2016年復活タンデム・ツーリング

  • 2016.09.27 Tuesday
  • 23:08

 いやはや、結婚してから30年近くたっちょりますね。時の流れとは恐ろしいものです。いろんな理由から、新婚の頃やっていたものでやらなくなったものが、思い返すといくつもありますねぇ。

 

 結婚前後数年間は印刷や製本にのめり込んでいたので、毎年クリスマスカードや新年のカードをひと月がかりでふたりで作っていました。やがてそんな時間のゆとりのない生活になって止めてしまいましたね。もう手元にも残っていません。多分京都の友人は変わり者なので、残してくれているかもしれませんが……。お店に置く電話帳やお店で置いていた煙草の煙草ケースも印刷しましたねぇ。今も一つ残っていました。こんな感じです。

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 李朝時代の紋様を使っていますね。今は廃番になったプリントごっこで印刷しました。数十年ぶりに見ると、新しい支店もよろしくと書かれています。28年前の支店オープン記念に作ったようです。

 

 元バイトで友人の結婚式パーティの案内状を作ったり、お店のメニュー作りやホームページ作りに生かされているので、何が役に立つのかよく分かりません。

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 自分の結婚式次第より気合いを入れて作っておりますなぁ。ダブル・トレーシングペーパーも使って、中は8ページの大作ですがな。

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 好きなエリュアールの詩を入れてますねぇ。わたしの英文のチェックをアメリカ人のCさんにお願いしてもらったっけ。

 

 バイクも最初の数年は奥さんと一緒に乗っていましたが、やがて一人で行ったり、アメリカ人の友人と一緒に行くことが多くなっていきました。ヘルニアになって数年バイクが乗れない期間があり、完治したものの、筋力が衰え、乗ってはいましたが、ほんとうはこころの底から楽しい時期ではなくなっていきました。

 ところが、昨年あたりから、バイクに乗るのが、またものすごく楽しくなってきたのです。一つは以前のバイクより100kgほど軽いバイク(1000ccなのに、250ccバイク並の軽さ)に慣れて、うまく乗りこなせるようになってきたことと、もう15年以上前につくられた、空冷Lツインエンジンの、独特の振動と鼓動音が、まるで生き物のように感じられて心地よいのです。

 

 体力も衰えて、もうタンデム・ツーリング(バイクによる二人乗りの遠出)もできないと思っていたのが、少しトレーニングを積めば何とかなるかもしれないと、半年くらい前から筋トレを始めました。復活初回目は、美瑛・富良野へ、距離にして往復200匱紂けっこう乗れた実感を得たのと、奥さんも後ろで眠ることなく無事帰還できました。

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 気をよくして、先週の第二回目は支笏湖・ニセコパノラマライン・羊蹄山・中山峠(今をときめく建築家東大教授・隈研吾先生デザインの建築を初めて見に行くのが目的です←いい訳ではありませぬ暑い)で往復440辧

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  今回は、たぶん2016年最後のタンデムで、旭川まで最高速度をしっかり順守しつつ高速走行し、旭川こども冨貴堂さんで、友達に贈るための曳地奈穂子詩集『あの日から』を3冊買いました。帰りは美瑛・富良野・桂沢湖の、往復240劼離魁璽垢任靴拭

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 よっしゃぁ! あと3年はタンデム・ツーリングもオーケーざんすよ。←ただの、アホウ。暑い暑い

 

2016年第一回精養軒トリビア:バイトのみなさんご苦労様食事会と元バイトWさん

  • 2016.09.26 Monday
  • 22:12

 え〜、いまだに精養軒は人手不足で、店の休みが異常に多いお店になっております。新人のみなさん、がんばっておりますねぇ。一生懸命だ、笑顔がいい、とお客様にお褒めの言葉を頂くことも多いのです。なんとかお盆や忙しい夏を乗り切ることができたので、歓迎会や送別会・ご苦労様会を、今日楽しくワイワイがやがやとやりました。

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 昨日元バイトで、東京でイタリアレストランを開業して1年になるWさん(以前勤めていたレストランに行った時の記事はこちらです。)が友達と二人で来てくれました。もうすでに評判のお店です。

 彼は高校生から専門学校生の間バイトをしていました。とにかく経営者以上に一生懸命な人で、お客様に『君を持って帰りたい』と言わせたほどの仕事ぶりでした。夜仕事を終えて、出村店長と二人で、Wさん一行が待っている店に行きました。昔話に花が咲きまます。でもわたしはほとんど覚えていない!! ほんとうか? 話を盛ってるでしょ! 的な話ばかりですがな。言われて思い出したこともありました。彼にとって最初に会った時の面接の言葉が忘れられなかったというのでした。本当にひととひとのつながりはどこでどうなるのかわかりませんね。

 

 その彼が、自分はわくわくドキドキを求めて仕事をしているというのです。それをお客様と共有したいと。

 わたしは自分自身、素人、いつも何かわからないこと、できないことをなんとか解決したくて仕事を続ける素人だと思っています。彼の<わくわくドキドキ>と、わたしのそれとはもちろん違うでしょう。けれど、少しでも解決した時の小躍りしたくなる気持ちが、彼のわくわくドキドキと繋がるんだろうなと思いました。

 冷麺を作るのに15年かかったとか、冷麺の蕎麦粉が9割とか、スープに岩見沢産高麗雉を使っているという能書きより、本当はそれが出来上がるまでの不安や、ドキドキする<小躍りしたい気持ち>をバイトやお客様と共有できたら楽しいだろうなと、Wさんと話してあらためて気付いたのでした。

 

 そんなことを考えながら、お食事会の前に初めて、『第一回精養軒トリビア』をやることにしたのでありますね。

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 おぅ、写真だけ見るとまじめそうにとりくんじょりますね。ちゅんちゅん 

 時間がないので下書きをそのまま印刷。←字がきたなくてすみません。作って見るといろいろありますねぇ。

 一人一人あてながら質問です。皆さん結構書き込んでまじめですな。

 ちなみに、答えは、。筺↓a、c、さ蹐籠擇鮴埒颪ら半分にした(二分体)ものでよくアメリカの映画の肉屋の場面でつるされている状態の肉です。イ粒┐それです。←この絵を見て空間造形専攻のバイトTさん、即座に言いましたな。「今度はわたしが書きましょう!」

 

 次は大事な手打ち麺部門です。←下書きとはいえ、盛岡くらい漢字で書けよ、おや爺よ。ムスっムスっ

 

 〆戮く言うと麺の定義に関わって複雑怪奇、人によっても違いますが、とりあえず作りかたをおおざっぱに分けると、日本の蕎麦のような切り出し麺、素麺のような手延べ麺、朝鮮冷麺のような押し出し麺がありますね。

 中国ではその三つの方式があります。朝鮮は手延べがありません。朝鮮食文化研究者・チョン・デソン先生によれば小麦粉があまりとれなく貴重だったからと言います。日本は押し出し麺がありません。でも春雨があるか? この辺は麺の定義と関わってきます。

 aとc←農業土木専攻のバイト・Tさん、朝鮮にそんな古くからタピオカ澱粉やコーンスターチがある訳ないっしょ!

 ゥ献礇イモ澱粉と小麦粉Δ気弔泙い眦段瓦閥焦粉。ただし韓国や日本で作られているピョンヤン冷麺は小麦粉が入っていることが多いでしょう。

 

 たのしかったよ〜。ありがとう。29日からまたよろしくね。←寮に缶詰で参加できなかったMさん、ちゃんと特別料理作っちゃるけんね〜。手 今回は店長、所用で参加できず。←なんもつくらんけんね〜。hirasanhirasan

 

2016年3月から2016年6月まで読まれた記事上位10位

  • 2016.09.12 Monday
  • 22:08

 非公開処理したままでした。いつもは三カ月単位なんですが、記事数が少なかったので今回は四カ月でまとめてあります。

第一位:『出村店長のブログ:韓国研修旅行』『出村店長のブログ:韓国研修旅行』 『出村店長のブログ:韓国研修旅行』 『出村店長のブログ:韓国研修旅行』 『出村店長のブログ:韓国研修旅行
 超断トツのヒット数です。じつはイ一番なんですが、読みづらいので、記事の発表順にしました。

第六位:『鶴雅リゾートホテル追っかけ記
 鶴雅リーゾートホテルで検索されている方が多いです。それほど人気のホテルなんでしょう。その後も追っかけは続いています。函館の一番新しいオーベルジュにも先日行ってまいりました。常に新しいことをし続けると言うのは難しいことなんだなと、しみじみ思います。また記事に載せます。

第七位:『リムディ奨学会、初の卒業生・Yさん、卒業・就職おめでとうございます。
 結局一度も会えませんでしたが、元気で活躍されていることでしょう。 

第八位:『思い出の歌:500マイルも離れて DDT 
 学生時代のメンバーが見てくれたのかな。よく分かりません。

第九位:『道北の旅:花の浮島・礼文島
 ちょうど礼文・利尻観光の時期に当たったので読まれたんでしょう。

第十位:『詩の旅:2016年の六月 茨木のり子

 この詩は中学の国語教科書に採用されているみたいで、学校の課題として出されるとヒットが爆発的に増えるみたいですね。でも課題には絶対役に立たない記事ですが……。おじぎ

オゾン水殺菌装置・オゾンガス発生装置修理完了

  • 2016.09.10 Saturday
  • 11:12

 精養軒の衛生設備で、飲食店ではあまり見かけない・重要なものにオゾン水殺菌装置とオゾン(ガス)発生装置があります。

 初代のオゾン水殺菌装置を導入したのは、1996年、O157による、岡山県学校給食食中毒事件の後ですから、もう20年になります。(詳しくはこちらをご覧ください。)この機械はものすごく頑丈な機械で、一度も故障したことがありません、て言うか、販売した代理店と製造会社の方がその間につぶれていしまいましたがや。その間のメンテナンス点検は、神奈川のオゾン機器のワイズカンパニーさんにお願いしていました。

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 これが初代の機械。普段は今も本店に置いて使っています。弱点はオゾン水出口が一か所で、精養軒のように、肉場、サラダ場、洗い場、手洗い、もやし栽培場といくつかオゾン水がほしいところが分かれている場合、オゾン水出口に、ホースをつなげて使うことになります。非常にめんどうです。

 

 やがて、先止め方式の初代の発展機種で、オゾン水が複数出口可能なタイプができたことを知りましたが、たっ、高い。でも北海道に代理店もできていたので買うことにしました。念願の機種です。(詳しくはこちらをご覧ください)

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 こちらがシンク下に置かれた第二世代オゾン水発生装置。2011年に導入したのでもう5年前です。

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 必要個所に設置した蛇口をひねれば15秒ほどでオゾン水が出て来ます。もはやない状態が考えられないほど便利です。ところが、この機械、壊れるまで知りませんでしたが、オゾン水用逆止弁が2〜3年でだめになると言うのです。それは消耗品じゃぁないすか〜。宣伝上は、消耗品は、再生剤と乾燥剤のみでランニングコストが、他の衛生装置に比べて非常に安いという謳い文句です。逆止弁は高いので、それを消耗品扱いにすると宣伝上まずいということなんでしょうが、もともと高い機械なんですから、ちゃんと書いていただきたいものです。

 

 まぁ、文句も書きましたが、機械自体は非常に重宝しております。即急により耐用年数の高い逆止弁を開発していただきたい。さて壊れた逆止弁の修理は、何とまたしても北海道の代理店がつぶれて、できません。何年かぶりで急きょ神奈川のワイズカンパニーにお願いして修理と点検をしていただきました。修理を遠くの会社にやってもらう時は、よほど信頼できなければ、安心できませんが、使用環境など写真のやり取りがメール(こういうときは便利になりました)でありましたが、親切によくやっていただきました。

 

 と言う訳で、野菜、内臓肉、魚介類、調理器具の前処理に使っています。商売・精神的に非常に楽ですねぇ、これがあると。

 

 もう一台のオゾンガス発生装置は厨房で仕事を終えた後、起動させます。先日これもワイズカンパニーに送り修理点検してもらいました。オゾン発生板その他が取り換えでした。3万ほどかかるとのこと。いた仕方ありますまい。

 

 これでひと安心ですがな。手手

 

 

詩の架け橋:詩集『あの日から』 曳地奈穂子

  • 2016.09.06 Tuesday
  • 13:29

 世に知られている職業詩人は掃いて捨てるほどいるし、彼女よりうまい詩人は、多いかもしれない。製本技術を凝らした、豪華な詩集も世にたくさんあるだろう。

 曳地奈穂子さんは、2011年の福島原発の過酷事故で、夫を福島に残し、子供二人と旭川の実家に移り住むことになった詩人だ。

 

 こういう詩をなんというのか。詩集を読み終えて、この、白く、あっさりとした(せざるを得なかった)つくりの詩集を手にすると、これ以上この詩集にぴったりの製本もないのではないかと思えてくる。

 初めて曳地さんを知ったのは、北海道新聞の日曜文芸欄の詩「改札」を目にした時だった。2012年の11月だったと思う。すぐに好きな朝鮮の抒情詩が思い浮かんだ。それまで読んだことのある日本の抒情詩(好きだけど)とは全く違う、植民地下朝鮮の抒情詩を、二十歳の頃はじめて読んだ感動がよみがえった。ブログの記事に載せた。(こちらの詩もご覧ください。)

 何と言えばいいのだろう、<外に開かれた抒情>、読む人々に静かな怒りがわく、無意識の社会性を持つ抒情と言おうか。今回詩集を読みとおして、何よりもその誠実さにこころをうたれた。うまい詩は日本にいくらでもあるだろうが、これより誠実な内省をもつ現代詩集はそうざらにはないのではないか。それだけでも、同時代の詩のなかに、この詩がもつ固有の場所がたしかにあると思う。

 うまい詩人・才能豊かな詩人とは、例えば、谷川俊太郎をあげることができる。魅かれる詩もじつはたくさんあるのだが、好きで信頼を寄せる詩人かと問われると、社会に無自覚に・もしくは自覚的におもねる、こころの底では詩すら信じないまま、自分の詩的才能を乱用している詩人のように思えるときが、わたしには、ある。かれの詩友・故茨木のり子の詩を選定する仕方や、「詩ってなんだろう」を読んだ時の激しい違和感に出会った後に彼の詩を読むと、特にそう感じるのだ。さだまさしの歌詞を読んだ時にも同様の感慨をおぼえるのは何故なんだろう。ひっかかりの多すぎるわたしには、けっきょく詩はわからない、というだけのことなのか。

 独特の詩人でありジャーナリストである辺見庸が、「半透明の灰汁(あく)のようなものを感じ、考えこんだ」と書いた、谷川の「たんか」を引用してみる。

あきののに さきたるはなを ゆびおりて 

  かきかぞうれば ななくさのはな   山上憶良

 

 わがきみは ちよにやちよに さざれいしの

  いわおとなりて こけのむすまで

 

 かすみたつ ながきはるひを こどもらと

  てまりつきつつ このひくらしつ   良寛

 

 たんかは、はいくよりながい。五、七、五、七、七のおとのくみあわせ。

 こえにだしてよんでみると、いみはよくわからなくても、きもちがいい。

 たんかも、はいくもにほんにむかしからある、詩のかたち。」 

  

 辺見はこの谷川の文章を、「猫なで声でしいる」「押しつけがましい情緒」と書いて、「結構ドスのきいた脅し」のように聞こえてくるとして、谷川の論理を精密に解析し、「こえにだしてよんでみると、いみはよくわからなくても、きもちがいい』という谷川の短歌の規定を、戦後短歌の巨人・宮柊二の二首を引用して、これらも、<こえにだしてよんでみると、いみはわからなくてもきもちがいい>のかと書いた。

この夜泪おちて偲ぶ

  雪中にひたひ射抜かれて死にたる彼

 

 応答に抑揚ひくき日本語よ

  東洋の暗さを歩み来しこゑ」(第一首:日中戦争前線での記憶 第二首:極東国際軍事裁判の被告人の答える声)

 

 谷川はほんとうは、ただ日本語の等時的リズムや、少ないゆえの母音の心地よさを言っただけかもしれない。それにしても、とわたしは思う。伊勢神宮を詠んだ平安の僧・西行の一首(なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる)を読む人々の・無意識の靠れ合いを同時に思い浮かべてしまうのだ。

 

 曳地さんの詩はこういう情緒と遠く隔たっている。

 

 注:曳地奈穂子詩集『あの日から』は、旭川のこども富貴堂(北海道旭川市7条通8丁目左1電話0166-25-3169)にあります。在日アメリカ人詩人・アーサー・ビナードさんのことをブログに載せたことが縁で旭川の方と知り合いになり、さらに縁は広がって、曳地さんの詩集を手にすることができました。不思議な上にも不思議なむすびつきに驚いています。

山形のRアジョシからの自家農園野菜

  • 2016.09.05 Monday
  • 10:03

 尊敬する山形のRアジョシ(末尾注参照)から、今日、野菜が届いた。数日前、奥さんのCアジュモニから送ると電話があった。

 自分で収穫したチョソン・ホバック(韓国カボチャどちらかと言うとズッキーニに近い)、エゴマの葉、サンチュ、なす、幻のダダ茶豆。

 

 ふたりは30年ほど前に岩見沢で焼肉屋をやっていた。もともとは関西出身の、わたしと同じ在日朝鮮人だ。10歳は上だと思う。東京のモランボン味の研究所(東栄工業)で肉の修行をして、本店を新築するために岩見沢に戻ってきたわたしは、岩見沢や北海道の焼肉・牛肉事情をまったく知らなかったから、バイクに乗って岩見沢市内(のちに北海道の主要な都市)の店を回ろうと考えていた。

 

 Rさんの店に最初に行った時のことだ。のちに会うたびに冷やかされることになるのだが、さんざん食べた後、お金を持っていないことに気付いた。←こういうマヌケなことをよくやるのである。しょうがないので、免許証を置いてあとでお金を持ってきますと言った。名前を見て、Rさんは笑い、わたしのアボジを知っていると言った。

 

 それから兄も巻き込んで、店が終わると毎日のように、何年間も、Rさんの店に行っては、出たばかりのアサヒスーパードライ瓶ビールを3人で1ケースくらい飲み続けた。政治の話から社会の話・哲学や科学、ありとあらゆる話題が出た。農道が何故規則的に盛り上がるのかという話までした。いつも笑いの絶えない楽しい飲み会だった。

 Rさんは、生きる知識がみっちり詰まった・ひとの信頼の厚い人だったけれど、どんなことでも自分の考えを持ち、どんな時でもはっきりものをいう人だったので、敬遠する人はいたかもしれない。わたしのようにフラフラ生きる・口先だけの男とは全く対極のひとといっていいのに、何故あんなに気にかけてくれたのか、今もわからない。

 

 張ったりのないへたくそな生き方をしてきた、わたしのアボジとオモニを気にかけてくれていたから、そのバカ息子たちを心配していた気もする。どういう経歴なのか、本を出版されている著名な社会学者や、わたしが本の中で知っている方たちとも交流があるのだった。ときどき酒の飲めないアジュモニも、楽しそうに一緒に加わったが、よっぱらいの話に呆れて、いつも先に二階にあがってしまうのだった。わたしたち兄弟はほとんど大した返事をしないまま、ビールを排水溝に流すように飲み続けたのである。

 

 今でもわれながら信じられないのだが、Rさんが店をやめるまで、わたしたち兄弟が、ビールを持ち寄って飲んだ記憶がほんの数回しかないのだ。何も言わなかったお二人にも驚くが、気に留めなかったわたしたちも、われながら腹の立つくらい常識外れのおお馬鹿ものである。そういう気遣いを全くさせない二人だったのだ。

 

 店をやめて、神戸に戻った。その後山形に移り、オモニがまだ生きている時、数年ぶりに、岩見沢に来た。ご夫婦と、社会人になった息子さんと店に来てワイワイと楽しく飲み話し、わたしたち兄弟のマヌケなふるまいを冷やかした。

 いまさら遅いけど、あのときのビール代がたまっているのでお金はとれませんというと、アジュモニが心底気持ちよさそうに笑いながら、『そうや、あんたら兄弟のビール代で店がつぶれたようなもんやで。ず〜っと払ってや。』と言われた。いつでも本当に、おどろくくらい裏表のない、気持ちのいい二人なのであった。

 

 ひとに対する評価も独特で、他の人とは違っていた。あるとき、焼肉をやっている知り合いのことが話題になった。同業者に知り合いの少ないわたしが、「わたしと似た人間なんですよね。」と言うと即座に「いや、違う。サラ金のできた人間と、できない人間は全く違うんだ。君には絶対できないね。」と言われた。やらざるを得なくなったらできますよ、と一瞬冗談ぽく答えようとして、アジョシが真剣なので黙った。その後何年も経って、その知り合いが何軒目かの店を出した。店の名前が「元祖◎◎の店」となっていたので驚いた。元祖でも何でもなかったからだ。あの時のRさんの言葉がよみがえってドキリとした。

 

 同時代に、あのひとが生きている、と知るだけでざわついた心が落ち着くことがある。今でも社会の動きがしんどくなると、Rさんならどういうだろう、話したいなぁと思うのである。

 長生きして、これからもタダで野菜を送ってください。店の料理に使いますからね。手

 送られてきたサンチュ。子どもの頃によく食べたサンチュ(かきちしゃ)は、右のもので、4,5枚束にしてご飯を包み食べるのである。勿論いまのように市販されてはいず、在日朝鮮人の家庭で、朝鮮人社会の横のつながりで、種をもらい育てていたのだ。今の韓国のものより、ずっと苦くておいしい、夏の食べ物だった。

 ホバック(韓国カボチャ)は早速ナムルに。今では韓国でもズッキーニが売られていて、ウェ・ホバック(外来カボチャ)と言うらしい。贈られたナスはキムチとナムルにした。ダダ茶豆は枝豆で家族で食べてしまった。いつか自家製スンドゥブに使いたい……。

 

:アジョシは朝鮮語で、「おじさん」アジュモニは「おばさん」くらいの意味です。ちょっと尊敬をこめた・親しみのニュアンスもあります。お二人をどうしてそう呼ぶようになったのか、今はよく分かりません。

 

 

残暑のチヂミ:枝豆の海鮮チヂミ

  • 2016.09.04 Sunday
  • 12:38

 え〜、またしても遅れ気味のご紹介になっていしまいました……。おっとどっこい、まだ暑い夏はしぶとく生き残っておりますね。蒸し暑い時にはジョッキでしょう、まずは。そして生ビール(家では発泡酒だけど)といえば、枝豆でしょう、この時期は。でも精養軒で枝豆をそのまま出してもねぇ。

 

 という訳で、チヂミにしました。たっぷり入れました。当然いつものチヂミ用醤油だれは使いません。なんといっても枝豆は塩味。瀬戸の粗塩に、自家製水塩をかけてお出ししております。すぐに追加が来た!! バンザ〜イ。手

 いまは息子の友達が育てた枝豆でお出ししております。

 鉄板に着いている白いものは、自家製の水塩です。

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