店長出村のブログ:メイヤーレモンのアイスクリーム

  • 2017.09.19 Tuesday
  • 18:26

(おや爺注:この記事は8月1日のものです。写真がうまく撮れず今日になってしまいました。)

 しばらくの間、品切れが続いていましたメイヤーレモン(防腐剤不使用)のアイスクリームがリニューアルして再登場しました!

レモンの酸っぱさが苦手なもので、なかなかイメージが湧かなくて苦戦しました。レモンの商品はお菓子屋でもパン屋でもスルーしてしまいがちな私です。好きなものはccレモンだけ。

 

  品切れが続いてた間もご注文があり、8月の暑い期間は出来るだけご用意したいと思いますが、品切れとなる時もございますのが、その際は他にも数種類他店では味わえないオリジナルの自家製のアイスクリームをご用意しております。是非色々試して頂けたらこれ幸いです♬

   メイヤーレモンとはレモンとオレンジを掛け合わせたもので、ほとんどレモンと同じ使い方なんですが、一般的なレモンよりは味も香りも甘味があると言われています。

店頭で見かけたら手に取って見てください。オレンジのような濃い黄色で、丸み帯びて可愛い形をしています。甘味があるので生食もできるとのことです。でも基本はレモンですのでお気をつけください!

   今年の夏はこのメイヤーレモンのアイスクリームで決まり!

 

2017年イギリスマン島TTレース

  • 2017.09.17 Sunday
  • 00:52

 以前にもこのマン島TTレースのことを記事にしたことがありますが、また懲りもせず馬鹿バイク乗り・おや爺は載せるんでございますね。

 

 マン島レースと云えば、本田技研の創業者であり、元祖カミナリ族(昔バイク乗りはこう呼ばれた)の教祖・本田宗一郎を語らねば始まりません。戦後創業の企業にすぎなかったホンダは過剰な設備投資が祟って、倒産寸前に追い込まれた直後のことでした。世界のバイクレースの頂点に立つと宣言して、このマン島レースに参戦宣言をしたのです。1954年の頃です。当時ホンダのバイクと世界のトップバイクのスピードの差は倍もあることを、宣言後に本田は知り愕然となります。

 

 そして5年後の1959年初めてマン島レースで6位入賞、2年後の1・2・3フィニシュで賞を独占したのでした。この間の本田とその仲間たちの奮闘は何度読んでも胸が熱くなりますねぇ。まわりは非難する者ばかり。今でこそ独創とか新しいことが、日本企業称賛の当たり前の枕詞になっていますが、本田宗一郎が奮闘していた頃は、企業にとって、利益が第一、独創性は二の次、三の次に評価された時代だったのです。ソニーなんて、大企業・松下電器(いまのパナソニック。昔マネシタ電気って呼ばれたこともありましたな)のモルモットと言われていましたからねぇ。

 

 その時代の多数派の評価や価値観を言われたまま信じると新しい道は発見されないというのはどこの世界でもいつの時代でも同じだなぁ、と思うおや爺でありますね。出来上がって評価されたものを評論家的に受け入れるのではなく、いまだよく分からない新しいもの、いまだ評価の定まっていない少数のものを評価する人間になれたらなぁ。

 

 驚いたのはイギリスの新聞です。ちっぽけな東洋から来た名もないバイク屋が初エントリーから二年後の快挙です。どうせイギリスのフルコピーのエンジンだと思って分解したら、そこには何物のまねではない・驚くべき独創の技術だったと書かれたのです。さすが内燃機関発祥の地・イギリス。日本だとバイクはアホウの乗り物(←確かにそうだけど……)という扱いですが、イギリスだとグランプリライダーにサ―の称号が与えられますからねぇ。

 

 次の映像を見ると、踊るアホウに見る阿呆と言う言葉が思い浮かぶおや爺であります。公道、時速300km越えの世界ですわ。カッケ〜、こんなコーナリング出来たら、ライダー辞めてもいい!!、って60過ぎてアホウ。まったくの住宅街をこんなスピードで疾走していいものか?hirasanhirasan

 次のアメリカホンダのプロモ映像はちょっとカッコつけすぎですかねぇ。

 なぜ、ひとはバイクで旅に出るのか、家にいれば暖かいベッドと淹れ立てのエスプレッソがあるのに、と一人アヤをつける男でございますね。←おや爺のことではございません。ちゅんちゅん

 どこへ向かうかもわからない道を、見知らぬものと出会うために、ここにない何かを求めて( it's what lies beyond)なんちゃっておりますね。

 バイク同士がすれ違った時のアメリカでの挨拶なのかなぁ、何気なくてチョットかっこいいですねぇ。右側通行でしか使えませんが……。

 どうです? バイク乗りたくなりましたぁ〜、皆さん。←誰もなんねぇよ!ムスっ_| ̄|○

 

東京から来られたK山様

  • 2017.09.16 Saturday
  • 23:55

 今日ご予約されたK山様は、カウンター席しか空いておらず、おばあ様、お母さま、お孫さんの3名様で詰めて座られました。おばあ様、お母さまは、本店のときからの常連様です。以前チゲを作りたいというので、キムチの汁をお分けしたことがあります。カウンター前で仕事をしている者によると、楽しそうにお話しされていたとのことでした。

 

 東京にいるお孫さんが、サプライズで突然岩見沢に来て、お母様とおばあ様をうちに招待したとのことです。敬老の日に合わせたのでしょう。嬉しいですねぇ、数多くの店の中から精養軒を選んで頂いて。その上、東京でおや爺のブログをよく見ているとのこと。帰りのレジでも、相変わらずうまくご挨拶ができないままでしたがhirasan、本当は非常にうれしいおや爺でありました。懲りずにまたいらして下さいまし。お願い

 

 まだ20代、お若いので、おや爺のブログのどこを見られるのか(『思い出の歌』だったりして(・∀・)○)不思議な気もしますが、ブログ読者の中には、岩見沢を離れて、岩見沢を偲んでいらっしゃる方もいるのかもしれないなぁと気付きました。岩見沢の情報をもう少し発信していかなきゃ、と遅まきながら思うおや爺であります。晴れ

 

2017年、山形のRアジョシ(おじさん)からの自家菜園野菜

  • 2017.09.15 Friday
  • 23:55

 今年も山形のRアジョシから野菜が送られてきました。

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 さわやかきんりゅう、聞いたこともない山形の焼酎の箱に入れられて……。

早速開けてみましょう。

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ズッキーニと南瓜、南蛮とエゴマの葉。おぅ、電話で小ぶりと言っていた、ニンニクもたくさん入っていますな。手 いっぱい野菜を作っては、いろんな所にただでやるから、送り賃ばかりかかるんやで、とアジュモニ(おばさん・奥さん)が嘆いてたっけ。早速料理にとりかかりましょう。

 ズッキーニは、ナムルとキムチでお店に出してひと儲け。残ったズッキーニはオモニがよく作ってくれたけど、子供の頃は大嫌いだった、瓜ののスープを作ってバイト達の賄いに。カボチャはホックホクのわたし好みのもの。品種は不明です。和牛のスープに煮干しと干しシイタケ・昆布で出汁を引きます。メンドーなので煮干しはとらずにそのまま。

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 あとは焼き豆腐を入れて出来上がり。

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 エゴマの葉は、小ぶりで柔らか。香りよくエゴマの葉の食感が苦手な人でも食べやすい。

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 エゴマの醤油漬けを作ります。作り方を少し変えてコチュヂャンを入れることにしました。

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エゴマのキムチ。さらに残りはエゴマ味噌に。小さいエゴマの葉は、お客様のサンチュに添えることにしました。

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 表面がツヤツヤで、果肉が厚く、甘くて風味のある韓国風激辛ナンバンです。非常においしい。日本で市販の激辛ナンバンは、多くは皮が薄くただただいたずらに辛い。それはそれでいいんですが、韓国でよく見る風味のある激辛ナンバンも作ってほしいですねぇ。胡麻油で炒めた後、南蛮の4升漬け(日本の3升漬けに朝鮮の調味料を加えて、おや爺が勝手にでっち上げた料理)にしました。うんまいですがな。

 

 アジョシ、今年もありがとうございました。

 あぁ、でもこんな息苦しい社会になっても、昔のようにアジョシとビールを飲んで話ができれば、どんなに心が軽くなるだろう。今年もバイクで山形へ行けなかった。_| ̄|○ 来年こそバイクで行くぞぅ。火 でも今度はたまりにたまったビール代持ちますからね。hirasan

イーデス・ハンソンさんのお母さんのこと:詩・谷川俊太郎 曲・武満徹 編曲・林光

  • 2017.09.13 Wednesday
  • 20:41

 イーデス・ハンソンさんは、わたしの年代でいえば、子どもの頃、テレビで大阪弁を話す面白いアメリカ人(子供の頃欧米人はみんなアメリカ人と思っていた)という印象だろうか。大人になってすっかり関心を失った頃、北朝鮮やアジア各国の人権抑圧を厳しく批判しているアムネスティの日本支部長という仕事をされて、いろいろな発言をされているのを耳にするようになった。10年以上前のことになる。新聞に載ったイーデス・ハンソンさんのインタビューが忘れられない。

  彼女の兄が第二次大戦で戦死したとき、お母さんが、アメリカの新聞記者に答えたという。

 そのときアメリカは、ヒトラーファシスト政権のドイツ・ムソリーニ政権イタリアと三国軍事同盟を結んだ日本を相手に、連合軍の一員として戦って、アメリカにいた日系米人や日本人は収容所に入れられていた時代なのだ。

『わたしと同じような悲しみに暮れる母親が、日本にも大勢いるでしょう。』

 

 北海道余市では、ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴の妻・リタは、日本に帰化し日本人以上に日本人になろうとしたのに、それまで親しかった者から手のひらを返したように冷たい視線を浴びたり、石を投げられたりした。その経験は戦後数年経っても外をひとりで歩くことを怖がるほどだったという。

 人は国家を背負うと、ひとを敵味方に分けて引き算をし、人権を確信すると、同じ裸の人間として足し算をするのだろうか。自分の生すら満足に背負えないわたしの様な者でも、国家を背負うと、力を得たように思いこみ、ひとを、備品や消耗品のように、自在に仕分けできる快感を得るようになるのだろうか。 

 厳しい闘病生活を、快活に送る・尊敬する若い京都の友人が書いていた。

 

 「偏見とか、固定概念とか、そういうものが人々を守っている側面も大きいと思うんです」と言ったあとで、「偏見や固定観念で、バランスをとらざるを得なかったと言う方が良いかもしれません。心底、必要なかった、と思うまではその人のバランスに必要なんだと思います。悪いとわかっている事でも、代わりにより良い事を得られる自信がないと、なかなか手放せないものなんじゃないでしょうか。

 なので、僕自身も、このフリーハグのように、より良い未来の可能性を感じさせる事にフォーカスして生きていきたいと思ってるんです。」 

 

 ひとびとがこんな時代を日々生きる上で、わたしには、どんな国の論理より、このハンソンさんの母親や、若い友人の足し算の(人権の)論理に、わたし(たち)の輝く雲の柱と絶えざる希望があると思える。

  先日、家族みんなでユーチューブを見たとき、日本のフォークの特集した番組だった。その中では、小室等が歌っていた。谷川俊太郎の詩に、武満徹が作曲し、林光が編曲した、「死んだ男の残したものは」だった。

 二度の戦争に翻弄された親を持つわたしには、このアジアで生きている人同士が殺し合う戦争が起きること自体、勝とうが負けようが、敗因としか思えない。

2017年9月、花壇の槿(ムグンファ)

  • 2017.09.11 Monday
  • 22:01

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 今年最初の槿の花が開いたのは、オモニの命日の次の日、7月31日だった。
その後温かい日が続いても、あまり咲かないまま過ぎた。8月のお盆明けに大学時代からの友人の知床の家まで、バイク・ツーリングした。夫婦とも大学同期なのだが、旦那は仕事で忙しく、遅く帰ってきた。その間奥さんのMGといろんな話をした。精養軒の木槿(むくげ)の話になって、言われた。

 『花も歳をとったらちゃんと手入れしなきゃだめよ。』
 

 木槿は斎藤眼科さんから譲り受けたものなので、斎藤さんが育ててから少なくても40年近く経っているはずだ。花壇の土は水はけがよすぎるのに、今まで肥料も与えたこともなかった。数年前、一本、幹が病気にかかり根元から切った。
 本来は、おおきく一斉に咲く8月中に、今年は小さな花を少しつけるばかりで終わった。街なかで見かける薄紫の木槿は大きな花を一斉に咲かせているから、天候のせいではない。MGの話が頭をよぎった。わたしのせいだと思った。

 

 9月に入ってからだ。その花壇の木槿に花が一斉に咲き始めたのだ。それぞれは今迄にないほど小さく、一日花の槿らしく一日だけの開花で落ちてしまう。だが、咲くかどうかは分からないが、無数の蕾が、つぎを待機しているみたいに静かに口を閉じているもの、少し開いているものさまざまに見える。なんだかまだ見ぬ・社会や国の服を脱ぎ捨てたひととひとの連帯の・新しくうつくしい真理が力を合わせて息づいているようではないか。

 

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 この花が散ったら、秋に涼しくなって堆肥をやろう。

 

 気づかずに咲き継ぐ花も木槿かな       稲畑汀子

 

 この句は助詞「も」で成立している、とおもう。押しつけがましくなく・さびしくもなく・それぞれがそれぞれに自然な槿の花の佇まいを示しているようでこころ魅かれる。

追記:槿の木の下の額紫陽花も7月に咲きました。でも例年と色が違うような気がします。
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元バイト・ゆりさんの世界一周ブログ:紺碧Journey

  • 2017.09.09 Saturday
  • 10:26

 知り合いの大学教授が言うには、最近の学生は内向きで留学する人が少なくなっているとのこと。当店のバイト達は何故か留学する人がけっこう多い。韓国、ノルウェー、ドイツ、中国、オーストリア、カナダと行先はいろいろでございますね。バイトをしているときもゆりさんは、旅行好きとは知っておりました。東南アジア、韓国、アメリカとお金をためては、学生時代に何度も海外に行っていました。でも、でも、大学を卒業して3年間お金をためバック・パッカーになって、世界一周旅行に出るほどとは!!

 

 世界旅行に出る数日前(?)に精養軒に顔を出してくれたゆりさん、元気でやってや!! 次に精養軒に顔を出したときの変わったゆりさん・変わらないゆりさんを楽しみにしているよ。わたしも変わらず・変化し続けたいよ。応援してるからねぇ。手

 おや爺のブログの読者のみなさん、よろしかったら彼女のブログをご覧ください。インドで40日の滞在を終えたばかりです。出来れば一日だけで評価しないで、本のようにじっくり継続してみると発見がありますよ。まぁ、渡り歩く人は多くても、ブログをそんなふうに見る人は少ないんでしょうが……。

 どうか、どうか、世界がこれ以上争いに向かわぬように。

 紺碧Journey3年間の勤労をを経て世界へ!!北海道発、26歳の世界一周!!

 

 

 

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