2017年初めての紅葉:道道141号

  • 2017.10.13 Friday
  • 11:27

 苫小牧にある超繁盛店マルトマ食堂と手打ち蕎麦店に行ってきました。飲食店をやっているので、違う業種でも食べ歩きをしなければいけません。手打ち蕎麦は、新蕎麦時期に特によく行きます。同じく蕎麦粉を使う精養軒の手打ち冷麺との食感を含めた違いを確認する必要があるからです。先日三笠高校で講演会がありました。地元農家と力を合わせて新しい食材としての魅力を作り上げる山形の奥田政行シェフです。面白く学ぶことの多いお話しでしたが、非常に身につまされる話があります。

 『夢や志を持つ調理人はいっぱいいた。けれど店を繁盛させなくてはそれを実現させることはできない。』

 奥田シェフは彼のかかわったすべての店が超繁盛店になっているそうです。

 『ひととひとのつながりを大事に。約束を守る。信頼する。』

 それについて、失敗した、ある有名なシェフの話をされていましたね。

 

 わたしは人づきあいが苦手です。精養軒は経営的に全然甘い。わたしたちのようにバックのない人間は、最低限の社交性や政治性がなくちゃだめだなぁ、と思わされたことでした。

 

 店中、天井まで、訪れた有名人の写真や色紙が貼られていたマルトマ食堂を後にして、道道141を通って、樽前山・支笏湖わきを抜け岩見沢に帰ることにしました。今年初めての紅葉を見れるかもしれません。晴れた日の紅葉もいいんですが、雨の日の紅葉もなかなか風情がありますね。モノトーンの空と雨に濡れた道路。

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 紅葉と一言で言えても、一つとして同じ色彩がありません。

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 黒い幹と枝に、対照的な色彩の世界です。

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 あ〜、いい気持ち。なんて奥行きのある色彩の世界でしょう。

 右コーナーを回ったところで、道路わきに車を止めて、見知らぬ老人が、雨の中、木から次々に舞い降りる枯葉に、両手を広げて触れようとする不思議な光景に出合いました。

 一期一会のおじいちゃん、達者でね!!

千歳meon農苑 近さんのこと:『ひとは見たものを記すが、わたしは記したものを見るのだ。』

  • 2017.07.25 Tuesday
  • 23:14

 今年初めて奥さんと、休みの日にタンデムツーリングをした。彼女はバイクの後ろで寝る癖があるし、二人乗りはソロとは違って事故を起こす訳にはいかないので慎重を期して、近場のニセコに行くことにした。小樽周りで、余市へ。尊敬するニッカの創業者・竹鶴と奥さんのリタゆかりのニッカウイスキー蒸留所内の二人の家を見学した。こころざわつく日が多いから、ふたりの苦しみや喜びに近づくと、落ち着くのだ。

 

 翌日ニセコひらふから、美笛峠を越え、支笏湖のレイクサイドを抜けて千歳に向かった。途中近さんのmeon農苑に寄ることにした。

 着いたら看板が。

 あちゃ〜、閉まっている? よく見ると都合で食事はできないが、飲み物はあるとのこと。

 奥さん、岩見沢にいた頃と全く変わりません。今日は、看板を見て皆さん帰られるので、開店休業です、とのこと。

 コーヒーとココアをお願いした。ゆったり、二人で飲んでいると、庭園のはずれに近さんらしき人が見える。仕事が一段落したのか、こちらに近づいてきた。去年大学以来の友人が東京から来たのでここに案内したのだが、そのときよりさらに痩せていて驚いた。

 痩せてはいたがすごく元気。

 

 ボランティアで、3年間、友人のワイン醸造所の庭作りにをやっていて朝6時に岩見沢を出て余市へ行ったりで、毎日15時間は働いているかなぁ。その間新潟の友人の庭づくりもやってすごく忙しいの。でも11月から4月まではヒマだから、体重も増えるんだよ。今高校時代の体重に戻って53kgだけど、冬は65kgくらいになる繰り返し。

 

 そんなによく仕事できますね。エネルギッシュなんだなぁ、と思わず言ってしまうわたし。

 

 いや〜、もう70になるんで、ちょっと仕事をセーブしようかなって思ってるんだけど、動けるうちはやらないとね。

 

 何にでも、どうでもいい悩み方をして、力のないウルトラマン(←それじゃぁ、ウルトラマンじゃないだろう_| ̄|○)の3分後のように、すぐエネルギーの切れるわたしとは大違い。近さんのお話しを聞くだけで、居ずまいを正される。

 岩見沢の「わたしの部屋」を閉められて、札幌で店をやり、その後千歳で年来の夢5000坪のmeon農苑を始めらられて13年。途中で一度お伺いしたときは、これは絶対無理ではないか思った。そして3年前meon農苑に行って、度肝を抜かれた。この目の前の光景が、あの時、見えていたんだ、近さんは。

 その時の最初の近さんの、いつものゆったりとした笑顔の言葉は忘れられない。

「(来るのが)遅かったね。」

 わたしには、(わたしが見通すのが)遅かったねと言われているような気がした。どの分野の学者の言葉だったか、わたしの好きな言葉に『ひとは見たものを記すが、わたしは記したものを見るのだ。』がある。わたしにとって、近さんのmeon農苑だって、湯川秀樹の中間子論やニュートンの微分論と同じだ。

 

 余市の友人のワイナリーもぜひ見に行って、素敵だからと念を押されて、カードを渡された。人を送るからと、近さんは出ていかれた。

 近さんが座られていた椅子。近いうちに行ってみますね、近さん! 

 お話をうかがえてよかったです!!

京都食べ歩き:熟成肉繁盛店

  • 2016.11.29 Tuesday
  • 18:43

 熟成肉が脚光を浴びるようになって3〜4年ほど経ったでしょうか。流行り始めた頃に、東京と神奈川の熟成肉の有名焼肉店・精肉店を回りました。その時の熟成肉についての印象は2014年の記事に書いています。

 

 本来やる価値のある肉の熟成が、ただ流行りということで、営業面の評価だけで始めるのは、あまりに衛生上のリスクを過少評価している気がします。焼肉・食肉業界に対する評価を下げる事件が起こらないか不安な印象を持ちました。

 

 熟成肉に対するその当時の疑問は、現在も変わりません。仕入れ業者に聞くと、北海道ではもう随分下火傾向だとのこと。京都ではまだ熟成肉の繁盛店があるとのことで行ってみました。

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 キムチの6種盛りです。当店もキムチを常時7〜9種類用意しております。この店では梅干しのキムチとミニトマトのキムチ、そして何故かチャンヂャ(タラの塩辛)がキムチに入っています。梅干しのキムチは、4〜5年前にけっこう流行りましたね。ミニトマトは当店でもやっております。女性のお客様に出すことが多いサラダ感覚のキムチです。当店は浅漬けですが、こちらの店は結構漬かっていました。

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 ユッケジャンスープ。けっこう辛い。でも一緒に食べた二人は辛さに強いので、そうでもないとのことです。

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 韓国冷麺とメニューにありました。麺は蕎麦粉の入っていない業務麺です。肉のないシンプルな盛り付け。

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 天肉とウルテ。京都の友人の注文したもの。京都は今ウルテ(牛です。精養軒は豚)の柔らかいものが入荷できず困っているとのこと。ここのも、とても歯が立たない。

 天肉は全くサシが入っていません。煮込み用にはいいですが、直接焼く場合は、和牛でなければ硬くて厳しいかも……。

 

 次の写真が、熟成肉の上カルビと上ロースです。メニューの写真を見て、東京で食べた熟成肉とは違い、きれいに色が咲いていたので注文しました。

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 出てきたのは、東京の時と同じく、肉の表面の変色を削っていないままです。わたしには口に入れた瞬間、変性臭のような(すみません。もっと臭い自家製チョングックチャンは平気なくせにね!!)牛肉です。一緒にいた二人は、噛んでいる途中で感じたと言っていたので、人によるのかもしれません。

 豚の丸チョウホルモン(豚白コロホルモン)と並んで、やはり現段階では当店でやるつもりのないメニューといえそうです。 

東京美術館巡り◆Ь緻郤辺

  • 2016.11.28 Monday
  • 22:39

 東京でフリーランスの仕事をしている・学生時代からの友人Rに、面白そうな美術展を調べておいてと、アイ・パッドを使って初めてメールした。

 彼女の提案は、上野でやっていたゴッホとゴーギャン展だった。美術に素人な大方の人間は多分ゴーギャンよりゴッホが好きだと思う。その証拠にわたしもゴッホが好きなのである。待ち合わせしたのだが、わたしの午前中の予定が毎日違うので、待ち合わせ時間に間に合わず、別々にみることになった。方向音痴のわたしは上野公園で道に迷い、遅れて美術館に入ったが、間違ってデトロイト美術館展の方に入ってしまった。
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 何の予備知識もなく書いているのだが、たぶんかつて自動車産業で栄華を誇ったデトロイトが、金のものを言わせて世界の美術品を購入したのだと思う。ところがアメリカ自動車産業の衰退とともに、夕張化したデトロイト市が、世界各地の美術館に作品を貸与して、今回の美術展が開かれたのかと想像したのだが、本当のところはわからない。とりあえず教科書にあるような有名な作品が目白押しであった。

 その中にゴッホの自画像があった。ゴッホは自画像をいくつか描いているが、デトロイト美術館にあるこの自画像を見ているうちに、わたしの心臓が妙にばたつき始めた。動悸が激しくなってきた。こんなことは初めてだ。ゴッホの唇の脇と耳の下の流れるような赤い線が目から離れない。本を買ってきたのだが、実物と全く違う色合いに驚いた。こんなに違うんだぁ〜。黄色と赤の描線が全く違うじゃないかぁ〜。素人がこの印刷の自画像を見ても、衝撃は受けないんじゃなかろうか。やはり素人こそ本物を見た方がいいんだ、と思った。
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 その後順路で二階にあがると、ドイツ表現主義の時代の作品群であった。第一次大戦後に始まり、ナチスドイツに<退廃芸術>と烙印を押され、作品を燃やされた芸術家たちだ。

 最初にカンディンスキーがあった。引き込まれていると、あれ、あれ、ちょっとまずいぞ。ますます心臓の鼓動が激しくなって、気分もよろしくない。休み休み観ながら、へろへろになって出てきた。Rからメールが入っていて、ゴッホとゴーギャン展を観ているという。

 次の日もRと上野で待ち合わせたのだが、遅れた。先にルーカス・クラナッハ展を見ているとメールが来た。

 国立西洋美術館で開催中。たぶん日本でただ一つのコルビジェの建築。

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 以前ブログでも紹介した版画家・山本容子さんの本、『犬は神様』の主人公ルーカスの名は、このクラナッハから来ている。

 ドイツルネッサンスを代表する大クラナッハ。わたしはこの人のむっちりした裸体画が、解放された気になって好きなのである。ルーカス・クラーナハ展とある。クラナハとも書かれる名の本当の発音はどれが近いんだろう。非常に見ごたえのあるもので、特に魅かれたのがいくつかあった。あとでRに言われた。
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 「わたしが横にいたのに気づいてなかったでしょ。最初は、気付かないふりをして冗談かと思ったけど、肩が触れるくらいにそばにいたのに全くこっちを見ないで観ていたから、ほっといた!」

 おぅ、そうどしたか、ごめんね。そう言えば学生のとき、図書館に本を返すと言って、一緒にいた友人を外で待たせた。面白い本が目に入ってそのまま館内の椅子に座りこみ、友人のことを忘れてえらく怒られたことがありましたなぁ。←当たり前だ!! 普段は半分口を開けて人の話も上の空。う〜ん、たしかに客観的に言って、社会性の欠如したアホウでありますね。
 親友の美術専攻の奥さんに、「クラナッハが好きなんて今どき変わってるわね」と言われたっけ。
 

 美術館の外でRを待った。どうしようか迷ったが、せっかく東京に来たので、ゴッホ・ゴーギャン展も観ることにした。

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 いくつか自画像があって、昨日の作品と同時期と思われる、全く同じ構図のものがあった。昨日のように唇と耳のところに赤い流れるような線はない。動悸の変調もなく、観ることができたが、正直に言うと非常に疲れた。←当たり前だ。二日で三つも骨身を削るように描いた作品群を見たらだれでもそうなるだろうよ。

 でもあの心臓の変調は、なんだったんだろう。

 

 ちょっと落ち着くために夕暮れの上野公園を散策した。

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 上野公園内の東京文化会館。近代建築の祖・コルビジェの弟子・前川國男の作品。いまだつややかな庇(ひさし)。なんかエロティックで落ち着く。近代建築素材コンクリートの庇でございます。う〜ん、コルビジェ的ざんすね。

京都の11月:紅葉 光悦寺で。

  • 2016.11.25 Friday
  • 00:01

 今岩見沢は氷点下11度でございます。道路は完全な圧雪アイスバーン。なんか、今年は紅葉を見る間もなく夏から冬に突撃したような北海道でございました。東京・京都の研修旅行に行く前の日から、岩見沢は吹雪いたのに、東京では半袖Tシャツを着て友人に馬鹿にされる始末でしたな。

 京都は11月初旬では紅葉にはちょっと早かったのですが、食べ歩きで京都の山奥に行った帰り、尊敬する若い友人のさんお勧めの光悦寺にぶらっと寄りました。その寺が有名なのかどうか全くわかりませんが、いい風情どしたな。今年紅葉を観そこなった皆さまに……。まだ少し早く、雨模様のなか。
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 正面の門から。さらに奥へ。
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 和服姿のお嬢さんが三人。

 中廊下の向こうへ。
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 ちょっと、なぜか朝鮮の古い塀を思い出させる味わい。


 頭の上はまだ戸惑い気味の紅葉。
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 足元にもはらはらと散っています。
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 手元の竹垣にも紅葉(もみじ)が。
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 ちょっとひと休み。
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 目の前の風景その一。
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 目の前の風景その二。段々日が暮れて来ます。英語圏の人がひとり写真を撮ってもらっていました。いい思い出になりますとおっしゃって。
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 頭の上にある、こころのかたち。
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 帰り道で。誰か有名な僧侶(?)のお墓。
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 あ〜、気持ちよかった。教えてくれてありがとう、さん。京都の楓って、北海道の半分ぐらいの大きさって気がする。

京都食べ歩き

  • 2016.11.23 Wednesday
  • 00:16

 京都食べ歩き焼肉店第二弾でございます。

 

 近江牛A5クラスの牛肉を出して大大繁盛店でございますね。ここは比較的新しくできた繁盛店です。そう大きくはないのですが、別館も用意されている繁盛ぶりです。

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 ここ十年くらいの間に流行りのディスプレイですね。それ以前は店の中で、お客様に見えるように置いていました。今や外から道行く人に見えるように置いています。この流れに東も西もありません。昔は東京と京都は本当に違った動きでした。それがわたしたちには勉強になったものですが……。段々<どうよ、この肉路線>が激しくなる今日この頃です。

 

 最近の焼肉業界超繁盛店の特徴の一つですが、ここの店も、お店のデザインや食器にこだわりはなく、昔ながらのステンレスの食器や昔ながらの焼肉店の店舗って感じです。店のスタイルと言うより、資本投下は最小限にして多店舗展開をするということなんでしょう。前回の焼肉店と違って排煙ダクトがロースターの上にまじかに設置されています。

 

 まずは『炙りユッケ』から。

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 当店のメニューでいえば、焼しゃぶに近いかな。当店は北海道の名産・山ワサビを使うので、たれは違いますが……。サーロイン3枚で1200円。京都でこの値段なら高くはないと思う。それを温泉卵入り醤油だれで食べます。焼肉に、炙りユッケという名称をつけるほどに、焼肉業界では、ユッケの存在が大きかったんでしょうね。薄切り牛肉に、温泉卵入りは、札幌でも見られる定番セット。発祥は東京だと思います。牛肉は見た目ほど和牛の味は濃くなく、食べやすい気がしました。

 

 次に流行りの厚切りタン塩です。包丁の入れ方からマンゴータンとかいうお店もありますね。

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 写真は色が濃いですが、実物はもっと美味しそうな色でした。厚み2cmはありそう。

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 焼くとナイフの入れ方がわかります。全国的に人気なのはわかりますが、食べるとグニュグニュして個人的には食べづらいかなぁ。当店は梅ダレで食べますが、ここはレモンだれの他に、やや珍しく梅塩がついていました。

 

 次にミノのたれ焼です。身の厚い輸入ものです。去年から精養軒はミノの切り方を変えました。ここのはオーソドックスな切り方です。

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 先ほどの炙りユッケもそうですが、このミノもただたれを上からかけただけです。チェーン店の味付け方法の波が個人店にも来ているのでしょうか。誰でも調理できて多店舗化しやすく、たれをもみ込んだものより見た目もいいいのでしょうね。昔の京都なら考えられなかった気がしました。

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 定番のキムチ盛り合わせに、定番のナムルの盛り合わせです。ここでも中国産の大豆を使った市販のもやしでした。

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 チョレギサラダ。韓国海苔がかかっているのが珍しい。

 冷麺。メニューには盛岡冷麺と謳っていました。びっくりしました。とうとう京都にまで盛岡冷麺が、メニューとして登場したのです。盛岡の人はびっくりするでしょうね。ナムルがトッピングされているんですから。精養軒の手打ち冷麺は、蕎麦粉9割で、盛岡冷麺ではありません。

 個人的には盛岡冷麺も大好きです。けれど率直言えばここの盛岡冷麺はがっかりしました。美味しい不味い以前に、盛岡冷麺ができるまでの苦闘の歴史や、独自の味をまるで感じることのできないものだったからです。

 

 30年以上前、京都や大阪の焼肉店に行った時の衝撃は忘れません。あまりに東京と違っていた独自の料理だったからです。北海道はというと、当時東京と比べればあらゆる点でお話しにならない水準でした。

 今回の食べ歩きでわかったことは、繁盛店チェーン店を媒介にして、東京と京都の違いが、なくなりつつあるということでした。そういう点で個人店が独自に生き延びる道があるはずです。

東京美術館巡り Г舛劼軾術館

  • 2016.11.22 Tuesday
  • 00:54

 今回、おや爺の東京・京都研修旅行では、行くつもりのなかった美術館でした。たまたま石神井近くで用事があり、そこの駅に、ちひろ美術館の最寄り駅は上井草です、と書かれていました。少し時間があったので寄ることにしたのです。

 

 若い頃、わたしのいわさきちひろさんのイメージは、絵画のソフトフォーカスって感じで、現代美術ぽくない気がしていました。健全なイメージが、自分のやさぐれた大学生活とはかけ離れているとも思っていましたね。さて40数年後実際に見るちひろさんはどうでしょうか。

 この美術館はちひろさんのご自宅兼アトリエだったようです。

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 美術館の外では、小さな子供を連れた若いお母さんが談笑していました。中は柔らかい陽がさして、働いている方もゆったりしていい感じです。軽い食事をするところも本やグッズコーナーもありました。けれど私が一番惹かれたのは、小さな中庭です。

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 本当にちいさな、ちいさな庭。

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 八歩歩いたらもう戻ってしまうような庭に立つと、びっくりするほど、湿った・濃い土の香りです。初めて中庭っていいもんだな、自然の、生命の匂いってすごいもんだと思いました。

 

 次にとっとちゃんのアトリエコーナーに入った時の木の匂いもなかなかいいものでした。パンフレットをスキャンしました。

 

 下の絵はベトナム戦争の中の子供たちを描いたものです。

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 誰もが思うのでしょうが、ちひろさんの人物の魅力はまず目にあるのではないでしょうか。後ろを向いた姿にも、目はどんなだろうと想像してしまうほどに。

 この子の不均衡な目は、何にたたずむのか、こころが先へ行くことも、後戻りすることもできず、何故そこにいるのかを、強くわたしたちに訴えています。

 

 美術館に掛けられていた、こころの底にとどく、ちひろさんの言葉。

 

『おとなになること』

 人はよく若かったときのことを、とくに女の人は娘ざかりの美しかったころのことを何にもましていい時であったように語ります。けれど私は自分をふりかえってみて、娘時代がよかったとはどうしても思えないのです。

 

 人はよく若かったときのことを、とくに女の人は娘ざかりの美しかったころのことを何にもましていい時であったように語ります。

 けれど私は自分をふりかえってみて、娘時代がよかったとはどうしても思えないのです。

といってもなにも私が特別不幸な娘時代を送っていたというわけではありません。

 戦争時代のことは別として、私は一見、しあわせそうな普通の暮しをしていました。好きな絵を習ったり、音楽をたのしんだり、スポーツをやったりしてよく遊んでいました。
 けれど生活をささえている両親の苦労はさほどわからず、なんでも単純に考え、簡単に処理し、人に失礼をしても気付かず、なにごとにも付和雷同をしていました。思えばなさけなくもあさはかな若き日々でありました。

 ですからいくら私の好きなももいろの洋服が似あったとしても、リボンのきれいなボンネットの帽子をかわいくかぶれたとしても、そんなころに私はもどりたくはないのです。
ましてあのころの、あんな下手な絵しか描けない自分にもどってしまったとしたら、これはまさに自殺ものです。

 もちろんいまの私がもうりっぱになってしまっているといっているのではありません。だけどあのころよりはましになっていると思っています。

 そのまだましになったというようになるまで、私は二十年以上も地味な苦労をしたのです。失敗をかさね、冷汗をかいて、少しずつ、少しずつものがわかりかけてきているのです。なんで昔にもどれましょう。

 少年老いやすく学成りがたしとか。老いても学は成らないのかもしれません。

でも自分のやりかけた仕事を一歩ずつたゆみなく進んでいくのが、不思議なことだけれどこの世の中の生き甲斐なのです。

 若かったころ、たのしく遊んでいながら、ふと空しさが風のように心をよぎっていくことがありました。親からちゃんと愛されているのに、親たちの小さな欠点が見えてゆるせなかったこともありました。

 いま私はちょうど逆の立場になって、私の若いときによく似た欠点だらけの息子を愛し、めんどうな夫がたいせつで、半身不随の病気の母にできるだけのことをしたいのです。

 これはきっと私が自分の力でこの世をわたっていく大人になったせいだと思うのです。大人というものはどんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間になることなんだと思います。

 

ちひろ美術館・東京:〒177-0042東京都練馬区下石神井4-7-2電話02-3995-3001

 

長野県のアトリエも美術館になっているようです。

安曇野ちひろ美術館:〒399-8501長野県北安曇郡松川村西原3358-24 

京都食べ歩き

  • 2016.11.21 Monday
  • 12:12

 京都で50年近くやっている焼肉の超繁盛老舗です。わたしには、中は非常に懐かしい雰囲気でした。 オモニ・アボジの時代の店を思い出させます。建物が古い訳ではなく、そんな作り方です。炭火でもなく、勿論無煙ロースターでもありません。ガスコンロがあるだけ。メニューもせいぜい10品目くらい。キムチも白菜だけ。スープも一種類、ハチの巣や天肉。豆腐などが入った、在日朝鮮・韓国人の家庭料理のスープ。懐かしい味です。ご飯ものもビビンパプくらいでしょうか。

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 ごく一般的なナムル3種盛り。ほうれん草の代わりにきゅうりのセンナムルはちょっと珍しいかも。大豆もやしもごく一般的な中国産大豆です。

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 カルビ・ロース・天肉の3点盛り。カルビ・ロースが1200円、天肉が800円なので、当店より1.8倍くらいの値段と云うことですか。京都でもちょっと高いということでした。天肉はサシが全然入っていません。

 

 ミノはペラペラのやや硬いミノ。和牛のミノかもしれません。独特の味がします。北海道ではブーイングが出るでしょう。北海道の最近のお客様だけでなく、店舗でさえ、とりあえずミノに対しては、やわらかさと厚みを求めて、ミノ本来の味を知らない方が多いのです。

 精養軒のミノはそういう意味では、毛色が変わっているかもしれません。わたしも親の手伝いをして、子どもの頃ミノを処理した経験がなければ、わからなかったと思いますね。経験のありがたみと言うのはいつどこで気づくはわかりません。

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 京都でよくあるミズ菜のサラダ。京都の友人はおいしいと言っていました。

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 唯一ある牛の内臓系スープです。懐かしい味。

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 刺身が3種類ありました。牛ハツ、センマイ、そしてこのタンです。まだやっているんだぁ。実は30年くらい前京都で食べ歩きした時、気に入って精養軒でも20年くらい前まで出していました。その時と同じ味です。醤油にカラシで食べます。

 

 裏メニューが一つあり、それで最期を占めるらしいのです。実はこれが食べたくて来ました。葱ギャラと云うものです。当店でギャラ(牛の4番目の胃)は人気メニューのひとつなので、超繁盛店の人気メニューでどのように調理されているか非常に気になります。

 

 えらく時間がかかると思ったら、焼いて持ってきたものを火を切ったロースターに載せて食べると言うものでした。賄いメニューだったのかなぁ。醤油たれ系の味でした。

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 当店を含めて、創業50年とか60年の大衆料理店は、中途半端だといえます。これは卑下している訳ではありません。歴史や伝統を極めた調理方法で、創業100年300年のほんとうの老舗がある一方、日常の食材を使い、日常の調味料を使いながら、時代に残る料理を作っていけるのか、大衆店は常に問われている気がします。

 

 片方は伝統の街京都の超超繁盛店。方やシャッター街の地方都市に位置する・今回の旅で改めてわかった、相当変わりものの焼肉店・精養軒。商売のやり方を含めて、いろいろ考えさせられた店でした。

今をときめく建築家・隈研吾さんのデザインしたホテルへ:前篇

  • 2016.09.28 Wednesday
  • 21:03

 前回の記事で言い訳と誤解された方もいらっしゃるかもしれないと危惧した小心者のわたくし。そうでない証拠に今日のこの記事をあげたのでございますね。

 

 新国立競技場の設計を始め、今をときめく世界的建築家かつ東大建築家教授・隈研吾さんのデザインしたニセコのホテルが格安で泊まれることを、奥さんが発見。彼のデザインしたものは映像や本以外で見たことがないのでぜひ行ってみたい。(友人の建築家・武部によると、大樹町でアイヌのチセをモチーフにした面白い住居があると言います。)

 ホテルのホームページを覗くと、隈氏のコンセプトまで書かれてあります。

 

「アイヌの人々にとって自然は崇拝の対象であり、木一本にも神が宿ると考えられていました。
自然の恩恵を大事にする意識の表れからか、アイヌの伝統的な住宅では、木は構造としてだけでなく、
屋根材としての樹皮に至るまで余すことなく使われてきたのです。
One Nisekoではこのような人々の考え方を踏襲し、生きた自然を建築に取り込みます。
建物前面の庇は皮付きの木で覆われ、周囲の自然と呼応しながら人々をやさしく迎え入れます。」

 

 鶴雅リゾートホテルの追っかけをしているおや爺でございます。北海道で経営するホテル人がアイヌ文化をどう考えるのか? 最近の鶴雅リゾート、あの鶴雅といえども、サッポロ赤レンガ・函館のオーベルジュにいまひとつの手詰まり感が否めない。この隈氏のコンセプトに、多少の疑惑を感じつつも、抗えないのは必然でございましょう。

 

 在日朝鮮人として、朝鮮・韓国・日本の文化的なものにどう向き合うのか、いい加減なわたしの中では、ちょっと真面目になる・関心を寄せざるを得ないテーマであります。これはつまり日系アメリカ人二世や日系ブラジル人二世が、日本の文化を意識した時、日本で生まれ育った日本人と違って、ある種ねじれるように関わらざるを得ないのと似ています。

 

 もし北海道に住む日本人建築家が、日本(内地)の伝統的な建築様式を、北海道の現在(自分の生き方)に重ねるように、解釈しようとすると、同じ問題に行きあたると確信するおや爺でありますね。これは必ずしも負のイメージではありません。

 

 ホテル・ワンニセコはもともとはマンションとして建てられたものらしい。それを隈研吾氏が、エントランス、ロビー、温泉施設、バーのデザインを、上記のコンセプトで引き受けたようなのです。

 

 当日・次の日も、北海道中快晴でございました。タンデム・ツーリングには絶好の日和と申せましょう。

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 さてコンセプトに則った実際のファザードはこうです。正面左から遠景。

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 正面左から。木の庇(ひさし)がうねっておりますね。

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 それに続く右側の遠景。もう少し近くで見てみましょう。

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 正面左より。

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 中央側。

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 右側です。

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 更に宿泊者の特権として、俯瞰で。なんかちょっと現代美術家・川俣正的?

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 入口。

 

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 入口。

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 ロゴ。

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 入口玄関。木目を刻んだタイル(?)。ニセコは豪雪地帯に入ると思うんだけど、これらの庇は冬にどう機能するのかしら?この階段はロードヒーティングになっていないと管理が大変だろうなぁ。冬に一回来てみたいもんです。

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 ロビー。これはえらいインパクトでした。写真では大したことありませんが、牛のアートがすごい。それとの対比効果なのかどうか、背景は雑草なんですが、その雑草の緑が、目も覚めるような鮮やかさで、まさに眼に飛び込んできます。

 

 ん〜、でも素人のわたしには、ファザードに、正直あまり感動はなかったかなぁ。コンセプトを実感する力はわたしにはありませんでしたがや。これは忘れずに書き添えておきますが、ホテルとしては非常に気もちのいいホテルです、念のため。(この記事続く)

イングリッシュ・ガーデンで

  • 2016.07.12 Tuesday
  • 17:15

 先日、ふたりで英国式ガーデンに行ってきました。車を止めるところを迷っていたら、オーナーの息子さんに会いました。移設した年代物の建物の二階で昼食を終え、コーヒーを頂いていたら、オーナーがいらしてくださいました。案内していただきながら、お話しを初めてお聞きする機会を得ました。テレビや雑誌の取材でものすごく忙しい日々を送ってらっしゃいます。

 

 わたしは植物のことを何も知りません。高校まで生物も大の苦手。バラの品種改良原種に日本のはまなすが使われることも初めて知りました。はまなすってバラ科だったんですねぇ。どうして世界中でバラは特別のものになったんでしょうね。以前、旧約聖書で出てくる<シャロンのバラ>なんて、てっきりバラだと思っていたら、当店にも植えている白い槿(むくげ)と知って驚いたことがありました。それほど、ユダヤ・キリスト教圏の人にとって、バラが特異な地位を占めるのかしら。

 

  北海道で植物の育てる苦労や楽しみをお聞きしながら、広い敷地の中を巡ります。途中レストランで一休みして、話をお聞きします。基本的にわたしは人と会ったり、話をするのが苦手なんですが、Mさんの話しに時間の経つのを忘れてしまいました。興味があると人の迷惑も考えずずっと聞いてしまい、相手の都合を忘れるわたしの悪い癖が出てしまいました。

 

 もともとはアンティークなものや雑貨販売に関わる仕事をされていて、花は何の知識もなかったこと、30年ほど前からこの庭園造りを始められたことを知りました。体験に裏打ちされた・あぁ、ほんとにいいなぁというお話がいくつもこころに残っています。

 

 花の教科書は東京中心で、豪雪地帯ではうまくいかないことが嫌になるほどありますと、淡々とおっしゃって、蔓薔薇の、この地での育て方を話されるのです。聞きながら、東京で花を育てる人間と、花が咲いているという表面の事実は同じように見えて、見えない背後にずっしりと失敗を含めたこの地での実体験と知識が詰まっているっていうのはすごいことだぜ、って思いました。

 

 40年以上前、17歳のときイギリスに留学された・仕事柄外国人と会うことも多いMさん。最近は中国人のお客様が多いそうです。

 中国人に対するイメージっていうのは、もう全然違いますよ。今までの持っているもので見るととんでもない。日本人にもいい人間と悪い人間がいる。中国人だってそうです。国と国ではなく、いつもひととひとなんです。

 

 やめたくなることはないんですか、と聞くと、そんなことはしょっちゅうだけど、10年経つともうなにもかも風景が変わってしまうのが当り前な世の中で、風景や、その風景の中で、たとえば、おばあちゃんとクリ拾いをしたという思い出の場所を作り、残しておきたい、とおっしゃるのです。

 精養軒も、小さなお子さんだったお客様が大人になり、都会に出て、正月やお盆に帰っていらっしゃいます。季節によって建物の蔦の色は変わるでしょうが、あの子どものときと同じ店がある、と思われる店や建築にしたいと思っています。つねに変化しながら変わらない店でありたいのです。

 

 やめるのは簡単だけど、続ける意味を子どもたちに伝えたいともおっしゃっていました。続けるということで二人の言葉を思い出しました。ひとりは、本田技研研究所の所長として、グランプリレースを指揮した入交昭一郎さんです。失敗を重ねても、日本人が、組織的に耐えられるのは3年だということを、『some day we will いつか勝てる』の中で語っていました。

 もう一人は誰だったか、もし何か本気でやろうと決めたら、十年少なくとも研鑽を続ける。その前にやめたら、この世界ではタコなんだ。十年やってはじめて才能がないと骨身にわかったとしても、その後の人生で十分対価を得られるんだ。

 わたしのようにトンマで、才能のない人間にとって、ずっと救いになって来た言葉です。

 

 わたしの好きなこの言葉もおもいだしました。勿論これは才能豊かなMさんのことではありません!

<if the fool would persist in his folly, he would become wise. 無能な者がその無能さに固執するなら、必ずや、なにものかを得るはずなのだ。>←いつものように、わたしの体質で潤色した訳です、すみません。

 

 庭園をデザインするとき、数年先の樹木の成長を考えて空間を造形することを考えている。人によっては、最初からきちんと植えて、あとで余分な植物を抜いていく方法をとる人もいるけど、わたしは基本的にそうしない。いずれ完成する姿を想像しながら今を作っていきたい。

 途中で評価されるのが怖くありませんかと聞くと、しょうがないけど、最終的によくなればいいんですとのこと。

 

 これはますます難しい行為になってきているように、わたしには感じます。ネット社会になって何が詰まらないかと言って一回のツイッターの発言やブログの一記事ですべてを簡単に評価し、そして何事もなかったように忘れてしまうあり方です。小説の途中で小説総体を評価するばかげた行為のように。しかも、多数派に匿名でなびく賤しさ。いつも運動の中で人や社会を見ていたい。

 

 庭園の写真を撮りませんでした。お話しを聞いて、写真で今を切り取るより、なんどか通って、変わるものと変わらないものを、自分の目に残したいと思いました。

 

 帰りがけ、北海道の夏の爽やかな光りの中で、ルビーのように輝くカランツの実を枝からとってくれたオーナー。もちろんわたしは聞いたことがない植物名です。奥さんは料理に使われるカラントで知っているようでしたが……。

 食べると、甘く酸っぱい・陽をいっぱいに浴びた味です。本当に気持ちのいいひと時でした。へこむことが多くなったわたしに、一歩でも前へ進みたいなと自然に思えた時間を、ありがとうございました。 

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