芸術家は大変?

  • 2018.07.15 Sunday
  • 21:38

 今年『万引き家族』で、カンヌ国際映画祭最高賞を受賞した是政監督の発言も、さらにその発言に対してネット上で批判がわきあがっていることも、北海道新聞の7月8日版を見るまでちっとも知らなかった。

 

 「補助金をもらっていながら呆れた発言だ」とツイッター上で個人の批判が相次いでいると下の記事にあるが、本当にそんな批判があるんだろうか。にわかには信じられない気がする。なにも欧米のあり方がすべていいとは思わないが、こういう発言が力をもつことが、いまだに欧米先進国でもありうるんだろうか。日本は超高度消費社会の先進国の先端であると思うけど、監督の発言を巡る情況そのものが、学生の頃読んだ世界史の中のアジアについて書かれた・まったく無関係な言葉を急に思い出させた。<アジア的停滞>という言葉だ。

 ナチスによって追いやられた・わたしの好きなパウル・クレーや、マックス・エルンストの(退廃)芸術追放の歴史が頭をかすめた。

 わたしは、是政監督の、ネット上やこの道新の記事の最後の落ち着いた・穏やかな発言をいいなぁと思っている。林文部科学相の、「助成しているからと言って、義務や発言の制約がかかるものではないと思っている」の発言も、理論的な・大人の政治家だと思える。

 かつて、素粒子論の湯川秀樹や武谷三男が、ビッグサイエンス(ひも付きの金)が健全な物理学精神を歪める可能性に言及していた。こういう発言を巡るあり方を見ると、科学ばかりではなく芸術も同じことなのだろう。金が怖いというべきではない。「補助金をもらっていながら呆れた発言だ」は、つまるところ、作品(表現)がモノを言うのではなく、金だけがモノを言う・ものを言える社会と言っていいのだ。

 芸術家は大変、とはこのブログ記事の題だが、芸術家は表現を通してその事実が露わになるだけで、ほんとうは、無意識下で、このネット社会に住むすべての個人が、既に同じ情況の元にあるということなのだろう。

ロック・ピクニック イン イワミザワ:井上陽水ライブ

  • 2018.06.22 Friday
  • 02:00

 20日岩見沢で井上陽水のコンサートがあった。開場前から<まなみーる>に、続々とひとが集まる。精養軒のお客様も結構いらしている。

 今回の井上陽水ライブは、田舎を巡ると、兄が言っていた。デビューしたての井上陽水は、若い頃のわたしにとって、別格の存在だった。勿論、そんな若者は当時日本中に山ほどいただろう。

 まだ学生運動が盛んだった大学にいて、在日朝鮮人のわたしは、国家・民族とは何か、言語とはどういうことか、なぜ日本人ではないのか、自分は何者なのか、子どもの頃から悩んでいたことに、皆目解決の糸口が見つからないままの状態にいた。呑気な新入生のふりをしていたが、毎日心の中は必死の形相になっていた。分かりもしない難しい哲学書や政治の本を読んでは先輩や友人に話し、ようやく築き上げた、自分の生きる根拠を崩されたり、崩したりの繰り返しをしていた。

 陽水の歌詞<列についていけない者にまた来る明日が来るかどうかは誰も知らない、ただひたすらの風まかせ>や、<都会では自殺する若者が増えている。けれども問題は今日の雨。傘がない。>にほんとうは否応なく惹かれている心を、学生運動をしている学生たちには言えない気がした。

 

 ファースト・アルバム<断絶>、セカンド<センチメンタル>の陽水の曲や、かれの身を切るような歌声は、当時、わたしの思想的あり方を、逆なでするように、それでいて感情では引きつけてはなさないのだった。レコードを買うとのめり込むことはわかっていたので、一度もレコードは買うことはなかったが、友人から何度もなんどもレコードを借りては聴き続けていた。どんなに立派な哲学・政治的な論理を築いたとしても、お前のへその下の本音はそこにはないはずだと、こころの底を見透かされている気になるのだった。

 わたしがいまだに人の信念とか論理のあり方に信頼と希望をもちながら、違和感を同時に持ってしまうのは、もともとのわたしの資質なのか、育った環境のせいなのかわからない。

 

 ユーチューブで、中年以降のかれのライブ映像を見て、実はずっと好きになれなかった。若い頃の切実感がすっかりなくなって、成熟した大人のように見えたのだ。(記事に載せるためにユーチューブの映像をいろいろ見たが、やはり実際のライブの素晴らしさが感じられない気がする)

 今日初めて70歳になった陽水のライブを聴いて、わたしのような素人は、テレビやユーチューブの映像では本当のところは全く分からないんだと思った。若いバックバンドと、お互い心底楽しそうに、ある時は静かに、2時間フルに、ある時は驚くほど激しく歌い続ける姿に、歳をとるのもなかなか一筋縄にいかない、いいもんだな、と思った。最後の曲は、若い頃腹を立てて嫌いだった・「傘がない」だった。アンコールに答えて、「氷の世界」と、「夢のなかへ」を歌った。「夢の中へ」で、ブルースハーモニカを力強く吹いて、とても七十過ぎとは思えない。最後になればなるほどパワフルになるのだった。

 

 優れたことを長く続ける人や、天才を目の前に見る、凡人の喜びは、自分のやっていることなどまだまだだ、まだやることがある、及ばずながらもやってみよう、という気になることだと言った歴史家がいたっけ。

 

 ライブの次の日、奥さんが、朝、犬を連れてサンプラザの前を散歩していたら、煙草を吸いに外へ出てきた陽水さんに会った。昨日のライブはすごくよかった。楽しかったと伝えたら、笑顔で、「そう言われるとうれしい。同じ世代の人に、元気をあげたいんです」と答えたという。

 これも今回のライブで歌った。アレンジは相当違うけど、実際の・ライブの歌の雰囲気が感じられる。若い頃夏が嫌いだと言っていた彼が、こんな夏の歌を作るんですからね。

 

 岩見沢でのライブを企画された皆さんに、こころから感謝します。

 

 以前の記事です。

札幌のパスタ屋で:『能古島の片思い』 井上陽水

 

海街diaryぁУ△譴覆い佞燭蝓ゝ氾捗生(よしだあきみ)

 

十五夜:神無月にかこまれて(作詞・作曲 井上陽水)

 

紅葉の季節:冷たい部屋の世界地図

 

スーパームーン:おやすみ 井上陽水

 

思い出の歌:500マイルも離れて DDT

ロンドン・ハイドパークのライブ

  • 2018.03.27 Tuesday
  • 22:53

 店の休みの日は、夕飯で鍋をすることが多い。今日は、兄が持ってきた日本酒と、生協で半額になった豚肉と牡蠣を使って兄や家族みんなで、奥さんの手料理の豚しゃぶと牡蠣の鍋をした。ユーチューブを見ながらワイワイ発泡酒やニッカシードル・ワインを飲み、息子が買ってきた誕生祝いのケーキを食べて楽しく時を過ごした。

 

 たまたまアメリカのロックンローラー、ブルース・スプリングスティーンとイギリスのロックンローラー、ポールマッカートニーのロンドンでの楽しいライブを見つけた。

 いや〜、大御所のスプリングスティーンが、憧れの元ビートルズのポールと一緒に歌えるのがうれしくてたまらい感が半端じゃない。いい歳して大きな子供みたい。おや爺もこうなりたいもんざんす。手手 ポールが、一瞬ちょっと引くくらい幸福感が画面にダダ漏れ状態で、いいんですよね。気もちいい時間にさらに、なんか美味しいお裾分けをもらったような気分。

アフリカ人女性と結婚した日本人文化人類学者が語る差別について i shall be released

  • 2018.03.02 Friday
  • 00:02

 京都に住む若い友人がフェイスブックで紹介していた記事に興味をひかれた。アフリカ人女性と結婚した日本人文化人類学者が語るコラム・<「差別」とは何か?アフリカ人と結婚した日本人の私がいま考えること>だ。

 

 ずいぶん違うもんだなぁ、というところもある。文化人類学者の本を読んだときに感じる、人間がつくった社会制度の成り立ちやあり方を、動物社会などと陸続きでつなげてしまうところが引っ掛かってしまうのだ。人間の観念的自己疎外が国家意思や法・社会を作り上げるというヘーゲルの流れをくむ言語学者・三浦つとむや、先年亡くなった独創の国家論学者・滝村隆一の論考に深く感動したためなんだろうか。

 

 それでもこの学者の・自分たちの結婚を含む実体験からくる差別に対する考えに引き寄せられるのだ。それはわたしの実体験とつながっているからだろう。彼の論考は以下で終えている。

 

あらゆるレベルでの差別を告発し、社会の仕組みを変えてゆくことは必要であろう。だが、制度よりも「心の動き」が大切であることを忘れてはならない。

差別を生みだす精神構造は私たちみなが持っている。ヒトはその置かれた環境におおきく左右される動物であるから、差別主義者を攻撃するのではなく、差別が生みだされる環境を理解しなければならない。

人の心には、善も悪もある。天使も悪魔も、仏も鬼も棲んでいる。それらをどう飼いならすか。差別という「憑き物」をどう落とすか。

必要なのは抽象的な理念でも大袈裟なイデオロギーでもなく、人と人とのコミュニケーションの中で「落ちる」瞬間を具体的に体感し、その経験を積み重ねて、自身の心の中に自由な空間を広げてゆくことなのだ。

ジャマイカのガンコ爺さんと、パリの女性職員の笑顔を思い出しながら、私はそう確信するのである。』

 

 わたし自身は、<制度よりも「心の動き」が大切である>とは思えない。両者ともに大切と言うほかはないとおもっている。<差別主義者を攻撃するのではなく>ではなく、差別主義者を批判しないで、よりよい社会が生まれるとも思えない。ただわたしはこの文化人類学者の言うように、たとえ批判するときにも、おのれ自身も別の場面で差別する程度の人間である事実を忘れないでいたい。

 

 <必要なのは抽象的な理念でも大袈裟なイデオロギーでもなく、人と人とのコミュニケーションの中で「落ちる」瞬間を具体的に体感し、その経験を積み重ねて、自身の心の中に自由な空間を広げてゆくことなのだ。>

 あらゆる科学理論同様、わたしは<抽象的な理念>も必要だと思っている。ただ<抽象的な理念>と<「落ちる」瞬間>をつなぐ論理的・心理的回路を作りながら、<自身の心の中に自由な空間を広げてゆくこと>が重要なのではないだろうか。

 尊敬する友人が教えてくれた、素晴らしいコラムを読みながらそんなことを思った。

 差別をなくすことはできるのだろうか? わたしにはわからない。 

 『もし、私たちが空想家のようだと言われるならば、救いがたい理想主義者だと言われるならば、できもしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう、“その通りだ”と。』は、よく引用される、チェ・ゲバラの有名な言葉だ。でも弱いわたしは、あの勁いゲバラが言った・それ以後に続く・あまり知られていない言葉の方に<屈せざる希望>をかけたくなるのだ。

『……できもしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう、“その通りだ”と。全ての人間が自分の卑しさを乗り越えながら、前進することが可能なのだと答えよう。』

  i shall be released

 こころをひろげるんだ

they say everything can be replaced,
they say every distance is not near.
so I remember every face
of every man who put me here.

なんだって代わりがきくって言う
どんなに近くても 遠いんだって
僕はおぼえているよ ひとりひとりの顔
ここに追い込んだみんなの顔を
i see my light come shining
from the west onto the east.
any day now, any day how,
i shall be released.

ぼくはみえる 光が
西から東へ 輝きながら降り注ぐ
いますぐにも こころも

この身も
自由になるんだ

they say every man needs protection,
they say every man must fall.

i swear i see my own reflection
somewhere so high above this wall.

どんなひとでも守ってあげなくちゃいけないって言う

どんな人だって落ちていってしまうからって

僕には 僕には自分のホントの姿が見えるんだ

眼の前の壁

ずっと高みに
i see my light come shining
from the west onto the east.
any day now, any day how,
i shall be released.

ぼくはみえる 光が
西から東へ 輝きながら降り注ぐ
いますぐにも こころも

この身も
自由になるんだ

standing there in these lonely crowd,
is a man who swears he's not to blame.
all day long i swear i hear him shouting so loud,
crying out that he was framed.

あそこに 男がいる ひとり この孤独な群れの中で

うめいている
わるいのか、オレは悪いのか!
一日中 男の呼ぶ声が耳に焼きつく

オレは、はめられたんだ!
i see my light come shining
from the west onto the east.
any day now, any day how,
i shall be released.

ぼくには 見える 自由が輝きながら降り注ぐ

輝きながら 輝きながら光りとなって
西から東へ降り注ぐ 

いますぐ いますぐにも 僕は
自由につつまれる

いまこそ

こころをひろげるんだ

i see my light come shining
from the west onto the east.
any day now, any day how,
i shall be released.

any day now, any day how,
i shall be released.

ほんとうさ ぼくには 見える 自由が輝きながら降り注ぐ

輝きながら 輝きながら光りとなって
西から東へ降り注ぐ 
ぼくはわかっているんだ 

いますぐ いますぐにも 僕は
自由につつまれる

いまこそ

こころをひろげるんだ

 (kesiena版採詞・訳:おや爺)

まつりだ祭りだぁ!って、おや爺、クリスマスは祭りじゃないんだけど……:let's twist again

  • 2017.12.24 Sunday
  • 00:01

 毎年クリスマスに選ぶ、おや爺のとっておきの曲。去年はきれいな祈りの曲・let itibe me(みつめていたい)だったので、今年は元祖ダンスミューックな能天気ソングをどうでしょう。女性のお尻ばかり撮って、おや爺の視線みてぇ。ちゅんちゅん

 ねっ、いかにもって感じで浮かれちゃいますねぇ。でも次の歌手たちが歌うとそうでもない。
 70年代韓国の有名なフォーク歌手たちが歌うこのバージョンも好きですね。52分12秒から始まります。早送りして聞いてみましょう。こちらを聞くと、ダンスソングとはいえ、ラブソング寄りになっていますね。単純な歌詞だけどなかなかいい詩であることが分かります。アレンジも夏感があっていいですがな。

 では訳してみましょう。
let's twist again.
踊ろう、もう一度

let's twist again
like we did last summer!
yeah, let's twist again
like we did last year!
さぁ、踊ろうよ。もう一度
去年の夏みたいに。
そうさ、もう一度
あのときみたいに。
do you remember when
things were really hummin'
yeah, let's twist again
twistin' time is here!
覚えてる? すべてがもう、
生きてる! って感じ。
そうさ、だから踊ろう、もう一度。
あの時間がはじまるんだ。
yeah and round and round and up and down we go again!
oh, baby, make me know you love me so

まわって、まわって、行って戻って、

永遠に
キミは ぼくに夢中だ!って感じさせて。

and then
twist again
like we did last summer!
come on, let's twist again
twistin' time is here!
踊ろう、また
去年の夏みたいに。
そうさ、もう一度
またはじまるんだ!
yeah and round and round and up and down we go again!
oh, baby, make me know you love me so
まわって、まわって、行って戻って、

永遠に
キミは 僕に夢中だ!って感じさせて。

and then
twist again
like we did last summer
come on, let's twist again
twistin' time is here!

come on, let's twist again
twistin' time is here!
踊ろう、また
去年の夏みたいに。
そうさ、もう一度

またはじまるんだ。
いつまでも!


 次のはロシアの夫婦みたいですね。この夫婦も素敵ですが、まわりの人たちも素敵ですねぇ。踊れないならせめてこういう周りの一人になりたいものです。コメントを見ると「so sweat couple」とあって、これってシャレかしら?

yeah and round and round and up and down we go again!
oh, baby, make me know you love me soand then:
まわって、まわって、行って戻って、

永遠に
キミは、ぼくを好きだ!って感じさせて。
twist again
like we did last summer
come on, let's twist again
like we did last year!
踊ろう、また
去年の夏みたいに。
さぁ、もういちど
いつまでも!


 
 みなさん、ロシアの夫婦に負けていられましぇ〜ん!!!手 さぁ、踊ろう(・∀・)○(・∀・)○

思い出の歌:涙のキッス サザンオールスターズ 有里知花

  • 2017.11.24 Friday
  • 00:26

 大学時代からの友人で、ギターの名手だった。浪人生の多い大学にいて、同期と云っても周りは年上ばかりだった。ひととの付き合いで、いつもそうなのだが、学部も違うのに、何故、いつどこで知り合ったのか、何も覚えていない。いつの間にか、親しくなり、あっという間に、ほぼ毎日、彼の部屋に入り浸るようになった。

 彼は現役で入学したから同じ年齢のはずだったが、間抜けな高校生同然のわたしよりずっと大人で、民族や国とは何か、アイデンティティとは何か、いつもどうでもいいことに悩んでいたわたしの話を黙って聞いていた。

 間借りの部屋の小さなコンロで、彼が窮屈そうにカレーを作る後ろ姿を見ていた。わたしがあまりに真剣に不器用に問いかけるので、他の先輩たちや同級生が答えにためらっていたことを、Hだけが短く、自分の考えをあっさりと、ごく自然に言った。

 その後、彼が言ってくれた生き方はしなかったが、彼だけが受け止めて、答えてくれたときのことは、40年以上経った今でも、心が震えるように覚えている。

 いつもそうだった。わたしがあまりに自分のことばかり考えていると、短い、彼らしい言葉でわたしを諭してくれるのだ。

 こんなきな臭い・北東アジアに、また再びの「戦争が廊下の奥に立つてゐた」時代になって、今、奇跡のように思う。ずっとなにひとつ言わずにきたが、民族や国の違いが何だというんだろう、きみに会えたことを心から感謝しているんだ。

 元気でいるか?

 ギターの名手・押尾コータローのアレンジ。ギターをたたく音が、彼が誰に聴かせるでもなくこの曲を歌った時のリズムの取り方を思い出させる。好きな人とつながる鼓動のようで……。

 

不思議にリアルな夢:夢の中へ 井上陽水

  • 2017.10.05 Thursday
  • 20:28

 もともと夢は見ない・覚えていない方ですが、今年に入って見た・いまもありありと思い出す、気持ちの良い夢があります。このブログの読者の皆さんはどうですか? いままでどんな楽しい夢を見ましたか?

 

 さてわたしの見た、気持ちのいい夢は、雲に乗っている夢です。えっつ、ばかばかしいですって?がーん それを言われては身も蓋もないんですが、いや、本当に気持ちがよかったんですよ、雲の上って!!火 それは、それはびっくりするぐらい温かくって、ふわふわした、リアルな肌触りでした。その雲の上で、横に誰かがいたので、思わず言いました。

 「いや〜、ほんとに雲の上って気もちのいいもんだねぇ。hirasan

 そこで目が覚めました。

 目が覚めた後もあまりの気持ちよさに、お寝しょをしたんじゃないかと思って一瞬、布団をまくりましたが、まだそこまでは呆けてはおりませんでしたな。←なさけないぞ、おや爺よ!暑い

 

 次の日、しっかり者の女子大学生バイトTさんに言ったのです、どんなに雲の上が気持ちよかったかを……。

 

 「コウさん、子供みたいですねぇ。」_| ̄|○

 そ、そですかぁ〜。_| ̄|○いや、でも気持ちよかったんですよ、ホント。

 夢みたいに。Docomo_kao18Docomo_kao18

思い出の歌:カレッジ・フォーク

  • 2017.09.06 Wednesday
  • 20:58

 日中戦争と、朝鮮戦争の二つの戦争に翻弄され続けた、わたしの亡くなったオモニとアボジは、戦争を起こす人間が心底嫌いだった。そういう連中は、人を殺す戦争でいい思いをしたか、戦争の、涙も枯れる苦しみや悲しみを知らないのだと言った。オモニは以後泣くことができなくなり、どれほど悲しくても涙が流れることはなかったが、愚かなわたしがそれを知ったのは、オモニが亡くなる10年くらい前のある出来事からだった。亡くなる数年前はいつも戦前どんなにひどい扱いを受けたか、平和がどれほど素晴らしいかよくわたしに話した。そうしていつも、いつも、その話の最後は、かしこい嫁だ、家族仲良くいてくれて、うれしい、ありがたい、と結ぶのだった。

 

 そう言われたからではないが、店が休みのときは家族で、家で発泡酒や安ワインを片手に、おいしい手料理を食べ、ユーチューブを見ながらワイワイ話すことが多い。先日どういうきっかけか、兄がなぎら健一のコミック曲・悲惨な戦いを聞きたいと言った。みんなで大笑いした。それが始まりだった。なぎら健一とアルフィーの坂崎がいっしょに出ている日本フォークの歴史を語る番組を子どもも巻き込んで観ることになった。

 

 4歳上の兄はカレッジ・フォーク(日本のフォークブームの原点?)のピンクなんちゃれというグループを押した。わたしの奥さんは、わたしよりさらに数年若いので知らないと言った。このあたりのフォーク黎明期の事情は、一、二歳の差が大きいと思う。わたしはその曲を覚えていたが、わたしのカレッジ・フォークの思い出の一曲と云えばこれしかない。

 

 万里村れいとタイムセラーズの「今日も夢見る」である。

 田舎から出てきて、4畳半の安下宿で初めて一人暮らしをした・本もてんで読まない・高校生と変わらぬアホ馬鹿大学生のわたしは、この曲がラジオから流れてきたり、長い髪の・大人っぽい先輩女子学生がこの歌を歌っている姿を見ていると、自分の抱え込んでいる悩みがうすれて、少し悲しく、だがどこか幸福な気持ちになったのだった。←馬鹿ですねぇ〜、ほんと!!hirasanhirasan

 レコード・ジャケットをよく見ると、「若い人の唄!カレッジポップス!」て書いてまんがな。Docomo_kao18Docomo_kao18 それまで若者の歌は日本になかったのか? 疑問が沸き起こるおや爺でありますね。←どうでもいいだろう、おや爺よ!暑い 

 でも、清純なおや爺にぴったりの、ゆったりとしたいい曲じゃないの、みなさん?ちゅんちゅん

思い出の歌:ひこうき雲 荒井由美

  • 2017.08.09 Wednesday
  • 23:13

 今年に入って、何度かバイクでショートツーリングをした。ひとりのときもあるし、奥さんを後ろに乗せる旅もある。いつからだろうバイクに乗って、空を見るのが好きになったのは。刻々と変わる形と色彩。走りながら、一度として同じことのないその瞬間を感じる。写真を撮るときもあるが、止まるのがもったいなくて、目の奥のフィルムに記憶させることもある。物忘れがひどいのに、胸の奥の大切な箱からこぼれおちた一枚の写真のように、オノ・ヨーコの言葉とともに思い出す。

 あれは泣きたいくらいきれいだった……。

 2017年8月斜里町清里の丘(photo:oyajii)

 2017年7月美瑛の丘(photo:oyajii)

 2017年8月幌加内 一面の美しいそば畑と空(photo:hyonthe)

 

 『空より美しいものがある?』

 現代美術家・詩人であり、平和を求める人、オノ・ヨーコは問うた。

 空は、あなたの足が踏みしめる地球を浮かべる、宇宙規模の海だ・空は、いつも変わらず・変化し続ける壮大なインスタレーション(実存芸術)であり、空は、あなた自身だと言いたかったのだろうか。

 ひとは、空と同じように美しいか? ひとは、空より美しいか?

 

 大学時代の友人に旅先で会った。若い頃にはお互い思いもしなかった話をした。

 悩むことのできる者だけが生存するに値する。

 150年以上前に深く思考を巡らせた哲学者・フォイエルバッハが記している。もしそうなら悩むひとは年老いても、いつの時代でも、いつだってあたらしい。

 同期のMGよ、若いHよ、長生きしてください。大丈夫、やさしく、美しいひとの顔になっているよ。

 

 

美術家川俣正さんの岩見沢プロジェクト、いよいよ始動です。

  • 2017.07.23 Sunday
  • 02:04

 現代美術家・川俣正さんの岩見沢プロジェクトがとうとう始動しました。

IWAMIZAWA PROJECT

岩見沢市で取り組む長期プロジェクト。2016年にスタートアップ企画を行い、2017年から実施予定。

 

■2017のプログラム

日時:7月22日(土)・23日(日)

場所:岩見沢市日の出町444 旧競馬場跡地駐車場(岩見沢駅からタクシーで10分程度)

内容:丸太を立てて、作品のデモンストレーションを実施予定

 

(注:hokkaido in progressから転載)

 精養軒は相変わらず人手不足で、始まったプロジェクトを見学する時間もないまま終わってしまいました。21日現場の準備作業を終えて、ホッカイドウ・イン・プログレスで現場をとり仕切る菊池さんや、プロジェクトを支える三笠フレンズのメンバーと一緒に精養軒に来てくれました。忙しくて、待合とお席でちょっと顔を出しただけですが、川俣さん、ひたすらしゃべりっぱなし、相変わらずエネルギッシュです。おや爺のブログを読んでいると言ってましたが、わたしが疑わしい顔をしたら、アーサー・ビナードさんの話をしました。店長の記事が面白いと褒めておりましたねぇ。

 

 当店には、美術専攻の女子学生が3人ほどおります。せっかくの機会なので、帰りがけ彼と彼女たちの二人の写真を撮ってもいい? と聞くと、お安いご用とのことでした。

 ツー・ショット(和製英語です)で、セクハラじゃぁないのと云うと、『お前がやればセクハラだろうけど、おれは関係ないだろ。』

 サインにしろ写真にしろ彼はほとんど断りませんね。コネもなく自分一人で世界と切り結んできたひとなので、自分の作品を実現させるためには、何でもするというのがどんなところでも身に染みついているんだと思います。でもこのブログに載せるのは、集合写真ですけどね。

 

 途中彼の高校同期の女子会がなだれ込んできました。いや〜、いつも女子会で思うんですが、どうしてこんなにパワーがあるんですかね。40数年ぶりに会う・わたしと中・高いっしょだったという女性を紹介されたのですが、女性と全く縁がなかったわたしには記憶がありません。さんざん冷やかされてしまいました。彼女が言います。「笑い顔に面影あるけど、こんなに背が大きかったっけ?」

 

 思い出しましたよ。わたしは高校まで、166cmで、体重が75キロくらいだったんです。大学に入って身長が12センチ伸びて、体重が20キロ近く減って、58キロになってしまったんです。あまりに遅い成長に驚いておりましたなぁ。

 若い女子学生に囲まれてご満悦・現代美術界のスーパースター(坂巻教授の言葉)の面影もない川俣師匠でございます。

 彼女たちに、「こいつとは、一緒にお風呂に行った仲なんだよ。」と云っておりましたが、記憶がない。わたしの記憶は、彼の浪人時代、東京の下宿へ遊びに行ったときの光景ですね。下宿近くの開かずの踏切で、二人で黙って並んで待っていた時間と光景です。後に井上陽水の<開かずの踏切>を聞くたびに、それが頭に浮かんできて、この曲の意味を知ったんですよね。

 

 彼女たち、大学の講義では、ずっと英語でしゃべりっぱなしの川俣さんのDVDを見たと申しておりました。この写真で単位をもらおうと言っていたけど、そんな力あんの?Docomo_kao18

 

極めて重要な補追:この記事や写真だけ見ると、川俣正さんをただの酔っ払いのおっさんのように誤解する粗忽者が出て来るやも知れません。こちらの記事をご覧ください。「岩見沢プロジェクト現場1」 「岩見沢プロジェクト現場2」

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