思い出の歌:涙のキッス サザンオールスターズ 有里知花

  • 2017.11.24 Friday
  • 00:26

 大学時代からの友人で、ギターの名手だった。浪人生の多い大学にいて、同期と云っても周りは年上ばかりだった。ひととの付き合いで、いつもそうなのだが、学部も違うのに、何故、いつどこで知り合ったのか、何も覚えていない。いつの間にか、親しくなり、あっという間に、ほぼ毎日、彼の部屋に入り浸るようになった。

 彼は現役で入学したから同じ年齢のはずだったが、間抜けな高校生同然のわたしよりずっと大人で、民族や国とは何か、アイデンティティとは何か、いつもどうでもいいことに悩んでいたわたしの話を黙って聞いていた。

 間借りの部屋の小さなコンロで、彼が窮屈そうにカレーを作る後ろ姿を見ていた。わたしがあまりに真剣に不器用に問いかけるので、他の先輩たちや同級生が答えにためらっていたことを、Hだけが短く、自分の考えをあっさりと、ごく自然に言った。

 その後、彼が言ってくれた生き方はしなかったが、彼だけが受け止めて、答えてくれたときのことは、40年以上経った今でも、心が震えるように覚えている。

 いつもそうだった。わたしがあまりに自分のことばかり考えていると、短い、彼らしい言葉でわたしを諭してくれるのだ。

 こんなきな臭い、東北アジアに、「戦争が廊下の奥に立つてゐた」時代になって、今、奇跡のように思う。ずっとなにひとつ言わずにきたが、きみに会えたことを心から感謝しているんだ。

 元気でいるか?

 ギターの名手・押尾コータローのアレンジ。ギターをたたく音が、彼が誰に聴かせるでもなくこの曲を歌った時のリズムの取り方を思い出させる。好きな人とつながる鼓動のようで……。

 

不思議にリアルな夢:夢の中へ 井上陽水

  • 2017.10.05 Thursday
  • 20:28

 もともと夢は見ない・覚えていない方ですが、今年に入って見た・いまもありありと思い出す、気持ちの良い夢があります。このブログの読者の皆さんはどうですか? いままでどんな楽しい夢を見ましたか?

 

 さてわたしの見た、気持ちのいい夢は、雲に乗っている夢です。えっつ、ばかばかしいですって?がーん それを言われては身も蓋もないんですが、いや、本当に気持ちがよかったんですよ、雲の上って!!火 それは、それはびっくりするぐらい温かくって、ふわふわした、リアルな肌触りでした。その雲の上で、横に誰かがいたので、思わず言いました。

 「いや〜、ほんとに雲の上って気もちのいいもんだねぇ。hirasan

 そこで目が覚めました。

 目が覚めた後もあまりの気持ちよさに、お寝しょをしたんじゃないかと思って一瞬、布団をまくりましたが、まだそこまでは呆けてはおりませんでしたな。←なさけないぞ、おや爺よ!暑い

 

 次の日、しっかり者の女子大学生バイトTさんに言ったのです、どんなに雲の上が気持ちよかったかを……。

 

 「コウさん、子供みたいですねぇ。」_| ̄|○

 そ、そですかぁ〜。_| ̄|○いや、でも気持ちよかったんですよ、ホント。

 夢みたいに。Docomo_kao18Docomo_kao18

思い出の歌:カレッジ・フォーク

  • 2017.09.06 Wednesday
  • 20:58

 日中戦争と、朝鮮戦争の二つの戦争に翻弄され続けた、わたしの亡くなったオモニとアボジは、戦争を起こす人間が心底嫌いだった。そういう連中は、人を殺す戦争でいい思いをしたか、戦争の、涙も枯れる苦しみや悲しみを知らないのだと言った。オモニは以後泣くことができなくなり、どれほど悲しくても涙が流れることはなかったが、愚かなわたしがそれを知ったのは、オモニが亡くなる10年くらい前のある出来事からだった。亡くなる数年前はいつも戦前どんなにひどい扱いを受けたか、平和がどれほど素晴らしいかよくわたしに話した。そうしていつも、いつも、その話の最後は、かしこい嫁だ、家族仲良くいてくれて、うれしい、ありがたい、と結ぶのだった。

 

 そう言われたからではないが、店が休みのときは家族で、家で発泡酒や安ワインを片手に、おいしい手料理を食べ、ユーチューブを見ながらワイワイ話すことが多い。先日どういうきっかけか、兄がなぎら健一のコミック曲・悲惨な戦いを聞きたいと言った。みんなで大笑いした。それが始まりだった。なぎら健一とアルフィーの坂崎がいっしょに出ている日本フォークの歴史を語る番組を子どもも巻き込んで観ることになった。

 

 4歳上の兄はカレッジ・フォーク(日本のフォークブームの原点?)のピンクなんちゃれというグループを押した。わたしの奥さんは、わたしよりさらに数年若いので知らないと言った。このあたりのフォーク黎明期の事情は、一、二歳の差が大きいと思う。わたしはその曲を覚えていたが、わたしのカレッジ・フォークの思い出の一曲と云えばこれしかない。

 

 万里村れいとタイムセラーズの「今日も夢見る」である。

 田舎から出てきて、4畳半の安下宿で初めて一人暮らしをした・本もてんで読まない・高校生と変わらぬアホ馬鹿大学生のわたしは、この曲がラジオから流れてきたり、長い髪の・大人っぽい先輩女子学生がこの歌を歌っている姿を見ていると、自分の抱え込んでいる悩みがうすれて、少し悲しく、だがどこか幸福な気持ちになったのだった。←馬鹿ですねぇ〜、ほんと!!hirasanhirasan

 レコード・ジャケットをよく見ると、「若い人の唄!カレッジポップス!」て書いてまんがな。Docomo_kao18Docomo_kao18 それまで若者の歌は日本になかったのか? 疑問が沸き起こるおや爺でありますね。←どうでもいいだろう、おや爺よ!暑い 

 でも、清純なおや爺にぴったりの、ゆったりとしたいい曲じゃないの、みなさん?ちゅんちゅん

思い出の歌:ひこうき雲 荒井由美

  • 2017.08.09 Wednesday
  • 23:13

 今年に入って、何度かバイクでショートツーリングをした。ひとりのときもあるし、奥さんを後ろに乗せる旅もある。いつからだろうバイクに乗って、空を見るのが好きになったのは。刻々と変わる形と色彩。走りながら、一度として同じことのないその瞬間を感じる。写真を撮るときもあるが、止まるのがもったいなくて、目の奥のフィルムに記憶させることもある。物忘れがひどいのに、胸の奥の大切な箱からこぼれおちた一枚の写真のように、オノ・ヨーコの言葉とともに思い出す。

 あれは泣きたいくらいきれいだった……。

 2017年8月斜里町清里の丘(photo:oyajii)

 2017年7月美瑛の丘(photo:oyajii)

 2017年8月幌加内 一面の美しいそば畑と空(photo:hyonthe)

 

 『空より美しいものがある?』

 現代美術家・詩人であり、平和を求める人、オノ・ヨーコは問うた。

 空は、あなたの足が踏みしめる地球を浮かべる、宇宙規模の海だ・空は、いつも変わらず・変化し続ける壮大なインスタレーション(実存芸術)であり、空は、あなた自身だと言いたかったのだろうか。

 ひとは、空と同じように美しいか? ひとは、空より美しいか?

 

 大学時代の友人に旅先で会った。若い頃にはお互い思いもしなかった話をした。

 悩むことのできる者だけが生存するに値する。

 150年以上前に深く思考を巡らせた哲学者・フォイエルバッハが記している。もしそうなら悩むひとは年老いても、いつの時代でも、いつだってあたらしい。

 同期のMGよ、若いHよ、長生きしてください。大丈夫、やさしく、美しいひとの顔になっているよ。

 

 

美術家川俣正さんの岩見沢プロジェクト、いよいよ始動です。

  • 2017.07.23 Sunday
  • 02:04

 現代美術家・川俣正さんの岩見沢プロジェクトがとうとう始動しました。

IWAMIZAWA PROJECT

岩見沢市で取り組む長期プロジェクト。2016年にスタートアップ企画を行い、2017年から実施予定。

 

■2017のプログラム

日時:7月22日(土)・23日(日)

場所:岩見沢市日の出町444 旧競馬場跡地駐車場(岩見沢駅からタクシーで10分程度)

内容:丸太を立てて、作品のデモンストレーションを実施予定

 

(注:hokkaido in progressから転載)

 精養軒は相変わらず人手不足で、始まったプロジェクトを見学する時間もないまま終わってしまいました。21日現場の準備作業を終えて、ホッカイドウ・イン・プログレスで現場をとり仕切る菊池さんや、プロジェクトを支える三笠フレンズのメンバーと一緒に精養軒に来てくれました。忙しくて、待合とお席でちょっと顔を出しただけですが、川俣さん、ひたすらしゃべりっぱなし、相変わらずエネルギッシュです。おや爺のブログを読んでいると言ってましたが、わたしが疑わしい顔をしたら、アーサー・ビナードさんの話をしました。店長の記事が面白いと褒めておりましたねぇ。

 

 当店には、美術専攻の女子学生が3人ほどおります。せっかくの機会なので、帰りがけ彼と彼女たちの二人の写真を撮ってもいい? と聞くと、お安いご用とのことでした。

 ツー・ショット(和製英語です)で、セクハラじゃぁないのと云うと、『お前がやればセクハラだろうけど、おれは関係ないだろ。』

 サインにしろ写真にしろ彼はほとんど断りませんね。コネもなく自分一人で世界と切り結んできたひとなので、自分の作品を実現させるためには、何でもするというのがどんなところでも身に染みついているんだと思います。でもこのブログに載せるのは、集合写真ですけどね。

 

 途中彼の高校同期の女子会がなだれ込んできました。いや〜、いつも女子会で思うんですが、どうしてこんなにパワーがあるんですかね。40数年ぶりに会う・わたしと中・高いっしょだったという女性を紹介されたのですが、女性と全く縁がなかったわたしには記憶がありません。さんざん冷やかされてしまいました。彼女が言います。「笑い顔に面影あるけど、こんなに背が大きかったっけ?」

 

 思い出しましたよ。わたしは高校まで、166cmで、体重が75キロくらいだったんです。大学に入って身長が12センチ伸びて、体重が20キロ近く減って、58キロになってしまったんです。あまりに遅い成長に驚いておりましたなぁ。

 若い女子学生に囲まれてご満悦・現代美術界のスーパースター(坂巻教授の言葉)の面影もない川俣師匠でございます。

 彼女たちに、「こいつとは、一緒にお風呂に行った仲なんだよ。」と云っておりましたが、記憶がない。わたしの記憶は、彼の浪人時代、東京の下宿へ遊びに行ったときの光景ですね。下宿近くの開かずの踏切で、二人で黙って並んで待っていた時間と光景です。後に井上陽水の<開かずの踏切>を聞くたびに、それが頭に浮かんできて、この曲の意味を知ったんですよね。

 

 彼女たち、大学の講義では、ずっと英語でしゃべりっぱなしの川俣さんのDVDを見たと申しておりました。この写真で単位をもらおうと言っていたけど、そんな力あんの?Docomo_kao18

 

極めて重要な補追:この記事や写真だけ見ると、川俣正さんをただの酔っ払いのおっさんのように誤解する粗忽者が出て来るやも知れません。こちらの記事をご覧ください。「岩見沢プロジェクト現場1」 「岩見沢プロジェクト現場2」

歴史家と詩人と未来:ブルース・カミングスとアーサー・ビナード、コブクロ

  • 2017.07.09 Sunday
  • 13:56

 もう二月近く前の日曜の朝、携帯電話を覗くとメールが入っていた。六十歳を過ぎても、日本建築の優れた伝統に、寒冷地の新しい技術を導入する新しい建築を今も追求し続ける高校同期の畏友・Tからだった。あら、珍しい。

 彼の山で採れた行者ニンニクがお客様の評判を呼んだので喜んでいることと、今朝の新聞に詩人・アーサー・ビナードさんが載っていたので、わたしを思い出してメールしたとあった。

 

 おぅ、政治・思想的あり方は違っても、持つべきものは友人ですね。精神状態がいまいちなので、朝から新聞は読めない日が続いている。読まなきゃとは分かっているが、新聞の他人事のような・自民党を含む政党政治すら解体する共謀罪の強行採決などという未来のない記事が目に入ると、いまはまだこころによろしくない事態になりがちなのだ。<こころの筋トレ>は少しずつ・手応えを感じながら進んでいるのだが、まだ初心者なので、あまり無理はしない方がいい段階。花を咲かせるのだって手を加えながら一年はかかりますからね。

 

 Tが教えてくれたアーサーさんの記事は、いつもの彼らしい・おっという視点を含んだ・爽やかな記事だった。

 ジャーナリストで詩人でもある辺見庸によれば、『アメリカほど戦争の好きな国はない。アメリカは1776年の独立以来、対外派兵200回以上、原爆投下を含む、非人間的作戦行動のほとんどについて、国家的反省をしたことがない。にべなくいうなら、人類史上最大の戦争国家なのである』という。最大の戦争国家かどうかわたしにはわからないが、そのアメリカで生まれ育ったアーサーさんは、戦後のある日本に来て初めて、アメリカが戦後のない国であることに気がついたのいうのである。

 

 日本を知って初めて戦後のない国に育ったことに気づいたアーサーさん。言われてみると首肯せざるを得ないが、アメリカ史を研究する学者であれ、親日家を名のる多くの外国人であれ、こんな指摘をした者が今までいたんだろうか?

 けれどほんとうは、アメリカばかりではない。日本人にしても、明治維新以降、日本が出兵した<戦争>は、ざっと挙げても、1894年日清戦争、1904年日露戦争、1914年第一次世界大戦下で中国山東出兵、1931年中国満州出兵、1939年第二次世界大戦と、ほぼ十年刻みで戦争に駆り出されて、わたしたちと変わらない市井の人々が、殺し殺されていったのだ。馬鹿も休み休み言えという言葉があるが、休まず戦争をしたと云っていい。<戦後日本>とは、明治以降、日本人やアジアにとって近現代史において、極めて特殊なあり方だったのだ。

 

 シカゴ大学教授でわたしの世代で朝鮮・韓国史に関心があるものならブルース・カミングスの名を知らない者はいないと思う。朝鮮戦争とは何かと理解する上で、戦争の直接のはじまりなどどうでもいいことだという論調に、当時韓国・アメリカばかりでなく、北朝鮮からも激しい非難を加えられた学者だったと記憶している。今年3月のThe Nation誌に発表された次の論考が全て正しいかどうかわたしに確かめる余裕も知識もない。

 だが、彼の言う、「アメリカのメディアはすべからく<永遠のゼロ>を生きているらしい。新たな危機が起こると、そのつど、かつてない独立した危機として扱うのだ。(ひとにとって)歴史に価値はない—それが鎌首をもたげ、あなたの顔面を直撃するまでは。」に戦慄するような感慨を覚える。かつて朝鮮戦争を題材に作られた、大ヒットした・ハリウッドの戦争コメディ映画・マッシュを初めて見たとき、無意識のアジア人蔑視と、驚くような自虐性と自尊心の中に、自分はなぜ、自分の生死までかけて、この極東の・ちっぽけな国の戦争の現場にいるのだ?という本音が横たわっている気がした。その記憶が、この論文を読んで蘇ったのだ。

 

  Donald Trump was having dinner at Mar-a-Lago with Japanese Prime Minister Shinzo Abe on February 11 when a message arrived mid-meal, courtesy of Pyongyang: North Korea had just tested a new, solid-fuel, intermediate-range ballistic missile, fired from a mobile—and therefore hard-to-detect—launcher. The president pulled out his 1990s flip-phone and discussed this event in front of the various people sitting within earshot. One of these diners, Richard DeAgazio, was suitably agog at the import of this weighty scene, posting the following comment on his Facebook page: “HOLY MOLY!!! It was fascinating to watch the flurry of activity at dinner when the news came that North Korea had launched a missile in the direction of Japan.”

 

Actually, this missile was aimed directly at Mar-a-Lago, figuratively speaking. It was a pointed nod to history that no American media outlet grasped: “Prime Minister Shinzo,” as Trump called him, is the grandson of Nobusuke Kishi, a former Japanese prime minister whom Abe reveres. Nobusuke was deemed a “Class A” war criminal by the US occupation authorities after World War II, and he ran munitions manufacturing in Manchuria in the 1930s, when Gen. Hideki Tojo was provost marshal there. Kim Il-sung, whom grandson Kim Jong-un likewise reveres, was fighting the Japanese at the same time and in the same place.

 

As I wrote for this magazine in January 2016, the North Koreans must be astonished to discover that US leaders never seem to grasp the import of their history-related provocations. Even more infuriating is Washington’s implacable refusal ever to investigate our 72-year history of conflict with the North; all of our media appear to live in an eternal present, with each new crisis treated as sui generis. Visiting Seoul in March, Secretary of State Rex Tillerson asserted that North Korea has a history of violating one agreement after another; in fact, President Bill Clinton got it to freeze its plutonium production for eight years (1994–2002) and, in October 2000, had indirectly worked out a deal to buy all of its medium- and long-range missiles. Clinton also signed an agreement with Gen. Jo Myong-rok stating that henceforth, neither country would bear “hostile intent” toward the other.

 

The Bush administration promptly ignored both agreements and set out to destroy the 1994 freeze. Bush’s invasion of Iraq is rightly seen as a world-historical catastrophe, but next in line would be placing North Korea in his “axis of evil” and, in September 2002, announcing his “preemptive” doctrine directed at Iraq and North Korea, among others. The simple fact is that Pyongyang would have no nuclear weapons if Clinton’s agreements had been sustained.

 

Now comes Donald Trump, blasting into a Beltway milieu where, in recent months, a bipartisan consensus has emerged based on the false assumption that all previous attempts to rein in the North’s nuclear program have failed, so it may be time to use force—to destroy its missiles or topple the regime. Last September, the centrist Council on Foreign Relations issued a report stating that “more assertive military and political actions” should be considered, “including those that directly threaten the existence of the [North Korean] regime.” Tillerson warned of preemptive action on his recent East Asia trip, and a former Obama-administration official, Antony Blinken, wrote in The New York Times that a “priority” for the Trump administration should be working with China and South Korea to “secure the North’s nuclear arsenal” in the event of “regime change.” But North Korea reportedly has some 15,000 underground facilities of a national-security nature. It is insane to imagine the Marines traipsing around the country in such a “search and secure” operation, and yet the Bush and Obama administrations had plans to do just that. Obama also ran a highly secret cyber-war against the North for years, seeking to infect and disrupt its missile program. If North Korea did that to us, it might well be considered an act of war.

 

On November 8, 2016, nearly 66 million voters for Hillary Clinton received a lesson in Hegel’s “cunning of history.” A bigger lesson awaits Donald Trump, should he attack North Korea. It has the fourth-largest army in the world, as many as 200,000 highly trained special forces, 10,000 artillery pieces in the mountains north of Seoul, mobile missiles that can hit all American military bases in the region (there are hundreds), and nuclear weapons more than twice as powerful as the Hiroshima bomb (according to a new estimate in a highly detailed Times study by David Sanger and William Broad).

Last October, I was at a forum in Seoul with Strobe Talbott, a former deputy secretary of state for Bill Clinton. Like everyone else, Talbott averred that North Korea might well be the top security problem for the next president. In my remarks, I mentioned Robert McNamara’s explanation, in Errol Morris’s excellent documentary The Fog of War, for our defeat in Vietnam: We never put ourselves in the shoes of the enemy and attempted to see the world as they did. Talbott then blurted, “It’s a grotesque regime!” There you have it: It’s our number-one problem, but so grotesque that there’s no point trying to understand Pyongyang’s point of view (or even that it might have some valid concerns). North Korea is the only country in the world to have been systematically blackmailed by US nuclear weapons going back to the 1950s, when hundreds of nukes were installed in South Korea. I have written much about this in these pages and in the Bulletin of the Atomic Scientists. Why on earth would Pyongyang not seek a nuclear deterrent? But this crucial background doesn’t enter mainstream American discourse. History doesn’t matter, until it does—when it rears up and smacks you in the face.

      (強調文字は、引用者による。)

 有名なドキュメンタリー映画・「戦争の霧」の中で、ベトナム戦争当時のマクナマラ国務長官がきわめて率直に語ったベトナム戦争の敗因、「われわれは敵の立場に我が身を置いてみようとしなかったし、彼らの視点で世界を見てみようとすらしなかった」を、カミングスは論文に引用している。

 戦争が起きること自体が敗因としか思えないわたしには、どんなに意見が異なろうと、日々の生活する生活者が殺し・殺される、東北アジアに二度と戦争をおこさないためには、どれほどグロテスクな体制であれ、敵の立場(put ourselves in the shoes of the enemy )に立って歴史を聞くしかないように思える。平和の枝がかぼそく、どんなに折れそうであろうと、二度の戦争に翻弄されて亡くなったオモニとアボジを持つわたしには、どうしても、どうしても、その枝を切り落とすまねはできない。

 

思い出の歌:真夏の果実 サザン・オールスターズ

  • 2017.06.06 Tuesday
  • 09:01

 奥さんの一周忌を終えた、大学以来の友人に、今度の休みに一緒に旅に出ようよと誘った。

 遠くはムリだよ、アテはあるのかい。増毛はどうだ? 何があるの。

 えっ、なにがあるのって、なにも無くたっていいだろ、旅なんだから、タコざんぎを食べる旅だよ。

 分かった。

 

 天気は久しぶりの快晴。気温は15度くらい。初夏のバイクにはちょっと寒い。札幌の彼のマンションまでバイクで向かう。奥さんが、韓国で買ってくれた牛皮の、いかにもおっさんパンツを初めてはいた。バイクに乗ると思いのほか温かく、気持ちよくバイクに乗れた。いつも待ち合わせに遅れると文句を言われているけど、今日は少し早く着いた。

 待つのは苦にならないタイプなので、マンション駐車場わきの低い塀に座って、ビルの向こうの、薄い雲が浮かんだ青空を見ていた。後は本さえあれば何時間でも待てそうな気がする。

 

 バイクに乗るのは止めて、彼の車で行くことにした。大学同期で・奥さんのT子が亡くなって、中古のオープンを買ったのだ。

 国道36号線を通り、札幌の中心から北上して、石狩に抜けた。てっきりすぐ海岸の見える道を走るのかと思っていたら、なかなか海は姿を見せない。途中花を買い、T子の墓がある石狩の霊園に寄った。長いトンネルの道が続く。

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 風は冷たいけど、日差しは気持ちがいい。ようやく海が見えて見晴らしの良い道をけっこうな速度で走る。バイクは別だが、わたしは車に乗ると、超、燃費優先で飛ばすことはない。かれは注意深い男なので、安全なのだが、バイクと違って身体が車の速度に慣れない。こころは緊張がほどけて来るのがわかる。その証拠に、店から離れれば離れるほど、眠気とは別に、あくびが出て来るのだ。立て続けに10回位あくびが出て来るのを、横目で、友人が呆れて見ていた。

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 あ〜、気持ちがいい。あくびの連続回数をデータにとれば、店からの距離数を測れるセンサーになるかもしれない。

 

 増毛に着き、國稀酒造の脇で、暑寒別岳から流れる冷たい伏流水を二人で飲んだ。昼食をとり、高台の、海が見える喫茶店のベランダで、コーヒーを飲みながら、どうでもいい話をした。

 

 午後3時過ぎになっていた。帰路につく。

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 海岸沿いの道を走る。初夏の日差しを浴びて、いつの間にか助手席で寝てしまった。

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 目覚める少し前から頭の片隅で歌が聞こえた。かれがハンドルを握りながら、歌っていたのだ。田舎の高校で、楽譜もなく・ラジオから流れるサイモンとガーファンクルをフルコピーして覚えた・プロに誘われたギターの名手だった。その彼が歌わなくなり、ギターを弾かなくなって何年経つだろう。

 

 『真夏の果実』だった。久しぶりの、少ししわがれた・独特の艶のあるかれの歌(声)がこころの乾いたところに滲みて、悩んでばかりいた大学時代、彼の部屋に泊まり込んだとき彼が話してくれたことや、亡くなったT子の部屋で話したことが、胸の上のうえまで溢れそうになった。首を落とし、眠ったふりをして彼の歌を聞いた。

 切なくて、なんて幸せな時間。

 顔をあげたら、呆れられた。

 お前なら、あくびをし続けるか、口を開けてばったり寝るかで、相変わらず、ホント、どうしようもない奴だな。

 

 ふたりで笑った。

 

落語へのお誘い

  • 2017.05.09 Tuesday
  • 22:57

 休みに温泉につかりに行ったときEテレを見ました。落語入門:落語the movieという番組でした。落語は一人でやるものですが、それを映像と重ね合わせて、落語を楽しむ入口にしてもらうという発想です。なかなか良くできておもしろいものでした。探したらユーチューブにあったので、ご覧ください。

 さて申すまでもなく落語は日本独特のものです。独りでいろんな役を演じる、扇子一つでいろんなものを表現するなどの色々な約束事があります。普段わたし(たち)はそれを当たり前のように、何気なく受け入れていますが、落語文化のない人たちにとっては、当たり前ではありません。それは、次の英語で解説する落語をみるとよく分かります。分かりやすい英語なので、ちょこっと我慢してみてください。結構面白いもんです。こういう映像をみると、落語って憲法9条と並んで、日本が世界に誇る文化だと思いますね。手

 ついでに以前このブログで紹介した落語『たが屋』もユーチューブで見つけたので載せます。時間のない方は6分50秒からご覧ください。

 

 五代目志ん生版もあるのでよかったら聴いてみてください。志ん生の枕を聞くと、江戸時代の侍が、テレビや小説で描いているより、本質的には野蛮で、現代の『葉隠れ』なんて冗談じゃないって思っちゃいますね。ところで現代のお侍さんて誰なんだろう? おらぁ、商人(あきんど)でけっこうざんす。hirasan

思い出の歌:ユーヴ・ガッタ・フレンド レディ・ガガ

  • 2017.02.14 Tuesday
  • 20:27

 鬱屈していた大学一年のとき、洋楽に詳しい理学部の男から教えてもらった曲だ。キャロル・キングが作曲し、自からも歌っているが、その頃彼女と同棲していた(?)ジェームス・テイラーのほうもよく聞かされた。

 いい曲だな、と思いながら、こころのそこの底では、ウソっぽく感じ、わたしにはこんな友達はできっこないと考えていたのを思い出す。

 それから少数だが、いまも付き合いの続く親しい友人ができ、支えとなる本や考え方と出会って、自分は、ひとにとって、こういう友達になっているか、苦い思いで自問することもあった。

 ここでいう<友達>は、実際の友達というより、世界のどこかにいる・こころに浮かぶ有名・無名のひとびとという気も、今はしている。

 

 店の休みに、奥さんの手料理とお酒を飲みながら、家族でユーチューブを見ること多い。先日突然そこで、兄が、レディ・ガガがすごくいいんだと言った。わたしは漠然とマドンナの亜流と思っていたのだが、スーパーボウルのハーフタイム中のライブを観て、いまさら遅いが、びっくり仰天した。すごいのである。←おそいぞ、おや爺。ムスっムスっ 兄のリクエストで、キャロルキングとジェームステイラーの歌を聞いた後、たまたま、レディ・ガガのトリビュート演奏を聴いたのだった。それが次の映像だ。

 

 先の見えなかった思春期に、この曲でどんなにか救われたか、キャロルの存在をそばに感じてどれほど嬉しかったか、歌う前に、ガガが想いを込めて語っている。

 キャロル、今は、あなたにはわたしがいるのよ、と応えるように歌っている。

 (何故か始まりにレッドツェッペリンのwhole lotta love の有名なリフが入っておりますが、15秒後にガガのライブが始まります。)

You've Got A Friend

きみがいるから

 

When you're down and troubled

And you need some loving care

And nothing, nothing is going right

Close your eyes and think of me

And soon I will be there

To brighten up even your darkest night

落ち込み、膝を抱えている、

独りに、きみがもう耐えられないとき、

何もかもがうまくいかないときには、

目を閉じて、わたしのことを思い出して、

すぐにきみのもとに行くから

どんなに真っ暗な夜でも明るくしてあげる。

 

You just call out my name

And you know wherever I am

I'll come running to see you again

Winter, spring, summer or fall

Oh, baby

All you have to do is call

And I'll be there

Yes, I will

You've got a friend

ただ、わたしの名を呼べばいいの

分かるでしょう、わたしがどこにいようと、

すぐに会いに行くわ 息せき切って。

 冬でも、春でも、夏でも、秋でも そう いつだって

わたしの名を呼びさえすればいい

そこにいるから

だって、きみは友達だもの。

 

When the sky above you

Grows dark and full of clouds

And that old north wind begins to blow

Close your eyes and think of me

And call my name out loud

Soon I'll come knocking at your door

目の前の空 がどんどん暗くなって、

雲が覆い尽くす

あのいつもの冷たい北風が吹き始めても

慌てないで。

わたしの名を呼んで、大きな声で。

すぐにドアをノックするのが聞こえるはず。

 

You just call out my name

And you know wherever I am

I'll come running running to see you again

Winter, spring, summer or fall

Oh, baby

All you have to do is call

And I'll be there

Yes, I will

You've got a friend

ただ、わたしの名を呼べばいいの

分かるでしょう、わたしがどこにいようと、

すぐに会いに行くから 息せき切って 走って。

 冬でも、春でも、夏でも、秋でも そういつだって

わたしの名を呼びさえすればいい

そこにいるから、信じて。

だって、きみは友達だもの。

 

Now ain't it good to know that you've got a friend

When people can be so colder

They'll hurt you, yes, and desert you

They'll take your soul if you let them

Oh, but don't you let them

ね、 友達がいるって気づくってステキ、

世界がとても冷たくなって

きみを傷つけ独りにする

放っておけばきみの根っこまで奪ってしまう。

だからって

黙っていてはダメ。

You just call out my name

And you know wherever I am

I'll come running, running, running just to see you again

Winter, spring, summer or fall

Oh, baby

All you have to do is call

And I'll be there  and I'll be there

Carole, You've got a friend

Oh yes, you do

Baby, I love you

You've got a friend

Carole, I love you

You've got a friend

ただ、わたしの名を呼べばいいの

分かるでしょう、わたしがどこにいようと、

すぐにまた会いに行くわ はしって はしって 息せき切って。

 冬でも、春でも、夏でも、秋でも そうよ、いつでも

わたしの名を呼びさえすればいい。

そこにいるから。いつだって

こんどは わたしがきみのそばにいる

だって、きみは友達だもの

だって わたしは友達だもの。

ユーヴ・ガッタ・フレンド.

  (レディ・ガガ版訳:おや爺)

思い出の歌:クリスマスをゆっくりとお過ごしください。let it be me

  • 2016.12.23 Friday
  • 08:00

 エヴァリー・ブラザーズの大々ヒット曲<let it be me みつめていたい>。わたしの世代の人なら一度は耳にしたことがあるんじゃないかしら。

 これは恋愛の歌なのでしょうが、もっと広げて祈りの歌と解釈したいおや爺でありますね。祈りの対象は、神であったり、信念であったり、この世界の苦しむ人々であったり、歴史の進歩であるかもしれません。いまだ遠くにいる、まだ見ぬひとや、すぐそばに当たり前にいて、かけがえのない価値に、わたし(たち)が気づかない人やものでもあるかもしれません。

 

 全然知らなかったんですが、ビートルズのジョージ・ハリスンが歌っているんですよ。これが彼らしくってすごくいいんです。ユーチューブのコメントを見ると、生前は発表していなかったみたいですね。

 マーティン・スコルセッシ監督の映画のサウンドトラック<living in the material world>のボーナストラックに入っているそうです。これもこの曲に象徴的なタイトルですね(確かハリスンの最初のソロアルバムも同じタイトルだったような……)。<物質世界の中で>と普通訳すんでしょうが、<金拝主義の世界で>としたいおや爺であります。 

 

Let It Be Me
みつめていたい


I bless the day I found you
I want to stay around you
And so I beg you
Let it be me
あかるい朝

を 迎える

のが 怖かった

日々

あの日 

きみと出逢えたことを
 祈るように感謝してる
きみのそばに いたいんだ
お願いだ
そっと見つめていたい

Don't take this heaven from one
If you must cling to someone
Now and forever
Let it be me
このやすらぎを奪わないで

きみのとなりで

このまま 

きみを 


Each time we meet, love
I find complete love
Without your sweet love
What would life be?
みつめるたび

きみへの想いが深くなるんだ

きみのいない世界で

どうして生きて行けただろう


So never leave me lonely
Tell me you'll love me only
And that you'll always
Let it be me
だから ねぇお願いだ

ひとりにしないで

そばにいさせて

このまま きみを

みつめていたい
        (ジョージ・ハリスン版 訳:おや爺)

 

 以下のビデオは、わたしの大好きな映画『スタンド・バイ・ミー』の監督、ロブ・ライナーの映画<flipped>です。まだ観てないんですけど、ちょっと意味深な題で、そそられますね。この予告編を見ただけでも、こういう映画を作らせると、非常にうまい監督であることがわかります。



 

 韓国の軍事独裁政権下を生き抜いた、有名なフォーク歌手たちが、同時代を生きたひとびとへの想いをこめて歌うヴァージョンも好きです。よろしかったらご覧ください。最初の曲です。

 なんか、好きな人の横顔を見ているのが好きなんですよね。

 この記事を、ms.maryと京都に住む若い友人夫婦、24日おまかせのコースで来られる若い爽やかなカップルのS様、同時代を生きる人々に送ります。

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