ピタヤの思い出:江守徹さんと太地喜和子さん

  • 2019.03.20 Wednesday
  • 23:43

 先日、奥さんが安売りしていたからと、グミを買ってきました。グミは女子バイトの大好物。Kさんなんて、グミさえあれば生きていけるとまで言っておりますね。はて、ピタヤってなんじゃらほい、とよく見るとドラゴンフルーツのことだと書いております。その絵を見るとよみがえる思い出!!

 

 あほバカ高校生だったおや爺が、大学生になって初めて本を読み始め、戯曲にハマったのは、モリエールの『人間嫌い・ミザントロープ』からでした。そのモリエールから芸名を取った方が、文学座の江守徹(エモリトオル)さんです。

 昔岩見沢に演劇鑑賞会というのがあって、東京から戻ったわたしは、その会員になっておりました。

 

 『恋におちたシェイクスピア』で有名なトム・ストッパードの戯曲『the real thing 本物』の公演が、岩見沢で二日間あった時のことです。初日を終えられて、主演の二人、江守徹さんと太地喜和子さんが精養軒に来られました。誰も他のお客様は気づきません。多分お店のスタッフの中でも気づいたのはわたし一人でございました。太地さんは大きなサングラスをかけられていましたが、ほれぼれするほどオーラを発散しておりました。まったく周りを気にしている様子もなく、時々サングラスを外して着ているブラウスの端でレンズをごしごしと拭いておられましたが、それがまた素敵なんですね。さすが大女優は違うなぁと、ひとり、心の中でつぶやいたのでございます。

 

 さてお二人は食べかつ大いに飲み、話し終えて、最後に果物が食べたいと、江守さんがおしゃったのです。大衆店精養軒にフルーツなど、当時用意はしておりません。が、その日、昼たまたま行った谷口青果さんで、珍しい果物があると言われて、新しもの好きのおや爺、つい買ってしまったサボテンの実を思い出したのです。思わず大きい声で答えました。

「あっ、あります!! 珍しい果物、サボテンの実あります!」

 二階に取りに上がって、居間のドアを開けた時でございます。アボジが、こちらを向いて、ボソッと言いました。

「うまく、ないわ。」

 手にはスプーンとともに食いかけのドラゴンフルーツがあったのでございます。

 店に降りて、お二人に謝ったものの、何か悔しいおや爺でありますね。

 

 次の日の昼、再度サボテンの実・ピタヤを買い、お二人の泊まるホテルのフロントに、短いお詫びのメッセージを添えてお届けしました。こんな感じの文でした。

 

「昨夜は大変失礼いたしました。演劇リアル・シング、非常に楽しく観させていただきました。今日はリアルなサボテンの実をお持ちしました。リアル・シング(本物)のアン・リアル(不思議)な味をお楽しみください。デイ・ドリームではありません。(おや爺注:劇中歌でモンキーズのデイ・ドリーム・ビリーバーが使われていた。白昼夢のこと)

 ありがとうございました。」

 

 その日焼肉業界の会議があって、そのまま大阪へ。二日後岩見沢に帰ってきました。アボジが、言いました。

「そういえば、次の日も江守という人が食べに来たぞ。なんか礼を言っていたが何のことかさっぱりわからんかった。」

 相変わらず、詰めの甘いおや爺であります。(T T)

 

 その数年後でしたでしょうか、太地喜和子さんは不慮の自動車事故で亡くなられました。

リムディ奨学生:卒業・就職を祝う会

  • 2019.02.18 Monday
  • 23:21

 リムディ奨学金は、8年前の、3.11東日本大震災の被災した学生に対する民間・市民の支援です。

 返金の必要のない制度で、今年福島大学のKさんが卒業され、大手企業に就職されました。今日札幌で、発起人会の後、Kさんのこれまでの大学在学中の活動報告と卒業・就職を祝う会があり参加してきました。

 大変な被災に、最初精養軒は日赤を通じて参加していました。考えとしては福島の学生を一人バイトで雇っているつもりでいました。(その後、福島から避難してきた家族の息子さんが、実際に精養軒でバイトをすることになった時は、ひとの縁の不思議さに心底驚きましたが……)

 新聞で日赤の義援金の分配が滞っていると聞いたとき、このリムディ奨学会の発足を知ったのです。

 

 歳を取るといつの間にか新しいことにチャレンジしなくなりがちです。月一回送られてくる奨学生からのメールで、怠け者のおや爺、どれだけ励まされたかわかりません。それにしてもおや爺の学生時代とは大違いなまじめさですなぁ!!(#-_-)ノ)゚o゚)あぅ

 

リムディ奨学会、初の卒業生・Yさん、卒業・就職おめでとうございます。

 

リムディ奨学生Kさんからのメール

 

リムディ奨学会:Kさんからのメール

 

福島からのお客様:T様ご一家

 

 

精養軒前へ:マダガスカル産蜂蜜の自家製アイスクリーム

  • 2019.02.12 Tuesday
  • 10:20

 アフリカはマダガスカル出身の韓国人(韓国人も世界中におりますな)の知り合いから、ユーカリの花から採れた蜂蜜をいただきました。

 ユーカリ。オーストラリアのコアラの主食として有名です。が、おや爺にとっては、70年初頭の石油危機以降、代替燃料の原料として、当時、世界各地の大学で研究されていた懐かしい名前でございますね。尊敬していた教養部のМ教授とその弟子たちがやっておりました。その後研究はどういう道を辿ったのか、定かではありませんが……。

 

 また、また話はずれておりますね。えっと、元に戻して。自家製のアイスクリームを担当しているHさん、いろいろ蜂蜜を試した結果、シンプルな味なので、蜂蜜の香りと余韻が重要であることに気が付きました。アカシアの蜂蜜を使っていたところに、突然このユーカリの蜂蜜が届いたのでございます。実にひととひとの縁とはわからないものでございますね。

 

 舐めて驚きました。これはいける!!ヾ(*ΦωΦ)ノ ヒャッホゥ 

 おや爺が子供のころ家にあった、一斗缶に入った蜂蜜と同じ味と香りではあ〜りませんか。それは胃腸の弱かったアボジのためにオモニが買ったものでした。わたしもお湯で溶いて飲まされたのですが、味も香りもきつくて当時は好きではなかったですねぇ。どこで、どう今とつながるのか、縁も味も不思議なものです。

 アイスクリームに使うと、味も色も香りも濃厚でありながら上品ですな。砂糖不使用です。

 少量生産のため品切れの際はお許しください。←精養軒の全てのメニューがそうですが……。(゚∀゚; アセアセ

<あおり>運転の世界

  • 2019.02.03 Sunday
  • 11:58

 最近ニュースをにぎわして、殺人事件にまでなっている危険なあおり運転。バイトを終えた学生たちを送るので、当店も他人ごとではないと心配になり、とうとう先日ドライブレコーダーを車につけてもらった。

 

 20年近く前になるだろうか、英語の勉強で聞いていた・NHKラジオの「実践ビジネス英語」のミニエットにニューヨークの最新道路事情が紹介されていた。road rageという新語を初めて知った。運転中に些細なことで急に激高し、相手を威嚇する行為を指す。銃を持ちだすこともあるというのだ。しかもその運転者は普通のビジネスマンが多いという。その種のことは、数年後にアメリカの後追いをする傾向があるから、日本もそうなるのかもしれないと思った。

 

 昨今のあおり運転は、ニューヨークと同じ傾向なのだろうか、と思っていたら、新聞に、あおり運転者の心理を分析している記事が目に入った。二つの大きな特徴をあげていた。罪悪感のなさと匿名性。ばれないだろうという安心感が、あおり運転者の心理を加速させるというのだ。あ〜、なんだネットと同じじゃないかと思った。

 

 最近スマホに変えてから、画面を開くと、なぜか否応なく、最初にグーグルやヤフーの日本語版ニュースが出てくる。そこに共通するトップは、一文のニュース価値もない芸能ニュースと、中国や韓国についてのジャーナリズムに値しない記事。記事の内容の不満ですらない。ネット群衆のコメントで、多数の賛意を得られることを期待した・無残なほどさもしい心理が物悲しいのだ。日本ばかりじゃなくどこの国のスマホのニュースもみなそうなんだろうか。これらに共通する・罪悪感のなさと多数におもねる匿名性は、あおり運転と同じじゃないのか。そんなことを考えていたら、こころとは何かを一緒に議論する・尊敬する若い友人・Iさんが、フェイスブックでオウム真理教で名をはせたフリーのジャーナリスト・江川紹子さんの記事を紹介してくれていた。

 内容に必ずしも賛成しているわけではないが、久しぶりのジャーナリズム健在にほっとしたのだった。

 

”猛毒言葉”の使い方 江川紹子

 

 この国では、いつから、「死ね」とか「テロリスト」といった”猛毒”の言葉が、安易に使われるようになってしまったのだろうか。
 強く激しい言葉も、繰り返し見聞きするようになっていくと、慣れが生じ、使用する際の懸念や抵抗が弱まっていく。ツイッターにも頻出する「死ね」「死ねばいいのに」という言葉には、もちろん具体的殺意は感じられない。お気軽に使われている。
 ただ、発する本人の意図にかかわらず、言葉そのものに強烈な「毒」が内在する。
 2011年に大津市の中学2年生の男の子がいじめられた果てに自殺した問題では、加害者側の元同級生は裁判で、「『死ね』と言ったのは、あいさつ程度(の認識)だった」と述べていた。
 言う方は、「あいさつ程度」でも、それを投げつけられた側の中で、言葉の「毒」は解き放たれる。あるいは蓄積していく。

 

「テロ」「テロリスト」とは

 

 「テロリスト」も、強烈な言葉だ。使われている場面を見ていると、「テロ」「テロリスト」は、「死ね」以上に敵意や憎悪などの「毒」が含まれているように思う。
 「テロ」という言葉には、普遍的かつ厳密な定義はないものの、
*「政治や宗教的な目的」のために、
*「政府や自治体、外国公館、さらには企業や市民団体など様々な非武装組織、市民や政治家その他の非戦闘員」を対象に、
*「暴力やそれを意図した様々な行為」によって、
*人を殺害したり傷つけたり、モノやシステムを破壊したり、人々を畏怖させたり、社会に不安や恐怖、混乱や疑心暗鬼をもたらすなどの結果効果をもたらしたり、それを意図すること、
という程度の共通認識はあるだろう。
 その動機がどんなに純粋でも、あるいは同情に値するものであっても、「テロ」は手段としては否定されるべきであり、その担い手である「テロリスト」は、「人殺し」以上に強い非難を含んだラベリングである。
 「テロ」に該当する行為でも、それを肯定する同調者たちは、そうは呼ばない。彼らにとっては、「テロ」でなく「義挙」「ジハード」などであり、「テロリスト」ではなく「義士」「英雄」「殉教者」などである。それほど、「テロ」「テロリスト」には否定的な意味が込められている。


非暴力の抗議を「テロリスト」よばわり
 

 沖縄で、米軍ヘリパッド建設に反対する人々を、情報バラエティー番組「ニュース女子」が「テロリスト」と呼んだのは2年前。ヘリパッド建設についての意見が異なるとしても、非暴力の抗議行動を「テロ」扱いしたのには、本当に驚いた。
 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は、この番組には「重大な放送倫理違反があった」と厳しく批判。悪質な「デマ」「ヘイトスピーチ」だという非難の声もずいぶんあった。その一方で、制作側はそれを「言論弾圧」「誹謗中傷」として意に介さず、この態度を指示する人たちもそれなりにいる。
 そして今、沖縄の名護市辺野古で基地建設のための埋め立て工事の賛否を問う県民投票を関連して行われたハンガーストライキについて、自民党の国場幸之助衆院議員(比例九州)の政策秘書、田中慧氏が「ハンストはテロ行為」などと投稿したことが話題になっている。

 このハンガーストライキは、県民投票の呼びかけを行っていた「辺野古」県民投票の会の元山仁士郎代表が、投票に不参加を表明している自治体の再考を促そうとして行ったもの。
 田中氏は、15日にツイッターで「ハンガーストライキ、というのは、自分の命を人質にしたテロと同質ですよ」と投稿した。
 ハンガーストライキという手法について、賛否があるのは理解できる。当人の健康ややり方によっては命にまで影響を及ぼしかねない。そのうえ、ハンストで当該市長の考えを考えることはあまり現実的ではなく、どれほどの効果が見込めるかは分からないからだ。決して勧められる方法ではない。
 しかし、ハンガーストライキは他者に対する暴力や攻撃ではない。田中氏以外にも、今回のハンストを「テロ」扱いしている人たちが結構いるが、言葉の意味からして、まったくの誤りである。
 テロは他者、外部に向けた攻撃である。たとえば、中国共産党による圧政や弾圧に抗議し、世界に発信するために自らの体に火を放って焼身自殺をしたチベット僧を「テロリスト」とは呼ぶのは間違っている。他者を傷つけたり攻撃する意図はないからだ。
 今回のハンガーストライキをテロと呼ぶなら、自傷行為にとどまる焼身チベット僧もテロリスト扱いしなければならなくなる。
 田中氏は、元山さんの健康を案ずる書き込みもしており、誹謗中傷する悪意はさほどなかったのかもしれないが、むしろ無自覚にこういう言葉が出て来るところに問題を感じる。毒を含んだ言葉を発するのは、毒を意識し、それがもたらす効果まで考えたうえでなければ、無責任である。

続きを読む >>

札幌からのお客様

  • 2019.01.12 Saturday
  • 23:47

 予約の電話で、「チゲとご飯を一緒に出してほしい」というご希望がありました。札幌からのお客様です。電話をお受けしたバイトの話では、雑誌で当店の料理を知ったようでした。

 実は、当店は今まで、テレビ・雑誌・ラジオ・新聞の取材をお断りしておりました。お断りする口実は、親の遺言で、と言っておりました。当然ですが、実はそんな遺言はありません。(^A^)

 まぁ、初代の親は(二代目のわたしたちも)、ホルモン・焼肉の大衆店に宣伝も何もないという考えだったのは確かですけど……。

 本音は、気恥ずかしいというのと、面倒くさいというのが理由でした。

 高校同期の地元の建築家が経営する・独特の建築をする会社があります。建築技術自体の評価も高いのですが、それを知ってもらう努力(取材を受けたり・情報を発信する)を真摯にしている姿を長年見てきました。

 

 精養軒ももう少し、商売に、まじめに取り組まねばいけないんじゃないか、と去年思い始めていた時、雑誌社からの取材依頼があったのです。←商売を始めて30年以上。気づくの遅すぎ!!おや爺(T T)

 

 取材はやっぱり、ちょっと面倒。一度写真を撮られたものの、やっぱり出たくない。いろいろ雑誌社の方にごねて、何とかメニューと一生懸命なバイトの皆さんの写真だけにしてもらいました。

 メニュー紹介は自家製スンドゥブチゲと自家栽培もやし・手打ち高麗雉冷麺です。うちの核になる料理群の一部ですね。

 

 札幌からのお客様は奥様が韓国からいらした方でした。幸い、料理も肉もおいしくて止まらないとおっしゃっていただいたと、お相手をした奥さんが言っておりました。チゲは、豆腐もテンヂャン・タンボクチャン(朝鮮味噌2種)も自家製(正確には、自家製の朝鮮味噌と、韓国製の味噌や自家製日本味噌との複雑なブレンドです)だと伝えると驚いてらしたとのことでした。

 手打ちピビム麺もタレも麺の腰もしっかりしておいしいと言われたとのこと。以前韓国からいらした団体のお客様から、自家栽培もやしや、長芋キムチ・キムパブ(韓国海苔巻)を絶賛されたことがあります。

 

 二代目のわたしたちが30年以上やり続けて来た、大豆や蕎麦粉、高麗雉等の地元北海道・岩見沢の食材を使って、どんなにささやかでも、韓国・北朝鮮にもない、北海道でしか存在しない料理をつくりたいという夢が少しづつ見えてきた気がして、新年のお年玉をいただいた思いです。ありがとうございました。

出村船長進水です!:焼肉 一ノ十(いちのじゅう)

  • 2018.08.07 Tuesday
  • 23:14

 今日、夕方6時過ぎ、店が一番込む時間でございます。勝手口のドアホンが鳴りました。

 誰だ、この忙しいときに!  ワシは旬のトウキビ・チヂミと枝豆チヂミを焼いているんだぞ!! 等と舌打ちしながら、ドアを開けると、出村さんがおりました。こんな時間に来ても、なんも話せんでしょうが!!と言うと、「これだけ店に置いて貰えば」と言いながら渡された束がこれでございます。

 おぅ、8月10日プレオープンと言っていたのがもうオープンしたんだぁ。やるじゃぁないの。その上このフライヤー、東京赤坂の高級和風焼肉店みてぇ。相当気合いが入っております。

 

 早速店のレジに置きました。さらに常連のお客様にお配りします。I様にお見せすると、もうすでに会社に出回っているとのこと。なんと言う素早さ。おや爺とは雲泥の差でございますね。商売人はそうじゃなくちゃいけません。

 

 すぐ行くからねぇ。楽しみです。行ったら、すぐにブログで報告しますね。

 札幌からのお客様、是非お立ち寄りくださいませ。でも、精養軒も忘れずにお願いしますぅ。

 えっ? なんで一ノ十かって? ヒントは牛という漢字をよく見てくだせぇ。分かった方は、出村さんから素敵なプレゼントがあるかも……。

 

重大な注:出村さんからラインが入って、8月10日から営業しているとのことでした。

 

焼肉 一ノ十(いちのじゅう)データ

 

営業時間・17:00〜24:00(ラストオーダー/23:00)

水曜定休日(水曜日が祝祭日の場合は営業)

〒003-0021 札幌市白石区栄通19丁目1-18SKビル1階

電話:011(598)1818

 

40数年ぶりの同級生現る。

  • 2018.04.09 Monday
  • 01:38

 ど、ひぇ〜でございます。電話で高校・大学時代一緒だった、M田さんが予約されたとバイトに言われました。おぅ、先日山形から懐かしい人たちが見えたと思ったのもつかの間でございます。

 

 一緒にKさんも来られました。kさんとは中学・高校・大学と一緒です。中学のときは、同じ寺下先生のクラスでした。でもKさんは超まじめで成績優秀。ずっとクラス委員長でしたがや。一方おや爺は万年会計係のアホウでありました。寺下先生には手錠をかけられたこともありましたな。その件はいずれ書くとして、ドキドキしながら待っていました。バイトのいらっしゃいましたの声で出た見ると、あな、懐かしや。M田さんは二倍ぐらい太ったものの、いつもにこにこしていた姿はそのままです。Kさんは相変わらずまじめな受け答え。さすが、北海道のトップ銀行に勤めていただけありますがな。寺下先生がご家族で食べにいらっしゃるんだと言うと、驚いておりました。今度先生がお見えになったら、言おうっと!!手

 

 再会に思わずハグ。ヤッタv この歳になってようやく、こころからそういうこともできるようになりました。昔は知り合いが来るとどうしていいかわからなくなったものです。冷たい対応をされた、と後で人づてに言われたこともあります。←全くの誤解です。己の立ち位置を知らない未熟なアホウだっただけですがな。許してくだされ〜。hirasan

 

 お二人が来たのは、去年、高校同期の現代美術家・川俣正さんの講演が札幌で会った時、彼が精養軒で食事したと言っていたので、今日、焼鳥・三船に寄ってから来たんだということでした。

 いや〜、40数年ぶり、30年も地元でやっているといろんな方に会えるもんですねぇ。とりあえず、来てくれてありがとう!! Kさん、M田さん。お願い

山形のR一家・札幌のJA夫妻来岩

  • 2018.04.03 Tuesday
  • 22:14

 2日に山形から昔お世話になった・尊敬するRアジョシ・アジュモニ夫妻と、息子一家、若い頃からの友人のJA夫妻が来て旧交をあらためました。

 

 当日は、お店を休みにして小上がり、わたしたち家族4名と計12名で食事をしました。数年ぶりなので、新しい精養軒の料理や、味を変えて行った冷麺なども知ってもらいたくて前もってメニューを印刷し、準備します。初めにRアジョシの息子家族が顔を出し、少し遅れてRアジョシが現れました。挨拶もそこそこに、「オモニに線香をあげたい。」と言われました。あぁ、アジョシらしい。亡くなった時に来られなかったことがこころに残っているのでしょう。「えっ、線香なんてありませんよ。無宗教なんで、線香なんてないんです。でも海に流すためにオモニの骨が二階に置いてあるのでそれを持ってきます。」そう答えて、そう言えばアボジとオモニの写真を持ってきて一緒に食事をすればよかったのに、と頭をよぎりました。

 

 二階から骨が入った小さな包みを持ってくると、アジョシはクン・ヂョル(立ってしゃがみながら額に手をつけてお辞儀を3回繰り返す朝鮮式のお辞儀)をしてくれた。もう久しく見ていない光景。

 まずは懐かしい大瓶のアサヒスーパードライで乾杯です。

 いっしょに昔話や今の話が飛び交い気持ちのいい晴れやかな時間でした。もう何度もブログに書いていますが、Rアジョシ・アジュモニは岩見沢で焼肉屋をやっていました。親しくなってから毎週のように兄弟で、店にお邪魔して当時出たばかりのアサヒスーパードライを1ケースは開けていたのに、代金を払ったり、兄弟でビールを持ち寄った記憶がほとんどないのです、なにも気にしなかったわたしたち兄弟もとんでもなく非常識なオロカモノですが、何も言わずに気持ちよく飲ませてくれた二人にも驚くばかりです。本当に気持ちのいい時間でした。当時岩見沢には若い朝鮮・韓国人がいたのですが、理詰めのアジョシを煙たがったのか、わたしたち頓馬な兄弟だけが、政治の話から科学の話、世界情勢をサカナに、夜遅くまでただただ飲んだくれていたのです。

 

 アジュモニが食事の途中で、またわたしとの初対面のことを笑いながら言いだします。『S(わたしのこと)は、初めてうちに来た時無銭飲食したんやで。金がなくって免許証を置いていこうとしたんや。』それを聞いた学生時代からの友人Jが即座に反応しました。『昔を知ってるからなにひとつ驚くに値しませんね。』

 へ〜、へ〜、そうでしょうよ。でもあなたも普通そうに見えて相当ヘンですけどね。

 当店は、ユッケの0157食中毒事件が起きる10年以上前から肉の刺身を出していません。たぶん全国の焼肉店の中では一番最初に出さなくなったと思います。出さない理由を書いた古いブログ記事が、事件後一日4万件ほどヒットしたこともありました。()研究生活を送る彼から、BSE(狂牛病)や、豚やイノシシと深くかかわるE型肝炎の論文を送ってもらっていることも、他の焼肉店とは違った決断をしている理由の一つだと思います。彼の奥さんで、医者のAさんにも家族ぐるみでお世話になっています。

 

 実はメニュー表まで印刷して料理も用意していたのに、一緒に飲んで食べてるうちに料理を出すのをすっかり忘れてしまう始末。やはりプロではありませんなぁ。むかしガウディの建築を見に、スペインに行った時、出会った食堂の酒飲みのおやじさんのことを思い出しました。料理を運ぶ度に酩酊度が進むあの赤ら顔のおっさんと同じぢゃん、おや爺よ。_| ̄|○

 半分も出さなかった料理。

 今年こそバイクで山形に行きますからね!!手手

42回目の卒業式

  • 2018.03.16 Friday
  • 09:30

 教員生活最後の卒業式を迎えた旧友に、ご苦労様でしたと短いメールを送った。朝の3時にメールが返ってきていた。  

 

 素晴らしい合唱で、最後の卒業式が終わりました。
S中には教え子が二人、卒業生の保護者としています。「退職して散歩するときに便利だよ」というメッセージとともに、バックをプレゼントされました。
 僕には、子供といる風景が似合っているようです。一応、時間講師の登録はしましたが、4月1日からはハローワークに通うことになりそうです。過日、就職試験の面接官に言われた「あんた、教員だから、何も出来ないべ」は、ちょっと痛かったけど、僕の教員生活は幸せでした。
じゃ、
ね。
 
 新聞に紹介されるような有名な教師ではなかった。
 国語教師で、毎月詩を子どもたちに紹介していた。演劇に入れ込み、卒業式に入れ込こみ、スポーツ系のクラブの監督で全国大会に出場したこともあった。飲んだくれだった。荒れた学校に配属されて、首筋にカッター・ナイフを突き付けられたと、自分の小心な慌てぶりを面白おかしくわたしに話した。その時共に苦労した後輩教師が、本州の中学に移り、中堅教師として同僚を連れて数人でわざわざ精養軒に来てくれたこともあった。苦しくなると、あの時、Y先生と食べたナンコツ焼の味を思い出すんですよ、帰りがけおっしゃっていた。でもその時の味はわたしではなく、Yと苦労したあなたたちがつくったんですよ、こころの中でちいさく言った。
 大学時代、知り合って少し経った頃、好きなんだと教えてくれた短い曲を訳して送ることにした。
 feeling groovy(気分は上々さ)
the 59th street bridge song (feeling groovy).
56番街橋の歌
slow down, you move too fast
you've got to make the morning last
just kicking down the cobblestones
looking for fun and feeling groovy
ba da da da da da da, feeling groovy

ゆっくり行こうよ、急ぎ過ぎ。
せっかくの朝だもの、おもいっきり浴びなくっちゃ、玉砂利の道をスキップしたい気分
こころを寛げて。ああ、いい気分
気分は上々さ。

hello lamppost, what'cha knowing
i've come to watch your flowers growin'
ain't cha got no rhymes for me?
doo-it in doo doo, feeling groovy
ba da da da da da da, feeling groovy

やぁ、きみ 街路灯さん、なんて。
あのさ、
きみの足もとのちっぽけな花壇もきれいに色づいてるんだよね。
わざわざ見に来たんだもの、素敵なライム(韻)でぼくに応えてもいいんじゃない?
ああ あぁ いい気分
気分は上々!

i've got no deeds to do
no promises to keep
i'm dappled and drowsy and ready to sleep
let the morning time drop all its petals on me
life I love you, all is groovy

やんなきゃなんないことも、なんの約束も
ぼくにはなんにもない
うとうと眠くってもう目がとじてしまいそう
朝のまどろみが 花びらみたいに降りそそぐ
生きてるって、あぁ いい気分
ホント 気分は上々さ。
 

リムディ奨学生Kさんからのメール

  • 2018.03.05 Monday
  • 02:03

 2011年3月11日の東日本巨大地震の被災地域の学生に向けた奨学金制度があります。札幌大学の本田副学長を始めとする発起人の方が始められました。震災後、わたしたちは、日赤を通じた募金に参加していました。福島出身のバイトを一人雇っているつもりで参加しておりました。(数年後、福島出身の高校生をバイトに実際採用することになったのには驚きました。ホント、人の縁とは不思議です。一生懸命な人でしたねぇ。)ところが新聞で募金の配布が滞っていると知らされて、もっと直接的な形を考えていたときにこの奨学制度を知ったのでした。詳しくはこちらをご覧ください。

 

 いくつか奨学金の条件があります。その一つは一月に一回メールで支援者に近況を知らせるというものです。もらって分かったのは、わかい人たちのメールは、わたしたちのような年齢になるとうれしいものだということでした。わたしたち兄弟のように飲んだくれの自堕落な大学・大学院生活を送ったものには、仰ぎ見るような真面目な生活ぶりです。

 

 Kさんは今国立大学の3年生、英語と韓国語の2カ国語に通じています。今回の平昌オリンピックにTBSの通訳として参加していました。ブログ掲載の許可を得たので載せますね。

リムデイ奨学金支援者の皆様

こんにちは。
kです。
お休みのところ申し訳ございません。

先月の活動報告メールでもお話した通り、2月6日から25日まで平昌オリンピックの通訳をしてまいりました。
平昌オリンピックと言っても、私の配属は平昌ではなく、主にスケート競技のメイン会場であった隣町の江陵の国際放送センターでした。
具体的にはたまたま現地で出会ったご縁もあり、TBSさんの通訳を務めさせていただきました。
主な仕事内容は、毎日早朝に送られてくる大会組織委員会からの連絡を日本語に訳してメディアの方にお知らせしたり、
競技会場に向かい会場でのお知らせやアナウンスを訳したり、韓国選手への取材の通訳です。
今回は女子アイスホッケー南北合同チームが注目されていたので、その取材に同行しました。
北朝鮮チームの広報への取材も通訳させていただき、多少の言葉の違いがあるものの、北朝鮮の方と会話する機会をいただき、大変勉強になりました。
取材が終わった後、北朝鮮の方から「日本にも私たちの言葉が分かる方がいらっしゃるのですね 嬉しいです」とおっしゃっていただきました。
また、仕事のため競技を観戦できる機会も多く、フィギュアスケートの羽生選手やスピードスケートチームパシュートの金メダル獲得の瞬間にも立ち会うことができました。
今回は会場での通訳ではなく、メディア通訳を担当したので正直プレッシャーも大きかったです。
私が訳すものが何か間違っていたら、メディアの方々は取材ができませんし、そうすると日本でテレビ観戦を楽しみにされている方々にオリンピックの感動を届けることができません。
また、通訳の基本でもある決して推測で話してはいけない、分からないことがあったら必ず聞き直すという作業が、会話中心に推測をして韓国語を覚えていった私にとっては大変な作業でした。
ですが、私のこなす仕事がメディアの方々、そして日本でテレビ観戦を楽しみにされている方々の役に立っていると考え、最後までやりきる事が出来ました。
韓国語の勉強を始めて間もなく4年になります。
今まで大学時代に力を入れた韓国語学習の集大成として取り組んだオリンピック通訳は、私にとって言葉に上手く表すのは難しいですが、かけがえのない経験になりました。
そして就職活動が解禁されました。
私も3月1日から昨日まで東京で合同説明会やOG訪問に行ってまいりました。
自分が入りたい企業から内定をいただけるように、今までやってきたことを見つめ直し、これから4ヶ月ほど頑張りたいと思います。
 許可を求めたメールの返信で、こう書かれてもいました。『正直責任が大きく、楽しかった!いい経験になった!と簡単に単純に言えるわけではないのですが、”今まで韓国語を勉強する上でずっと意識してきた"自分の勉強してきた韓国語の能力を他の人のために生かす”という点においては大変有意義な時間になりました。』
 そうですよね。大事な経験ほどそれは言えるんじゃないでしょうか。辛い経験であれほとんどの経験は、後になって自分の中で生かされていくんだと思います。そういう感性をKさんは持っていらっしゃるように見えます。Kさんのご研鑽とご自重を祈っております。たまにはゆっくり時間を過ごすのも忘れずに。

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< April 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM