韓国4日目、一度目の昼食:いま一番人気のピョンヤン冷麺屋・ウルミルデ

  • 2018.09.05 Wednesday
  • 00:36

 歴史的な南北首脳会談が行われ、北のもっとも有名なピョンヤン冷麺の店・玉流館(オンニュガン)の設備を持ってきて韓国のムン大統領に食べさせた日、ソウルのどの冷麺屋も行列ができたと言います。そしてこんな記事が新聞に出ていたと知り合いが教えてくれました。ヘッドラインは、『お前も正しい、おれも正しい、冷麺の嗜好』

 一列目真ん中の黒い麺の冷麺が、玉流館の冷麺です。真ん中のチェックリストは、check1がスープに何を使うか、check2は具材に度の肉を使うか、check3は飾りに何を使うかとなっています。

 

 左側の冷麺群は伝統の強豪店、右の冷麺群は新参の強者店それぞれの麺の粘性度・糖度も数値化されています。

 細かく配合が書かれています。店がそんなことを正直にすべて教えるとも思えないけど、言えることは韓国のスープは大半が牛。その他、豚・鶏の単体か、ミックスであることが分かりました。一方玉流館のスープは高麗雉と鶏のミックスです。共和国でも韓国でも、わたしはもう雉は使わないと思っていました。ただ、日本は北海道、岩見沢の精養軒だけが李朝以来伝統の雉スープを使っていると思っちょりましたが、勝手な思い込みでございました。ブログ読者にあらためてお詫び申し上げます。でも精養軒の場合鶏は混ぜてませんからね。そういう点では異例。岩見沢で高麗雉を育てている青丘園さんとの縁に感謝するおや爺であります。

 

 ちょっと驚いたことは、韓国でもトンチミや水キムチの汁を混ぜない冷麺店があるということですね。韓国でもと、書いたのは、日本の焼肉店の冷麺では、入れないのが普通だからです。歴史的な経過をたどれば、冷麺のスープは冬のトンチミのチェンムル(野菜の発酵液)が始まりでしたから。麺の性質をヨンド(粘弾性)で示しています。蕎麦主体の冷麺のtexture(質感)は、破砕性と稠密性(みっちり感)で判断した方がいいというのが、現在のわたしの考えです。

 

 北朝鮮に行ったことがないので、残念ながら玉流館の冷麺を食べたことがありませんが、いままでもソウルの冷麺はいろいろ食べ歩きしております。今回は、いま一番人気の冷麺専門店・ウルミルデでございます。ぐ〜たらアホおや爺と言えども、手打ち冷麺に、かなりの思想的重量を掛けているので気合いが入るのでございますね。

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 左の写真、おぅ、普段はせこせこ肩を丸めて歩くおや爺ですが、道場破りのようないでたちでございますね。右の写真、11時前だというのにもう並んでおります。仕事はどうした!!地元の人とお上りさんばかりのようでした。

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 左がビビム冷麺、右がピョンヤン冷麺。麺は、神戸の『元祖平穣冷麺』さんの似た感じです。少しざらざらしていて、一程度のゴム感、稠密性はありますが、破砕性は低いですね。如何にも澱粉質を加えた湯練り麺の王道と言う感じです。日本の手打ち蕎麦と比べるとゴム感があり、その分蕎麦粉の風味は薄いですね。ピビム麺は以前食べた『オージャンドン・ハムンネンミョン』の方が勉強になりました。

 

 スープも、元祖平穣冷麺さんと似た傾向です。3日目の夕食食べ歩き・『ポンピヤン』の手打ち冷麺の似た系列でした。そうしてみると、この麺とスープが、日本・韓国のピョンヤン冷麺の王道なのかもしれません。 あぁ、足腰が立つうちに、玉流館のピョンヤン冷麺を一度食べてみたいおや爺でありますね。

 

 精養軒の手打ち冷麺は、色々と蕎麦粉を変えるので、麺はいつも全く同じと言う訳ではありませんが、テクスチャーはそれらの麺と相当違いますね。打ち方・蕎麦粉の配合・その他の粉の配合・麺線の径の違いによるものです。

 スープは、高麗雉だけのスープストックに、5種類の出汁を加えます。これも大きな違いですね。日本蕎麦のように返しを使うのも特徴ですか。肉系もなく、飾り付けもシンプル、手打ち冷麺界の盛り蕎麦を目指しております。盛り付けは今変えようとしています。これは古いタイプの盛り付けです。と言う訳で好き嫌いはありましょうが、精養軒の手打ち高麗雉冷麺、独特の味です。

韓国4日目、二度目の昼食:千年手作り豆腐(チョンニョンソントゥブ)店

  • 2018.09.04 Tuesday
  • 22:28

 韓国食べ歩き滞在日の紹介がバラバラですが、4日目の二度目の昼食は、『千年手作り豆腐(チョンニョンソントゥブ)』に行ってまいりました。韓国の古い家屋をそのまま使っています。

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 けっこういい趣きです。ガラスの割れ具合も東京谷中の生活感が漂う下町風でわたしは好きですね。京都のスカした観光ムードもいいんでしょうが。

 でもトイレはどうでしょう。韓国はまだまだトイレとショーウイドウのガラスへの気遣いが甘いですね、って日本がここ30年ほどとりわけ歴史的な発展を遂げているだけですが……。ハワイのホテルも先進国なのに結構日本と比べるとあれって言うトイレがありますね。

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 ここは手作り豆腐の入った、手作りチョングックチャン(朝鮮の納豆系味噌)を食べさせる地元で超有名な店です。チョングッチャン(チゲ)と海鮮豆腐チゲを注文しました。

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 地元の人たちのみ。

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 下の写真は海鮮豆腐チゲ。さっぱりした味です。海鮮の味がもう少しあってもいいかなと思いました。渡り蟹・小さな海老・あさりが入っていました。ここの豆腐は絹ごし風です。

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 なんどかブログに紹介しておりますが、精養軒のチゲには、岩見沢産大豆を使って発酵させた自家製のチョングックチャンが入っています。朝鮮・韓国料理学の碩学・鄭大聲(チョン・デソン)博士に、朝鮮の味噌について色々お尋ねした時に、言われました。日本でチョングックチャンを作っているのは君のところ以外にないと思うと。わたしのところは小さいときからオモニが作って家庭料理で食べていました。味噌と言えば、テンヂャンは知られていましたが、まだ日本で、在日朝鮮・韓国人にもあまりチョングックチャン味噌について知られていない時代でした。

 

 その味噌を数日前から種付けしていたので、それも兼ねて、韓国の現在のチョングックチャンチゲを紹介したいと思います。

下はチョングックチャン。

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 食べて驚きました。専門店なのに発酵が結構浅いチョングックチャンでした。中身は葱と豆腐とチョングッチャンのみ。具が少なすぎるわりに、チョングックチャン自体に癖がなさすぎてわたしにはちょっと飽きる味でした。ほとんど日本の納豆のような味です。臭いもむかし食べたときほど強くありません。今の韓国の流行りなのか、たまたま発酵の浅い時期だったのかわかりませんが、韓国でも今やチョングックチャンの匂いが敬遠されているので、変化しているということかもしれません。まさに料理評価とは、<本場>の評価ではなく、<その場その時>の時空性を繰りこまねばいけないということかもしれません。

 

 さて今回精養軒で発酵させたチョングックチャンです。

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 左が発酵三日目で二段発酵初日ですね。右がさらに数日経ったもの。表面が乾燥したように見えます。

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 そこから塩を加えて、半年以上寝かせます。すると妖しい上にも怪しい・韓国にもない、岩見沢産大豆を使ったチョングックチャンが誕生するのでございます。

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 左の写真、今は日本食がブーム。韓国のロッテマートにも日本式の納豆が売られています。生納豆(センナット)と言うんですね。

 今回韓国に行って明らかになったスンドゥブの定義。日本語では、寄せ豆腐・おぼろ豆腐と訳されていますが、必ずしもそうではありません。右の写真は韓国の伝統的な豆腐です。イエトゥブ(昔豆腐)と書かれています。もともと韓国の豆腐は相当固い。オモニの話では背中に縄で縛りつけて歩いたと言います。イエンナルトブ(昔の豆腐)とかチョントントゥブ(伝統豆腐)ともいうみたいですね。それに対して柔らかい豆腐をすべてスンドウブと呼ぶようです。絹ごし・おぼろ豆腐・充填豆腐がこのカテゴリーのようです。下の写真は、充填豆腐ですね。

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 クックサンコン・スンドゥブと書かれています。国産大豆柔らか豆腐ってところですか。

デザインプラザ・イン・ソウル:近代建築の衝撃

  • 2018.09.03 Monday
  • 02:32

  ソウル滞在2日目の昼食を食べた後に、東大門市場(トンデムンシジャン)にある旧野球場跡に行った。奥さんの話だと計画を超える厖大な資金、時間ががかかったという。近づいて、デジャヴのように気づいた。高校同期の建築家・Tがソウルに行ったときに撮っていた写真だ!!

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 彼の評価がどうだったか覚えていないが、近づくほどに驚いた。木を用いない公共現代建築で、わたしがこれほど魅かれたものは今迄ないといっていい。広大な建築群に近づくほどに、内部に入るほどに、とてつもなくマッシヴな空間造形に圧倒される。今、圧倒されると書いたが、圧倒されながら、同時に我ながら驚くほど心が、解放され、安らぐ・いつまでも居たくなる空間なのである。こんな経験は初めてだ。近代建築の構成素材は、コンクリート・ガラス・鉄(金属)とするそうだが、まさしくこの3要素でこれほどのものができるのである。

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 巨大な像わきの国旗が残念だ。これがなければもっといい空間なのに……。

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 ひとの歴史や未来を感じる。

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 一緒に行ったバイトの皆さん。

 

 そこに二体の巨大な像が建てられていた。それがまたいいのである。誰の作品か忘れたが、この巨大な建築群に拮抗する素晴らしいものだと思う。

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 こちらは、flower blossom(開花)と言う題名の作品。もう一つはroad(道程)というタイトルだったような……。

 今回の旅行の直前にデジカメが壊れて、写真を自分で撮ることができなかったのが残念だが、わたしの力量ではとてもこの建築群をうまく写真に収めることは不可能だったろう。

 

 どうしても夜のデザインプラザも見たいという欲求を抑えることができない。バイトのみんなはつまらないだろうから、夕食後ホテルに戻って、奥さんと二人で行くことにした。カメラは奥さんのスマホ。結局一枚も撮ることはなかった。わたしのカメラの腕では到底無理なほど夜も素晴らしい空間だった。

 

 けっこうな人がいる。日本からわたしたちふたりが来て、この空間を、夜、歩いているのが、摩訶不思議なような自然なような気持だった。それまで一度として言わなかったのに、亡くなる直前、病室のベッドの上で、突然アボジがコヒャン(故郷)に行ってみたいと言っていたっけ。

 デザインプラザはいくつかのゾーンに分かれていて、わたしの一番のお気に入りは、博物館エリア脇の広い階段から地上に上っていく造形空間なのだが、そこを登っていくと、ピアノの曲が流れてきた。上にあがるとピアノが置かれていた。

 若いカップルがふたりで弾いていたのだ。初めて聞く曲だった。建物に反響しながら聞くその曲は夜のそこにふさわしい気がした。あまり感動したので、弾き終えた二人に拍手を送り、背後から声をかけた。

 なんと言う曲ですか? 

 驚き、少し恥じらうように、若い男の子が、プレインエイジアのリミックスですと英語で答えてくれた。ぼくらは日本から来ました、演奏にすごく感動しましたよと、英語で応じた。若い二人は嬉しそうに、わたしたちが上ってきた空間とは別の・薄暗がりの広い空間の中へ去って行ったのだった。そういう会話も自然に感じられるほど気持ちのいい場所なのだろう。

 この巨大な空間を見られただけでも十数年ぶりに韓国に来られてよかった。ふたりで夜の賑やかなソウルを、道に迷いながらホテルへ帰った。

 いつ完成した建築群かもわからないのだが、残念なことに打ちっぱなしコンクリートの劣化が進んでいた。建築の素人なのでよく分からないのだが、揺れや歪みを逃げるために、コーキングで逃げる部分があるはずなのに、そういう処置が施されていないように見える。

2017年初めての紅葉:道道141号

  • 2017.10.13 Friday
  • 11:27

 苫小牧にある超繁盛店マルトマ食堂と手打ち蕎麦店に行ってきました。飲食店をやっているので、違う業種でも食べ歩きをしなければいけません。手打ち蕎麦は、新蕎麦時期に特によく行きます。同じく蕎麦粉を使う精養軒の手打ち冷麺との食感を含めた違いを確認する必要があるからです。先日三笠高校で講演会がありました。地元農家と力を合わせて新しい食材としての魅力を作り上げる山形の奥田政行シェフです。面白く学ぶことの多いお話しでしたが、非常に身につまされる話があります。

 『夢や志を持つ調理人はいっぱいいた。けれど店を繁盛させなくてはそれを実現させることはできない。』

 奥田シェフは彼のかかわったすべての店が超繁盛店になっているそうです。

 『ひととひとのつながりを大事に。約束を守る。信頼する。』

 それについて、失敗した、ある有名なシェフの話をされていましたね。

 

 わたしは人づきあいが苦手です。精養軒は経営的に全然甘い。わたしたちのようにバックのない人間は、最低限の社交性や政治性がなくちゃだめだなぁ、と思わされたことでした。

 

 店中、天井まで、訪れた有名人の写真や色紙が貼られていたマルトマ食堂を後にして、道道141を通って、樽前山・支笏湖わきを抜け岩見沢に帰ることにしました。今年初めての紅葉を見れるかもしれません。晴れた日の紅葉もいいんですが、雨の日の紅葉もなかなか風情がありますね。モノトーンの空と雨に濡れた道路。

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 紅葉と一言で言えても、一つとして同じ色彩がありません。

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 黒い幹と枝に、対照的な色彩の世界です。

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 あ〜、いい気持ち。なんて奥行きのある色彩の世界でしょう。

 右コーナーを回ったところで、道路わきに車を止めて、見知らぬ老人が、雨の中、木から次々に舞い降りる枯葉に、両手を広げて触れようとする不思議な光景に出合いました。

 一期一会のおじいちゃん、達者でね!!

千歳meon農苑 近さんのこと:『ひとは見たものを記すが、わたしは記したものを見るのだ。』

  • 2017.07.25 Tuesday
  • 23:14

 今年初めて奥さんと、休みの日にタンデムツーリングをした。彼女はバイクの後ろで寝る癖があるし、二人乗りはソロとは違って事故を起こす訳にはいかないので慎重を期して、近場のニセコに行くことにした。小樽周りで、余市へ。尊敬するニッカの創業者・竹鶴と奥さんのリタゆかりのニッカウイスキー蒸留所内の二人の家を見学した。こころざわつく日が多いから、ふたりの苦しみや喜びに近づくと、落ち着くのだ。

 

 翌日ニセコひらふから、美笛峠を越え、支笏湖のレイクサイドを抜けて千歳に向かった。途中近さんのmeon農苑に寄ることにした。

 着いたら看板が。

 あちゃ〜、閉まっている? よく見ると都合で食事はできないが、飲み物はあるとのこと。

 奥さん、岩見沢にいた頃と全く変わりません。今日は、看板を見て皆さん帰られるので、開店休業です、とのこと。

 コーヒーとココアをお願いした。ゆったり、二人で飲んでいると、庭園のはずれに近さんらしき人が見える。仕事が一段落したのか、こちらに近づいてきた。去年大学以来の友人が東京から来たのでここに案内したのだが、そのときよりさらに痩せていて驚いた。

 痩せてはいたがすごく元気。

 

 ボランティアで、3年間、友人のワイン醸造所の庭作りにをやっていて朝6時に岩見沢を出て余市へ行ったりで、毎日15時間は働いているかなぁ。その間新潟の友人の庭づくりもやってすごく忙しいの。でも11月から4月まではヒマだから、体重も増えるんだよ。今高校時代の体重に戻って53kgだけど、冬は65kgくらいになる繰り返し。

 

 そんなによく仕事できますね。エネルギッシュなんだなぁ、と思わず言ってしまうわたし。

 

 いや〜、もう70になるんで、ちょっと仕事をセーブしようかなって思ってるんだけど、動けるうちはやらないとね。

 

 何にでも、どうでもいい悩み方をして、力のないウルトラマン(←それじゃぁ、ウルトラマンじゃないだろう_| ̄|○)の3分後のように、すぐエネルギーの切れるわたしとは大違い。近さんのお話しを聞くだけで、居ずまいを正される。

 岩見沢の「わたしの部屋」を閉められて、札幌で店をやり、その後千歳で年来の夢5000坪のmeon農苑を始めらられて13年。途中で一度お伺いしたときは、これは絶対無理ではないか思った。そして3年前meon農苑に行って、度肝を抜かれた。この目の前の光景が、あの時、見えていたんだ、近さんは。

 その時の最初の近さんの、いつものゆったりとした笑顔の言葉は忘れられない。

「(来るのが)遅かったね。」

 わたしには、(わたしが見通すのが)遅かったねと言われているような気がした。どの分野の学者の言葉だったか、わたしの好きな言葉に『ひとは見たものを記すが、わたしは記したものを見るのだ。』がある。わたしにとって、近さんのmeon農苑だって、湯川秀樹の中間子論やニュートンの微分論と同じだ。

 

 余市の友人のワイナリーもぜひ見に行って、素敵だからと念を押されて、カードを渡された。人を送るからと、近さんは出ていかれた。

 近さんが座られていた椅子。近いうちに行ってみますね、近さん! 

 お話をうかがえてよかったです!!

京都食べ歩き:熟成肉繁盛店

  • 2016.11.29 Tuesday
  • 18:43

 熟成肉が脚光を浴びるようになって3〜4年ほど経ったでしょうか。流行り始めた頃に、東京と神奈川の熟成肉の有名焼肉店・精肉店を回りました。その時の熟成肉についての印象は2014年の記事に書いています。

 

 本来やる価値のある肉の熟成が、ただ流行りということで、営業面の評価だけで始めるのは、あまりに衛生上のリスクを過少評価している気がします。焼肉・食肉業界に対する評価を下げる事件が起こらないか不安な印象を持ちました。

 

 熟成肉に対するその当時の疑問は、現在も変わりません。仕入れ業者に聞くと、北海道ではもう随分下火傾向だとのこと。京都ではまだ熟成肉の繁盛店があるとのことで行ってみました。

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 キムチの6種盛りです。当店もキムチを常時7〜9種類用意しております。この店では梅干しのキムチとミニトマトのキムチ、そして何故かチャンヂャ(タラの塩辛)がキムチに入っています。梅干しのキムチは、4〜5年前にけっこう流行りましたね。ミニトマトは当店でもやっております。女性のお客様に出すことが多いサラダ感覚のキムチです。当店は浅漬けですが、こちらの店は結構漬かっていました。

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 ユッケジャンスープ。けっこう辛い。でも一緒に食べた二人は辛さに強いので、そうでもないとのことです。

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 韓国冷麺とメニューにありました。麺は蕎麦粉の入っていない業務麺です。肉のないシンプルな盛り付け。

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 天肉とウルテ。京都の友人の注文したもの。京都は今ウルテ(牛です。精養軒は豚)の柔らかいものが入荷できず困っているとのこと。ここのも、とても歯が立たない。

 天肉は全くサシが入っていません。煮込み用にはいいですが、直接焼く場合は、和牛でなければ硬くて厳しいかも……。

 

 次の写真が、熟成肉の上カルビと上ロースです。メニューの写真を見て、東京で食べた熟成肉とは違い、きれいに色が咲いていたので注文しました。

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 出てきたのは、東京の時と同じく、肉の表面の変色を削っていないままです。わたしには口に入れた瞬間、変性臭のような(すみません。もっと臭い自家製チョングックチャンは平気なくせにね!!)牛肉です。一緒にいた二人は、噛んでいる途中で感じたと言っていたので、人によるのかもしれません。

 豚の丸チョウホルモン(豚白コロホルモン)と並んで、やはり現段階では当店でやるつもりのないメニューといえそうです。 

東京美術館巡り◆Ь緻郤辺

  • 2016.11.28 Monday
  • 22:39

 東京でフリーランスの仕事をしている・学生時代からの友人Rに、面白そうな美術展を調べておいてと、アイ・パッドを使って初めてメールした。

 彼女の提案は、上野でやっていたゴッホとゴーギャン展だった。美術に素人な大方の人間は多分ゴーギャンよりゴッホが好きだと思う。その証拠にわたしもゴッホが好きなのである。待ち合わせしたのだが、わたしの午前中の予定が毎日違うので、待ち合わせ時間に間に合わず、別々にみることになった。方向音痴のわたしは上野公園で道に迷い、遅れて美術館に入ったが、間違ってデトロイト美術館展の方に入ってしまった。
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 何の予備知識もなく書いているのだが、たぶんかつて自動車産業で栄華を誇ったデトロイトが、金のものを言わせて世界の美術品を購入したのだと思う。ところがアメリカ自動車産業の衰退とともに、夕張化したデトロイト市が、世界各地の美術館に作品を貸与して、今回の美術展が開かれたのかと想像したのだが、本当のところはわからない。とりあえず教科書にあるような有名な作品が目白押しであった。

 その中にゴッホの自画像があった。ゴッホは自画像をいくつか描いているが、デトロイト美術館にあるこの自画像を見ているうちに、わたしの心臓が妙にばたつき始めた。動悸が激しくなってきた。こんなことは初めてだ。ゴッホの唇の脇と耳の下の流れるような赤い線が目から離れない。本を買ってきたのだが、実物と全く違う色合いに驚いた。こんなに違うんだぁ〜。黄色と赤の描線が全く違うじゃないかぁ〜。素人がこの印刷の自画像を見ても、衝撃は受けないんじゃなかろうか。やはり素人こそ本物を見た方がいいんだ、と思った。
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 その後順路で二階にあがると、ドイツ表現主義の時代の作品群であった。第一次大戦後に始まり、ナチスドイツに<退廃芸術>と烙印を押され、作品を燃やされた芸術家たちだ。

 最初にカンディンスキーがあった。引き込まれていると、あれ、あれ、ちょっとまずいぞ。ますます心臓の鼓動が激しくなって、気分もよろしくない。休み休み観ながら、へろへろになって出てきた。Rからメールが入っていて、ゴッホとゴーギャン展を観ているという。

 次の日もRと上野で待ち合わせたのだが、遅れた。先にルーカス・クラナッハ展を見ているとメールが来た。

 国立西洋美術館で開催中。たぶん日本でただ一つのコルビジェの建築。

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 以前ブログでも紹介した版画家・山本容子さんの本、『犬は神様』の主人公ルーカスの名は、このクラナッハから来ている。

 ドイツルネッサンスを代表する大クラナッハ。わたしはこの人のむっちりした裸体画が、解放された気になって好きなのである。ルーカス・クラーナハ展とある。クラナハとも書かれる名の本当の発音はどれが近いんだろう。非常に見ごたえのあるもので、特に魅かれたのがいくつかあった。あとでRに言われた。
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 「わたしが横にいたのに気づいてなかったでしょ。最初は、気付かないふりをして冗談かと思ったけど、肩が触れるくらいにそばにいたのに全くこっちを見ないで観ていたから、ほっといた!」

 おぅ、そうどしたか、ごめんね。そう言えば学生のとき、図書館に本を返すと言って、一緒にいた友人を外で待たせた。面白い本が目に入ってそのまま館内の椅子に座りこみ、友人のことを忘れてえらく怒られたことがありましたなぁ。←当たり前だ!! 普段は半分口を開けて人の話も上の空。う〜ん、たしかに客観的に言って、社会性の欠如したアホウでありますね。
 親友の美術専攻の奥さんに、「クラナッハが好きなんて今どき変わってるわね」と言われたっけ。
 

 美術館の外でRを待った。どうしようか迷ったが、せっかく東京に来たので、ゴッホ・ゴーギャン展も観ることにした。

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 いくつか自画像があって、昨日の作品と同時期と思われる、全く同じ構図のものがあった。昨日のように唇と耳のところに赤い流れるような線はない。動悸の変調もなく、観ることができたが、正直に言うと非常に疲れた。←当たり前だ。二日で三つも骨身を削るように描いた作品群を見たらだれでもそうなるだろうよ。

 でもあの心臓の変調は、なんだったんだろう。

 

 ちょっと落ち着くために夕暮れの上野公園を散策した。

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 上野公園内の東京文化会館。近代建築の祖・コルビジェの弟子・前川國男の作品。いまだつややかな庇(ひさし)。なんかエロティックで落ち着く。近代建築素材コンクリートの庇でございます。う〜ん、コルビジェ的ざんすね。

京都の11月:紅葉 光悦寺で。

  • 2016.11.25 Friday
  • 00:01

 今岩見沢は氷点下11度でございます。道路は完全な圧雪アイスバーン。なんか、今年は紅葉を見る間もなく夏から冬に突撃したような北海道でございました。東京・京都の研修旅行に行く前の日から、岩見沢は吹雪いたのに、東京では半袖Tシャツを着て友人に馬鹿にされる始末でしたな。

 京都は11月初旬では紅葉にはちょっと早かったのですが、食べ歩きで京都の山奥に行った帰り、尊敬する若い友人のさんお勧めの光悦寺にぶらっと寄りました。その寺が有名なのかどうか全くわかりませんが、いい風情どしたな。今年紅葉を観そこなった皆さまに……。まだ少し早く、雨模様のなか。
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 正面の門から。さらに奥へ。
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 和服姿のお嬢さんが三人。

 中廊下の向こうへ。
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 ちょっと、なぜか朝鮮の古い塀を思い出させる味わい。


 頭の上はまだ戸惑い気味の紅葉。
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 足元にもはらはらと散っています。
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 手元の竹垣にも紅葉(もみじ)が。
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 ちょっとひと休み。
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 目の前の風景その一。
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 目の前の風景その二。段々日が暮れて来ます。英語圏の人がひとり写真を撮ってもらっていました。いい思い出になりますとおっしゃって。
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 頭の上にある、こころのかたち。
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 帰り道で。誰か有名な僧侶(?)のお墓。
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 あ〜、気持ちよかった。教えてくれてありがとう、さん。京都の楓って、北海道の半分ぐらいの大きさって気がする。

京都食べ歩き

  • 2016.11.23 Wednesday
  • 00:16

 京都食べ歩き焼肉店第二弾でございます。

 

 近江牛A5クラスの牛肉を出して大大繁盛店でございますね。ここは比較的新しくできた繁盛店です。そう大きくはないのですが、別館も用意されている繁盛ぶりです。

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 ここ十年くらいの間に流行りのディスプレイですね。それ以前は店の中で、お客様に見えるように置いていました。今や外から道行く人に見えるように置いています。この流れに東も西もありません。昔は東京と京都は本当に違った動きでした。それがわたしたちには勉強になったものですが……。段々<どうよ、この肉路線>が激しくなる今日この頃です。

 

 最近の焼肉業界超繁盛店の特徴の一つですが、ここの店も、お店のデザインや食器にこだわりはなく、昔ながらのステンレスの食器や昔ながらの焼肉店の店舗って感じです。店のスタイルと言うより、資本投下は最小限にして多店舗展開をするということなんでしょう。前回の焼肉店と違って排煙ダクトがロースターの上にまじかに設置されています。

 

 まずは『炙りユッケ』から。

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 当店のメニューでいえば、焼しゃぶに近いかな。当店は北海道の名産・山ワサビを使うので、たれは違いますが……。サーロイン3枚で1200円。京都でこの値段なら高くはないと思う。それを温泉卵入り醤油だれで食べます。焼肉に、炙りユッケという名称をつけるほどに、焼肉業界では、ユッケの存在が大きかったんでしょうね。薄切り牛肉に、温泉卵入りは、札幌でも見られる定番セット。発祥は東京だと思います。牛肉は見た目ほど和牛の味は濃くなく、食べやすい気がしました。

 

 次に流行りの厚切りタン塩です。包丁の入れ方からマンゴータンとかいうお店もありますね。

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 写真は色が濃いですが、実物はもっと美味しそうな色でした。厚み2cmはありそう。

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 焼くとナイフの入れ方がわかります。全国的に人気なのはわかりますが、食べるとグニュグニュして個人的には食べづらいかなぁ。当店は梅ダレで食べますが、ここはレモンだれの他に、やや珍しく梅塩がついていました。

 

 次にミノのたれ焼です。身の厚い輸入ものです。去年から精養軒はミノの切り方を変えました。ここのはオーソドックスな切り方です。

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 先ほどの炙りユッケもそうですが、このミノもただたれを上からかけただけです。チェーン店の味付け方法の波が個人店にも来ているのでしょうか。誰でも調理できて多店舗化しやすく、たれをもみ込んだものより見た目もいいいのでしょうね。昔の京都なら考えられなかった気がしました。

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 定番のキムチ盛り合わせに、定番のナムルの盛り合わせです。ここでも中国産の大豆を使った市販のもやしでした。

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 チョレギサラダ。韓国海苔がかかっているのが珍しい。

 冷麺。メニューには盛岡冷麺と謳っていました。びっくりしました。とうとう京都にまで盛岡冷麺が、メニューとして登場したのです。盛岡の人はびっくりするでしょうね。ナムルがトッピングされているんですから。精養軒の手打ち冷麺は、蕎麦粉9割で、盛岡冷麺ではありません。

 個人的には盛岡冷麺も大好きです。けれど率直言えばここの盛岡冷麺はがっかりしました。美味しい不味い以前に、盛岡冷麺ができるまでの苦闘の歴史や、独自の味をまるで感じることのできないものだったからです。

 

 30年以上前、京都や大阪の焼肉店に行った時の衝撃は忘れません。あまりに東京と違っていた独自の料理だったからです。北海道はというと、当時東京と比べればあらゆる点でお話しにならない水準でした。

 今回の食べ歩きでわかったことは、繁盛店チェーン店を媒介にして、東京と京都の違いが、なくなりつつあるということでした。そういう点で個人店が独自に生き延びる道があるはずです。

東京美術館巡り Г舛劼軾術館

  • 2016.11.22 Tuesday
  • 00:54

 今回、おや爺の東京・京都研修旅行では、行くつもりのなかった美術館でした。たまたま石神井近くで用事があり、そこの駅に、ちひろ美術館の最寄り駅は上井草です、と書かれていました。少し時間があったので寄ることにしたのです。

 

 若い頃、わたしのいわさきちひろさんのイメージは、絵画のソフトフォーカスって感じで、現代美術ぽくない気がしていました。健全なイメージが、自分のやさぐれた大学生活とはかけ離れているとも思っていましたね。さて40数年後実際に見るちひろさんはどうでしょうか。

 この美術館はちひろさんのご自宅兼アトリエだったようです。

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 美術館の外では、小さな子供を連れた若いお母さんが談笑していました。中は柔らかい陽がさして、働いている方もゆったりしていい感じです。軽い食事をするところも本やグッズコーナーもありました。けれど私が一番惹かれたのは、小さな中庭です。

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 本当にちいさな、ちいさな庭。

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 八歩歩いたらもう戻ってしまうような庭に立つと、びっくりするほど、湿った・濃い土の香りです。初めて中庭っていいもんだな、自然の、生命の匂いってすごいもんだと思いました。

 

 次にとっとちゃんのアトリエコーナーに入った時の木の匂いもなかなかいいものでした。パンフレットをスキャンしました。

 

 下の絵はベトナム戦争の中の子供たちを描いたものです。

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 誰もが思うのでしょうが、ちひろさんの人物の魅力はまず目にあるのではないでしょうか。後ろを向いた姿にも、目はどんなだろうと想像してしまうほどに。

 この子の不均衡な目は、何にたたずむのか、こころが先へ行くことも、後戻りすることもできず、何故そこにいるのかを、強くわたしたちに訴えています。

 

 美術館に掛けられていた、こころの底にとどく、ちひろさんの言葉。

 

『おとなになること』

 人はよく若かったときのことを、とくに女の人は娘ざかりの美しかったころのことを何にもましていい時であったように語ります。けれど私は自分をふりかえってみて、娘時代がよかったとはどうしても思えないのです。

 

 人はよく若かったときのことを、とくに女の人は娘ざかりの美しかったころのことを何にもましていい時であったように語ります。

 けれど私は自分をふりかえってみて、娘時代がよかったとはどうしても思えないのです。

といってもなにも私が特別不幸な娘時代を送っていたというわけではありません。

 戦争時代のことは別として、私は一見、しあわせそうな普通の暮しをしていました。好きな絵を習ったり、音楽をたのしんだり、スポーツをやったりしてよく遊んでいました。
 けれど生活をささえている両親の苦労はさほどわからず、なんでも単純に考え、簡単に処理し、人に失礼をしても気付かず、なにごとにも付和雷同をしていました。思えばなさけなくもあさはかな若き日々でありました。

 ですからいくら私の好きなももいろの洋服が似あったとしても、リボンのきれいなボンネットの帽子をかわいくかぶれたとしても、そんなころに私はもどりたくはないのです。
ましてあのころの、あんな下手な絵しか描けない自分にもどってしまったとしたら、これはまさに自殺ものです。

 もちろんいまの私がもうりっぱになってしまっているといっているのではありません。だけどあのころよりはましになっていると思っています。

 そのまだましになったというようになるまで、私は二十年以上も地味な苦労をしたのです。失敗をかさね、冷汗をかいて、少しずつ、少しずつものがわかりかけてきているのです。なんで昔にもどれましょう。

 少年老いやすく学成りがたしとか。老いても学は成らないのかもしれません。

でも自分のやりかけた仕事を一歩ずつたゆみなく進んでいくのが、不思議なことだけれどこの世の中の生き甲斐なのです。

 若かったころ、たのしく遊んでいながら、ふと空しさが風のように心をよぎっていくことがありました。親からちゃんと愛されているのに、親たちの小さな欠点が見えてゆるせなかったこともありました。

 いま私はちょうど逆の立場になって、私の若いときによく似た欠点だらけの息子を愛し、めんどうな夫がたいせつで、半身不随の病気の母にできるだけのことをしたいのです。

 これはきっと私が自分の力でこの世をわたっていく大人になったせいだと思うのです。大人というものはどんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間になることなんだと思います。

 

ちひろ美術館・東京:〒177-0042東京都練馬区下石神井4-7-2電話02-3995-3001

 

長野県のアトリエも美術館になっているようです。

安曇野ちひろ美術館:〒399-8501長野県北安曇郡松川村西原3358-24 

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