元バイトのCさんのこと。

  • 2017.10.10 Tuesday
  • 22:20

 5日、大きな宴会の準備で店を休んで、特選和牛のヒレを捌いていた。もう25年くらい前に、大学生で本店のバイトをしてくれたCさんの弟さんから、突然電話があった。

 Cさんが、風邪が引き金の心不全で昨日亡くなった。心臓移植でしか治らない拡張型心筋症で数年前から闘病生活を送っていたのを初めて知った

 

 Cさんは真面目を絵にかいたような青年だった。わたしのような者から見ると、真面目すぎるとも思えた。まだ3歳くらいだったわたしたちの子どもにもやさしく、子どもも、まだよく回らない舌で、「Cシャン、Cサン」と呼んで親しんだ。

 有名国立大学を出て研究生活も送った後、焼肉屋をやることになったわたしの兄の、社会的にはずれた生き方が、堅物のCさんにとって、たぶん新鮮だったのだろう。兄と一緒に仕事をするようになって、少し吹っ切れたように、あかるくなったと思えた。

 仕事も一生懸命にやってくれたCさんは、東京に戻った後も、大雪や地震など、何かあるたびに、兄に電話をくれるのだった。

 

 亡くなる2週間ほど前の9月19日、岩見沢が集中豪雨に襲われたときもCさんから兄に電話があった。店が大丈夫か心配してくれていたのだ。本人もわたしたちも、まさか亡くなると思いもしないで。

 

 Cさんはこのブログもよく読んでくれていたらしい。わたしのへたくそな日本語訳に勇気づけられると書いてくれることもあった。そんなんふうに言われたことがなかったので、ヘタでも、年をとって英語をやってよかったと、逆にかれに感謝したい気持ちになったのだった。

 

 Cさん、あなたが生前一番気に入ってくれたブログの記事・『足の裏の声が聞こえて来るまで』を送る言葉にします。いま読み返すと、訳し直したいところがいっぱいあるけど、あなたが亡くなった以上、もう直すこともできなくなりました。

 ブログや電話だけで、長く会えないままだったけど、ありがとう。Cさん、いい思い出しかないよ、ゆっくりおやすみください。

 

『足の裏の声が聞こえるまで』

 以前映画『ヘアスプレー』の挿入歌『i know where i've been.』をこのブログで紹介しました。黒人が公民権運動に初めて参加する時に歌う曲でした。

 I know where I’ve been
わたしは わたしのたどってきた道を知っているから


There’s a light in the darkness
Though the night is black as my skin
There’s a light burning bright
Showing me the way
But I know where I’ve been

暗い闇の中にあかりがみえる
夜はわたしの肌と同じように黒いけれど
燃えるように輝く一筋のひかりが
私にあるべき道を示す
そしてわたしには分かっていた わたしのたどってきた道が


There’s a cry in the distance
It’s a voice that comes from deep within
There’s a cry asking why
I pray the answer’s up ahead, yeah
‘Cause I know where I’ve been

遠くから叫びが聞こえる
心の奥深くからの声が
何故と苦しむ叫びが
わたしは信じている まだ見ぬ応えが確かに私たちの明日にあると
なぜならわたしはずっとどこにいたか分かっていたのだから


There’s a road we’ve been travelin’
Lost so many on the way
But the riches will be plenty
Worth the price, the price we had to pay

私たちが遠く歩んできた道がある
多くをうしない続けた道が
けれどやがて 失くしたものたちは立ち上がり 希望は満ち溢れるだろう


There’s a dream in the future
There’s a struggle that we have yet to win
And there’s a pride in my heart
‘Cause I know where I’m going, yes I do
And I know where I’ve been

夢は 来るべき日々のなかに
誇りは 胸に刻まれ
ゆくてに 勝ちとるべき闘いがある なぜなら
私は自分がどこに行くのか分かっているから
ずっとどこにいたのか知っているから


There’s a road we must travel
There is a promise that we must make
But the riches will be plenty
Worth the risk and the chances we take

歩まねばならない一つの道がある
果たすべき約束が 絶望と
祈りの数だけ やがては希望が満ち溢れることだろう


There’s a dream in the future
There’s a struggle that we have yet to win
Use that pride in our hearts
To lift up tomorrow
‘Cause just to sit still would be a sin

かなたに夢はあり いまは勝利の見えぬ闘いがある
胸に刻まれた誇りが
明日へと歩みを進める 
ただそこにいるだけでは 生きてはいないから


Lord knows I know
Where I ‘ve been

あなただけは 知っている
私は 私がたどってきた道をわかっていると

Oh! When we win
I’ll give thanks to my god
‘Cause I know where I’ve been

克ちえた闘いに
私はあなたに感謝をささげよう

私は私がどこにいたのかわかっているから

                (訳:おや爺)


 非常に好きな曲でよく聞くんですが、いつも引っ掛かっていました。

 この歌のように、わたし(たち)は自分のたどった道を知っているんだろうか? という疑問です。いつも答えは、知らないよな、われながらテンでお話にならないぜ、というものでした。
 そんな折、わが子を自死で失った作家の高史明(こう・さみょん)の言葉が北海道新聞に出ていました。

 頭で知っていることが、知っていることの全てではない。死を頭で考えるな、「自分の足の裏の声を聞け」というものです。

 よく考えてみるとこれは死だけに言えることではないですよね。生まれてはじめて地上に下りた時、生まれて初めて這った時、生まれて初めて立ったとき、そこに誰がいて、何に包まれていたのか、頭では知らないことをみんな足の裏が知っているはずだというのです。足が、頭が気づかないうちに、わたしやあなたを支えてきたはずなんですよね。

 高史明が朝日新聞に書いた文章があります。

   自分支える足の声、聞いて    


 ぼくだけは
 ぜったいにしなない
 なぜならば
 ぼくは
 じぶんじしんだから

 31年前、ひとり息子の真史(まさふみ)は、人知れず詩を書きためた手帳の最後にこう書いて、自死(じし)しました。12歳でした。

 「なぜ!」という自問をくりかえしながら、息子が残した詩を妻とともに「ぼくは12歳」という詩集にまとめました。読者から多くの手紙が届き、訪ねてくる中高生も後を絶ちませんでした。

 ある日、玄関先(げんかんさき)に現(あらわ)れた女子中学生は、見るからに落ち込んだ様子でした。「死にたいって、君のどこが言ってるんだい。ここかい?」と頭を指さすと、こくりとうなずきます。私はとっさに言葉をついでいました。

 でも、君が死ねば頭だけじゃなく、その手も足もぜんぶ死ぬ。まず手をひらいて相談しなきゃ。君はふだんは見えない足の裏で支えられて立っている。足の裏をよく洗って相談してみなさい。

 数カ月後、彼女からの手紙には大きく足の裏の線が描かれ、「足の裏の声が聞こえてくるまで、歩くことにしました」と書かれてありました。

 思えば、真史が最後までこだわった「じぶんじしん」とは、足の裏で支えられた自分ではなかった。そのことに気づかせてあげていれば……。

 彼も学校でいじめなどのトラブルにあっていました。いじめは許されない。しかし、それと向き合うことで、人は今より強い自分になれます。

 命は一つだから大切なのではなく、君が家族や友人たちと、その足がふみしめる大地でつながっている存在だから貴重(きちょう)なのです。切羽(せっぱ)つまった時こそ、足の裏の声に耳を傾けてみてください。

(補注:曲は映像2分10秒から始まります。)

東京から来られたK山様

  • 2017.09.16 Saturday
  • 23:55

 今日ご予約されたK山様は、カウンター席しか空いておらず、おばあ様、お母さま、お孫さんの3名様で詰めて座られました。おばあ様、お母さまは、本店のときからの常連様です。以前チゲを作りたいというので、キムチの汁をお分けしたことがあります。カウンター前で仕事をしている者によると、楽しそうにお話しされていたとのことでした。

 

 東京にいるお孫さんが、サプライズで突然岩見沢に来て、お母様とおばあ様をうちに招待したとのことです。敬老の日に合わせたのでしょう。嬉しいですねぇ、数多くの店の中から精養軒を選んで頂いて。その上、東京でおや爺のブログをよく見ているとのこと。帰りのレジでも、相変わらずうまくご挨拶ができないままでしたがhirasan、本当は非常にうれしいおや爺でありました。懲りずにまたいらして下さいまし。お願い

 

 まだ20代、お若いので、おや爺のブログのどこを見られるのか(『思い出の歌』だったりして(・∀・)○)不思議な気もしますが、ブログ読者の中には、岩見沢を離れて、岩見沢を偲んでいらっしゃる方もいるのかもしれないなぁと気付きました。岩見沢の情報をもう少し発信していかなきゃ、と遅まきながら思うおや爺であります。晴れ

 

2017年、山形のRアジョシ(おじさん)からの自家菜園野菜

  • 2017.09.15 Friday
  • 23:55

 今年も山形のRアジョシから野菜が送られてきました。

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 さわやかきんりゅう、聞いたこともない山形の焼酎の箱に入れられて……。

早速開けてみましょう。

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ズッキーニと南瓜、南蛮とエゴマの葉。おぅ、電話で小ぶりと言っていた、ニンニクもたくさん入っていますな。手 いっぱい野菜を作っては、いろんな所にただでやるから、送り賃ばかりかかるんやで、とアジュモニ(おばさん・奥さん)が嘆いてたっけ。早速料理にとりかかりましょう。

 ズッキーニは、ナムルとキムチでお店に出してひと儲け。残ったズッキーニはオモニがよく作ってくれたけど、子供の頃は大嫌いだった、瓜ののスープを作ってバイト達の賄いに。カボチャはホックホクのわたし好みのもの。品種は不明です。和牛のスープに煮干しと干しシイタケ・昆布で出汁を引きます。メンドーなので煮干しはとらずにそのまま。

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 あとは焼き豆腐を入れて出来上がり。

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 エゴマの葉は、小ぶりで柔らか。香りよくエゴマの葉の食感が苦手な人でも食べやすい。

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 エゴマの醤油漬けを作ります。作り方を少し変えてコチュヂャンを入れることにしました。

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エゴマのキムチ。さらに残りはエゴマ味噌に。小さいエゴマの葉は、お客様のサンチュに添えることにしました。

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 表面がツヤツヤで、果肉が厚く、甘くて風味のある韓国風激辛ナンバンです。非常においしい。日本で市販の激辛ナンバンは、多くは皮が薄くただただいたずらに辛い。それはそれでいいんですが、韓国でよく見る風味のある激辛ナンバンも作ってほしいですねぇ。胡麻油で炒めた後、南蛮の4升漬け(日本の3升漬けに朝鮮の調味料を加えて、おや爺が勝手にでっち上げた料理)にしました。うんまいですがな。

 

 アジョシ、今年もありがとうございました。

 あぁ、でもこんな息苦しい社会になっても、昔のようにアジョシとビールを飲んで話ができれば、どんなに心が軽くなるだろう。今年もバイクで山形へ行けなかった。_| ̄|○ 来年こそバイクで行くぞぅ。火 でも今度はたまりにたまったビール代持ちますからね。hirasan

元バイト・ゆりさんの世界一周ブログ:紺碧Journey

  • 2017.09.09 Saturday
  • 10:26

 知り合いの大学教授が言うには、最近の学生は内向きで留学する人が少なくなっているとのこと。当店のバイト達は何故か留学する人がけっこう多い。韓国、ノルウェー、ドイツ、中国、オーストリア、カナダと行先はいろいろでございますね。バイトをしているときもゆりさんは、旅行好きとは知っておりました。東南アジア、韓国、アメリカとお金をためては、学生時代に何度も海外に行っていました。でも、でも、大学を卒業して3年間お金をためバック・パッカーになって、世界一周旅行に出るほどとは!!

 

 世界旅行に出る数日前(?)に精養軒に顔を出してくれたゆりさん、元気でやってや!! 次に精養軒に顔を出したときの変わったゆりさん・変わらないゆりさんを楽しみにしているよ。わたしも変わらず・変化し続けたいよ。応援してるからねぇ。手

 おや爺のブログの読者のみなさん、よろしかったら彼女のブログをご覧ください。インドで40日の滞在を終えたばかりです。出来れば一日だけで評価しないで、本のようにじっくり継続してみると発見がありますよ。まぁ、渡り歩く人は多くても、ブログをそんなふうに見る人は少ないんでしょうが……。

 どうか、どうか、世界がこれ以上争いに向かわぬように。

 紺碧Journey3年間の勤労をを経て世界へ!!北海道発、26歳の世界一周!!

 

 

 

後編:えっつ、クリフさんてば、突然過ぎ!! i have itchy feet.

  • 2017.07.15 Saturday
  • 12:05

 待合いでマックスプランク研究所の話や、スコットランドの話をしました。研究所には日本人ばかりじゃなく韓国人も数人、中国人も多いとのことです。韓国人の研究はどうと聞くと、あまりに一生懸命(目の前の)仕事をしすぎで、imagination(創像力)に目をやる余力がないかな。でもそれは、朝鮮戦争以後の発展だから、(物理研究の)発展途上(国)で、これからでしょう。

 『えっ、でもドイツ人って仕事すごくするんじゃないの?」いや、いや、ちゃんと休みをとって、夜遅くまで仕事し続けないよ。

 

 聞きながら、素粒子論の坂田昌一博士や武谷三男博士が、明治以降から戦前の日本の物理研究についてよく語っていたことと重なるなぁ、と思い浮かべました。

 教授の意向通りの研究・オリジナリティの軽視(オリジナルなものは外国にある)・権威主義・自由な議論が欠けているというものです。有名な明治の物理学者・長岡半太郎は、彼の原子模型仮説を、物理学ではなく空論とみなすまわりの先輩科学者たちから激しい非難を浴びて、その独創の研究を断念します。

 けれど湯川秀樹によれば、後のノーベル物理学賞をとる・海のものとも、山のものとも分からない湯川の中間子論の初期の研究を、長岡は、自分の研究を続けられなかった苦い体験から、エンカレッジしてくれたと感謝していますね。そうやって歴史は進んで行くもんなんでしょうね。

 

 クリフさん、アスパラチヂミを食べながら何やら難しい顔をしながら一生懸命書いておりました。

 手渡してくれたのがこの詩。いろんな恋をしたけどと云いながら、人生も残り少なくなってきた、特に最終連がいいですよね。kegsとdregsで韻を踏みながら、樽の縁から底の澱までも香り高く澄み切った味わいがした。ビンテージ・ワインのような人生だと思えるなんてね。でもこれって本当はさみしいのかな?

 

 なぜ日本に来たのかを聞いたら、クリフさん、自分は、itchy feet(イチィ・フィート:足がむずむずする)だと答えてくれました。itchy noseと云えば鼻がむずむずする、itchy throatと云えば喉が痒いですが、足がむずむずするところからイディオムで旅行好きと辞書に書かれていますね。

 でも正しいかどうか分かりませんが、わたしの感じるニュアンスは、ただの旅行好きというより、ひとところに落ち着けない・同じところにいられない。デラシネ(学生時代に五木寛之が流行らせた言葉です。ちゅん 随分惹かれたっけ、馬鹿ですね〜。_| ̄|○ 根無し草・故郷を無くした人。フランス語?)っぽい語感のする熟語ですね。

 もしそうならわたしも間違いなく、itchy feetですね。家にいると安心と思いながら、家にいると落ち着かないタイプです。←メンドーな奴!!Docomo_kao18Docomo_kao18

 学生の頃から、下宿を半年に一回変わりたいと思っていましたね。部屋にいるのが嫌で、用もないのに友達・先輩の所や大学の図書館に居ついておりましたがな。←ホント、いま思えば、われながら腹の立つくらい、ハタ迷惑な奴でした。御免なさい、あのころの諸先輩方。我ながら腹の立つくらい、今も、ほ・と・ん・ど変わっておりません!!お願いお願い

前篇:えっつ、クリフさんてば、突然すぎ!! 9年ぶりの再会だそうな。

  • 2017.07.11 Tuesday
  • 01:31

 7月2日の日曜日は、新人バイトばかり。店はごった返し。込んだ上にも込んだ日でございました。一番込んだ夕食時。おや爺の兄・親ぢぢいが汗だくで厨房に顔を出し、「あんたの友達が来てる」というではありませんか。

ホールに行くと、にこにこ笑っている懐かしい顔、えっつ、でもなんで岩見沢に、イギリスにいるんじゃぁないの。

でもとりあえず、思わずハグ。ごめんねぇ、メールアドレス知っていると思ったら、ハードディスクがクラッシュしてメールも送れなかったんですよと言い訳おや爺。もっとも彼もメールで連絡するのが苦手なんだと答えて、黙ってこちらに来た言い訳をします。彼が教えてくれた英単語・introverted(内省的な・内向的な)を思い出しました。このブログの読者はおや爺のことを社交的とか人づきあいがいいと誤解している方が、万に一人おるやも知れませぬ。

 ち・が・い・ま・す! ひととしゃべるのが苦手、特に社交的な話ができない。さらに女性や年上男性が苦手です。出来ればバイトの面接もしたくない!!

 

 さてクリフさんは岩見沢にいたのはほんの少しの間でしたが、美唄に住む英語の先生と一緒にクリフさんから英語のレッスンを受けていました。そう言えば、9年前に突然店に来たときは、常連の0さん、アメリカに戻っているはずのクリフさんを見てびっくりしていました。何で岩見沢、なんで精養軒?? Oさんもクリフさんからいっとき習っていたそうです。世の中ほんと狭いですわ。悪いことはできまへん。

 

 クリフさんによると9年ぶりの再会の由。岩見沢を去った後アメリカにもどり、ノーベル賞受賞者がいっぱいの・あの有名なスタンフォード大学に行きます。さらにスコットランドの大学に行き、いまはドイツにいるとのこと。

「えっつ、ドイツで何してんの?」 

「マックスプランク研究所で超伝導(superconductivity)の研究してる。」

 マ、マックスプランクですってぇ!物理好きの皆さんなら忘れることは許されない高貴なお名前。あのプランク常数を発見し、量子論の父とまで言われる大物理学者。

 

ε= 

 

 こ〜んな中学生の算数に出て来るような簡単な式の中に、自然界にエネルギーが不連続に存在すること、物理学の新分野・量子論の一大発見に導いたんですからねぇ。理系小僧には、バイクのステップの火花を散らし、リアタイヤの端から端まで使って大垂水峠を攻めているような、そんな心躍る話じゃないですか。おや爺、この頃のキラ星のごとく現れる天才物理学者たちの話になると、初恋の人に出会ったように、いまだについ興奮しちゃいますね。勿論その後戦中戦後にかけて怒涛の活躍をする湯川秀樹をはじめとする日本の素粒子論グループがおりますね。えっと、何の話だっけ、閑話休題。

 

 前日まで北大で学会があり、明日ドイツに帰る前に会いに来たクリフさん。教育大生でサッカー選手として何度も新聞に出ているSさんが落ち着いて英語で注文をお聞きします。精養軒のお薦め料理、自家製倍もやしづくしとアスパラのチヂミをお出しします。クリフさんから手打ち高麗雉冷麺の注文が入ります。

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 以前とカウンターが変わったことに気づいたみたい。さすが注意深いクリフさん。でも写真を撮ると変なポーズをとるのはどうして? こういうヘンテコなところはおや爺と似てるなぁ。

9時近くなっておや爺は栗沢までバイトの女の子を家に送らなければなりません。小一時間ほどカウンターで、金属学専攻のおや爺の兄・Dr.親ぢぢいが、好きな物理の話をクリフさんと英語でしていたようです。

 

 戻ってきて11時半の札幌行き最終電車の時間まで待合でお話し。最後におや爺が80歳になるまで少なくても2回は会いましょうというと、とりあえず来年しばらく東大で実験するのでそのとき会おうという話になりました。でもまた突然現れるんだろうなぁ。

 次の名刺はありがたくも賢くも、マックスプランク研究所の名刺でございますね。額に入れておこう!

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 でもなんでマヌケな上にも間抜けなおや爺と友人なのかなぁ? 多分お互いイントロバートな気質が似ている・家族が南アフリカ出身の彼と、親が朝鮮人のわたしに同じにおいを感じているのかもしれません。突然だったけど来てくれてありがとう。わたしも、ときどき、突然、思い出していたんだよ。

 そう言えば二日前に東京で修業時代にお世話になったゴン先生(韓国料理研究家として有名な全京華先生の旦那)から電話があり、東京に来たら会おうと言われたすぐ後に慌ててくぎを刺されたっけ。『オマエなぁ絶対ゼッタイ電話してから来いよ!もう突然来るなよ、いいオトナ(いいオトナって、通り越してもういいぢぢいです)なんだから。』←おや爺、クリフさんと同じじゃん!hirasan手

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モランボン本店5月3日オープン

  • 2017.04.27 Thursday
  • 23:41

 おや爺は、30年以上前に、焼肉のたれジャンで有名なモランボンが経営していたモランボン調理師学校の朝鮮料理専攻科にかよっておりました。その後、モランボンの会社で、肉の勉強を始め、とてつもなくお世話になったのでございます。その間の事情についてはブログにも何回か記事にしております。その時の縁で、料理研究家のジョン・キョンファ先生や朝鮮食文化のチョン・デソン先生といまも時々お世話になっております。と云っても自分に用事のある時だけ突然連絡するという不届きな上にも不届きな馬鹿者でありますが……。

 

 さて、朝鮮飯店モランボン(いまは朝鮮飯店はつけないようです)には、ミシュラン二つ星を連続でとり続けた・目先の商売を度外視した高級店・神宮前店がありましたが、その営業(?)を終えて、今度は創業の地・府中に、5月3日本店を新たにオープンすることになりました。そのスタッフの顔ぶれを見て仰天したのでございますね。

 わ、わたしがいた頃の諸先輩ではございませんか!! な、なんてこったい〜!!詳をご覧ください。

 でっかく顔写真まで出ておりますがな!

 竹内さん、小向さんに上村さん。

 竹内さんは、モランボン味の研究所で肉の勉強をしていたのときにお世話になりました。一月ほど彼の部屋に居候したことがありますな。その間失敗したチヂミを毎日嫌になるほど食べさせ続けたので、いまも恨みを抱いているらしく、去年会った時にもいまだにしつこく言っておりましたな。

 

 小向さんは、神宮前店の総料理長のとき、わたしの肉の師匠の中島先生ご夫妻・竹内ご夫妻と一緒にお会いしました。以前突然店に小向さんから電話があって、肉の修行をしていた頃の・わたしがすっかり忘れていた話をされて、驚いたことがありました。あれはうれしかったです。そんなふうに思われていたなんて知りませんでしたよ。上村さんは、その当時の朝鮮飯店モランボンの旗艦店・新宿店のチーフでした。調理師学校同期の・京都のOが、上村さんのもとでしごかれておりましたね。厳しいと、いつも愚痴を言っていましたっけ。あっ、これヒミツだっけ、ヨンギ?ちゅんセリザワさん

 近いうちにぜひ行きます!!手

 

 

モランボン本店
住所 〒183-0055 東京都府中市府中町1-7-2
さくら食品館 4F

電話番号:042-365-4121

 

 

 

 

 

 

 

 

リムディ奨学会:Kさんからのメール

  • 2017.03.02 Thursday
  • 10:56

 東日本大震災と東電の原発事故で被災した学生たちのための・民間の奨学金制度にリムディ奨学会があります。会員に定期的にメールが送られてきます。これが励みになったり、う〜ん、と考えさせられ、歳をとり日々を自堕落に生きがちなわたしにとっては、日々のこころの健康に非常にいいのです。

 

 大学生Kさんは留学も経験し、さらにいまは政府のプロジェクトに参加してタイに行っています。今月はタイからのメールでした。

 

『(中略)チェンマイは北部を山に囲まれ、ミャンマーやラオスとの国境地帯になっています。
そこでは以前からアヘンが違法に作られ、山岳民族の生業になっていたそうです。
しかし、昨年お亡くなりになられたプミポン前国王によって、ロイヤルプロジェクトという名の下、
農業で生計を立てていくシステムが導入されています。
その一環で、チェンマイ大学は山岳民族と共同でコーヒー農園を運営し、
フェアトレードで輸出することによって、山岳民族の方々の経済的自立を支援しているそうです。
その他にも、隣町チェンライの広大な水田地帯にも足を運び、タイの農業経済について勉強しました。
チェンマイでの学習は受け身の授業だけでなく、英語でのプレゼンテーションもあるので、
徹夜でのプレゼン準備で寝不足になりながらも、なんとか乗り越えることができました。
あとは、何といっても外 国人の学生との交流が面白いです。
自分にはない考え方を吸収することは今でもとても新鮮です。
タイの人々はいつも笑顔でホスピタリティに溢れています。
「なんでそんなに他人に優しくできるの?」とタイ人学生に尋ねたところ、
「日本では他人に迷惑をかけないようにと小さなころから教わるかもしれないけど、タイでは他人に迷惑をかけるのは当たり前だから、その代わり他人に迷惑をかけられても見捨てず尽くしなさいと教わるんだ」と言われ、日本との考えの違いをすることが実感するとともに、個人的にはタイの考え方はとてもいいなと思いました。
タイと言えばバンコクやプーケットというイメージが強いですが、チェンマイもとても素敵な町でした。

明日からはバンコクのチュラロンコン大学でアジア経済や日系企業のタイ進出について勉強する予定です。(略)』

 

「日本では他人に迷惑をかけないようにと小さなころから教わるかもしれないけど、タイでは他人に迷惑をかけるのは当たり前だから、その代わり他人に迷惑をかけられても見捨てず尽くしなさいと教わるんだ」と言われ、日本との考えの違いをすることが実感するとともに、個人的にはタイの考え方はとてもいいなと思いました。

 

 なるほどねぇ、そういう考え方もあるんだぁ。他人に迷惑をかけないというのも大事な思想だけど、このタイの学生の考え方は、日本の迷惑思想の弱点を突くなぁ、と思いました。素粒子論の武谷三男風に言えば、横同士のつながり(人権の結びつき)に結びついた<迷惑論>はいいけど、タテ社会にひきづられた(特権に結びついた)<迷惑論>は、結果的に弱い立場の人権を奪うことになりますからね。勿論タイの学生の考えも同じことが言えます。留学がお互いの視野を広くすると言っても、そうできる人は、留学者の中でも限られている気がします。結局ひととひとは相互浸透によって出来上がっているからその区別と関連の構造を理解しなければいけないという三浦つとむの理論まで思い出しましたよ。

 

 Kさん、いつも素晴らしいメールありがとうね。おや爺、日々の・縮小再生産される小さな生活にうつつを抜かさないよう勉強します。

 

新豆・岩見沢産青大豆の自家栽培もやしナムル:「埼玉のもやしかい?」

  • 2017.01.24 Tuesday
  • 15:06

 精養軒の自家栽培大豆もやしは今が一番旬。ただ、一番寒い時期なので、成長が遅く需要に追い付いていない状況です。そのためまだ茎(胚軸)が短い段階で、収穫して味付けしております。そうした大豆もやしは、特に頭の部分(子葉)が甘くおいしいものが出来上がります。←当然原価率が高くなって、お店にとっては苦しいかも……。

 

 さてそんなこんなの今日この頃。先日多分会社の新年会だと思いますが、大豆もやしナムルだけの注文がありました。もやしナムルを食べられたお客様が、バイトに聞いたそうです。「すごくおいしいもやしだけれど、埼玉から送ってもらっているのかい?」もやしが岩見沢産青大豆を使った・精養軒で自家栽培したもやしであることを、バイトがお客様に告げると驚いていたというのです。

 

 わたしのほうこそびっくりしました。埼玉のもやしと云えば、安売りもやしのあり方(スーパーの販売業者ばかりではなく、栽培者や消費者のあり方まで含めた現在の経済)に戦いを挑み続ける深谷のもやし屋・飯塚商店以外にありません。わたし、大豆もやし栽培の知識を根本から増やそうと調べている時に、飯塚さんのブログに出会ったのでした。今はフエイスブックを主にやってらっしゃいます。先日東京にお会いしに行きましたが都合がつけなかった方です。←いつものおや爺のやり方!! ひとに合うのが苦手なので前もって準備するのが得意ではないのです。

 

 早速お客様のところにお礼の挨拶かたがたお伺いしました。やはり深谷の飯塚さんのところのもやしを食べていらっしゃる方でした。お客様も岩見沢の焼肉屋が、深谷の飯塚さんを知っていることに驚いてらっしゃいましたが、わたしのほうもまさか、飯塚もやしの経験者が、岩見沢にいらっしゃるとは思いもしませんでした。おばあちゃんが埼玉に住んでいらして、よく食べたそうです。精養軒のもやしがあまりおいしいので深谷のもやしかと思ったというのでした。

 

 実はまだわたし、飯塚さんの大豆もやしを食べたことがありません。飯塚さんのところに来る大豆が、もやし栽培に向かない時期になっていたからです。フェイス・ブックを通してはコンタクトをとりましたが、今年こそお伺いしてお話しを聞くぞ〜、と思うおや爺であります。

 世の中狭いなぁ、という驚きと、うれしさがこみ上げた、仕事の疲れが吹っ飛んだ夜でした。←ひとの気持ちとからだって、単純だぁ!hirasan←お前だけだろうよ、おや爺よ。ムスっムスっ

2017年のパイザ:あなたがいたから If not for you. ジョージ・ハリスン/ボブ・ディラン

  • 2016.12.31 Saturday
  • 00:00

 子どもの頃見た、今も忘れられない光景を、この記事で思い出した。おぼろげで、何かテレビの残像の様に間違って記憶しているだけなのかといぶかりながら、だがあまりに鮮明な記憶。わたしは戦後10年近く経って生まれたのだが、ときどき汚れたネズミ色の浴衣のような服を着てベニヤに滑車をつけた自製の台車に乗って杖で押しながら敗れた軍帽をかぶった男が物乞いをしている光景だ。それを近所のこども達が冷やかしているか、何も見えないふりをして歩く大方の大人たち。

 

 後に、ジャーナリスト辺見庸の本を読んだ時、戦後、国から保障を切られたため、視野の外に隠されていた戦傷軍人が日本各地の町に現れたと書いていて、その光景の背景を知った。

 

 いま福島からの自主避難者の住宅支援援助が打ち切られるという。

 歴史を学ぶと、と語った哲学者の言葉を知ったのは、英語を勉強するために買った、野末珍平の世界の名言集だった。

 人は歴史を学ぶと、歴史から何一つ学んでいないことが分かる。We learn from history that we do not learn anything from history.

 本当にそうなのだろうか。

 

 11月20日の北海道新聞に、講談社ノンフィクション賞を受賞したジャーナリスト・安田浩一の講演抄「差別のない社会を目指して」が載っていた。ヘッド・ラインは、「無視や黙認は、加担することと同じです」とあった。

 

 各地で増殖したヘイトスピーチについて、2013年在日コリアンが多く住む大阪・鶴橋で、『在日特権を許さない市民の会』などのデモで、女子中学生が「南京大虐殺でなくて鶴橋大虐殺を実行しますよ」と声を張り上げました、と紹介しながら、差別の対象は外国人だけではありません、と続けている。

  「偏見」について、きびしい闘病生活を送りながら快活に生きる・若い尊敬する日本の友人が、「偏見とか、固定概念とか、そういうものが人々を守っている側面も大きいと思うんです」と書いていたので、真意がよく分からなくて聞き返した。

 

偏見や固定観念で、バランスをとらざるを得なかったと言う方が良いかもしれません/心底、必要なかった、と思うまではその人のバランスに必要なんだと思います/悪いとわかっている事でも、代わりにより良い事を得られる自信がないと、なかなか手放せないものなんじゃないでしょうか/なので、僕自身も、このフリーハグの様に、より良い未来の可能性を感じさせる事にフォーカスして生きていきたいと思ってるんです」 

 

 そうなのだ。えらそうなことを言ったって、わたしだってこころの底は、差別や偏見に溢れている。

 こころのやさしいかしこい友人を持つのは幸せなことだとしみじみ感ずる。

 

 今年ほどいろんな方との出会いもなかったと思います。杉山さんをはじめ、新聞や本を通してだけの方々や実際お店に来ていただいた方、このブログを通じて知り合えた方、世界に誇る・独創の心理臨床家・河野先生、詩人アーサービナードさんを始め、長年の想いが通じて、ようやくお会いできた方々、引っ込み思案なわたしには考えられなかったことです。今年も一年ありがとうございました。

 常連の方、見知らぬ方と、このスクリーンを通じてお会いできるのを楽しみにしております。←えっと、実際にお客様としてお店に来ていただけると、さらにうれしいおや爺であります。←急に商売するなよ、おや爺よ。hirasan手

 来年が、福島や熊本、沖縄のひとびとに、世界のどこかの・苦しみの中にある人々に、精養軒に来ていただいているお客様に、平和で、普通に生きる日々が訪れることを願いながら。

 

If not for you
あなたが いたから


If not for you,
Babe, I couldn't even find the door,
I couldn't even see the floor,
I'd be sad and blue,
If not for you.
きみがいなければ

あの部屋で 今日も ヒザを抱えて、

ひとり 出口にも気づかない

立ちあがるなんてムリ

クズだって思ってた

もしきみがいなければ


If not for you,
Babe, the night would see me wide awake
The day would surely have to break
But it would not be new,
If not for you.

きみがいなければ

一晩中眠ることもできないまま

朝の陽射しを迎えたのに

初まりだ って感じれない

もしきみがいなければ


If not for you
My sky would fall,
Rain would gather too.
Without your love I'd be nowhere at all,
I'd be lost if not for you,

きみがいなければ
ぼくの空はがらがらと崩れ

雨が瓦礫のように降りしきる

きみのふかい悲しみにふれなければ

ぼくはいまだに居場所のないまま

あてどないまま

もしきみがいなければ

 

If not for you,
The winter would hold no spring,
Couldn't hear the robin sing,
I just wouldn't have a clue,
If not for you.

きみがいなければ

長い冬がたとえ終わっても

春を告げるツグミの歌だってぼくには虚しいだけ

何一つ気づかず わからないまま

生きる価値などないって思ってた

もしきみがいなければ

 

If not for you
My sky would fall,
Rain would gather too.
Without your love I'd be nowhere at all,
I'd be lost if not for you,

きみがいなければ
ぼくの空はがらがらと崩れ

雨が瓦礫のように降りしきる

きみの愛をしらなければ

ぼくはいまだに居場所のないまま

あてどないまま

もしきみがいなければ

 

If not for you,
The winter would hold no spring,
Couldn't hear the robin sing,
I just wouldn't have a clue,
If not for you.

きみがいなければ

長い冬がたとえ終わっても

春を告げるツグミの歌だってぼくには虚しいだけ

何一つ気付かず わからないまま

生きる価値などないって思ってた

もしきみがいなければ

      (ボブ・ディラン作詞作曲 ジョージ・ハリスン版訳:おや爺)

 

注:ビートルズが解散して、ジョージが出した3枚組のソロアルバムの中のナンバー。一番気に入っていた曲。当然ジョージの自作だと思っていた。ある時レコードのラベルを見てボブ・ディラン作詞作曲とあるのを発見して驚いた。

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