人間の価値を認めた上で、かたよらず、

だれも買いかぶらずに見極めることができるのならー

もし、情け容赦のない時間の流れの中で、一分一分を

その六十秒いっぱい全力疾走できるのなら―

それなら

この地球は丸ごと

きみのものだ。

そして息子よ、そうなったら

きみは一人前の男と言えるのだ。

(訳:アーサー・ビナード)

 

 う〜ん、になろうと思ったことなど一度もないけど、普通の人々すら、やくざになってしまうこんなネット社会で、一人前の人になるのは難しいよ。(・∀・)○

 

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